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第五話
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「あ?鬱陶しい、だと? よう、にいちゃん……じゃねーな、おっさんか? 調子にのってんじゃねーぞっと!」
近くにいた男は優吾の呟きが耳に入り、カチンときたのか彼を睨み付けて今にも殴りかからんという様相で近づいていくる。
「ユ、ユーゴさん。私なら大丈夫ですから、その、もう……」
このままでは自分のせいでケガをさせてしまうと思ったリーネリアは泣きそうな顔で必死に優吾を止める。
「リーネリア、ごめんね……少し下がっていてくれるかい?」
そう言いながら優しくリーネリアを引き離すと、優吾は一歩二歩と前に進む。
「くらええええ!」
腰につけている武器を使わずに拳で殴り掛かってきたことは男なりの良心なのかもしれないな……とそんなことを優吾は考えながら右手を前に出した。
「止めろ、《風の障壁》」
静かに呟いた声は獣人としての聴覚の良さからリーネリアの耳にだけは届いていた。
「……むっ、な、なんだ?」
男は走っているはずなのに、何かに押しとめられているようで途中から前に進めなくなっていた。
「て、てめえ! 一体何をしやがった!」
「僕が何かしたと? あなたがたが自分で道化を演じているのではないですか? さっきから足をバタバタとさせて……滑稽ですね。ふふっ」
柔らかく優吾が笑ったことで恥ずかしさから男たちの顔は真っ赤になり、怒りも頂点といった様子だが、優吾はニコニコと彼らのことを見ている。
「おい、あいつら何やってんだ?」
「ははっ、なんかバタバタやってるぞ。おい、みんなも見てみろよ!」
次第に騒ぎがどんどん広がっていき、周囲を住民が囲み始めていた。
「本当だあ、あのおじちゃんたちおかしいねえ」
老若男女問わず集まってきたため、彼らもこのままでいることに耐えかねた様子だった。
「……く、くそっ! おい行くぞ!」
一方の男が引き上げの指示を出すと、もう一人も頷いて後ろを振り返る。
「――どこに行くんだね?」
そこにいたのは屈強な出で立ちのこの街の衛兵だった。次の瞬間、男たちは顔を真っ青にして先ほどの威勢の良さを失った。
「君たちがあちらの女性に差別的な発言をしたのを聞いたという住民から通報があったんだが、本当かね?」
「い、いや、俺たちは、その……」
問い詰めるように聞く衛兵におろおろとするしかない男たち。彼らが前に拠点にしていた街では、あれくらいの発言は許容されていた。
「君たちはこの街に来たばかりだね……前の街ではどうだか知らないが、この街ではそういうことは許されないよ」
衛兵は最初は温和な表情だったが『許されない』と口にした時には、目は笑っておらず男たちのことを逃がすまいと肩に手を置いていた。
「くっ……逃げろ!」
「あ、あにきー!」
力が入っていなかった衛兵の手は簡単に振り払うことができ、二人組は周囲の人垣をかきわけて脱兎のごとく逃げて行った。男たちが逃げ去ったことで、興味を失った聴衆は散っていく。
「リーネリアさん、大丈夫ですか……いや、質問するまでもなく大丈夫なようですね」
衛兵はリーネリアのことを知っており、優吾の後ろに隠れている彼女を見てほっとしていた。
「あ、ありがとうございましたっ」
リーネリアは優吾の背中から出て来て衛兵に頭を下げる。
「いえいえ、私などよりも頼れる護衛がいたみたいですから私が来なくても大丈夫だったでしょう」
彼女がそこまで身を預けるほどの相手がいたことを知って衛兵はにやりと笑って優吾とリーネリアの顔を交互に見た。
「いやいや、僕はただあの男たちに突っかかっただけですよ。命の恩人を馬鹿にされて少し怒ってしまったので……あなたがいらっしゃらなければ今頃逃げていたのは僕のほうだったと思います」
そう言って優吾は謙遜するが、衛兵から見た彼はそうならないとわかっているような表情をしていた。
「ふふっ、そうは見えませんがね。それは置いておくとして、リーネリアさんを助けて頂いてありがとうございます。同じ街の住民として感謝します」
優吾が何かをしたために男たちが手出しできなかったことを衛兵はなんとはなしに気づいていた。
「そちらもお勤めご苦労様です。ありがとうございました」
互いに含みを持たせて礼を言いあう。大人は全てを言葉で語るわけではない。
「それでは、失礼します」
衛兵は別の仕事があるためにすぐにこの場をあとにする。
「ふう、よかったね。何事も……なかったわけじゃないけど無事にことが済んで」
「……もう、ユーゴさん! 私のことはいいから、あんな危ないことは止めて下さい!」
ほっとしたように笑う優吾に対して怒るリーネリアに彼は気圧されてしまう。その様子から彼女がずっと優吾のことを心配していてくれたのだと伝わってきた。
「ご、ごめんなさい……」
その気持ちを感じて思わず素直に謝罪してしまう。
「ふぅ……でも……ありがとうございました。本当はちょっと怖かったけど、ユーゴさんが守ってくれたから怖さもどこかに吹っ飛びました!」
そう言って弾けるように愛らしく笑いながらウインクするリーネリアに優吾は一瞬見惚れてしまう。
「そ、それよりも冒険者ギルドはどこだったっけ……?」
自分のようなおじさんに見つめられては不快だろうと優吾は慌てて話題を変えることにする。
「あっ、そうでしたね。えっとこっちです!」
リーネリアは上機嫌で優吾を先導していく。彼女のことを知っている住民に出会うと気さくな態度で挨拶をかわしていいた。
ここに来て優吾は気づき始めた。
「この街は違うんだな……」
一番最初にあったのがあの二人組の男だったため、やっぱりここでも獣人に対する差別があるんだなと思わされていたが、それは思い違いだと分かってくる。
獣人であるリーネリアが歩いていても、その姿を微笑ましく見守るものはいれど、疎ましく思うような視線は一切感じられなかったのだ。
「ここは、いい街だね」
「ですよね!」
優吾の呟きに先を歩いていたリーネリアがくるりと振り返って笑顔で同意をした。
この街に住んでいるわけではないリーネリア。しかし、この街の住人は彼女を街の一員として認識しており、共に暮らす仲間だと思っていた。
「……本当にいい街だ」
目を閉じ、噛みしめるように先ほどよりも小さな彼の呟きは周囲の喧噪に溶けるように消える。
その後、二人は笑顔のまま冒険者ギルドへと到着した。
近くにいた男は優吾の呟きが耳に入り、カチンときたのか彼を睨み付けて今にも殴りかからんという様相で近づいていくる。
「ユ、ユーゴさん。私なら大丈夫ですから、その、もう……」
このままでは自分のせいでケガをさせてしまうと思ったリーネリアは泣きそうな顔で必死に優吾を止める。
「リーネリア、ごめんね……少し下がっていてくれるかい?」
そう言いながら優しくリーネリアを引き離すと、優吾は一歩二歩と前に進む。
「くらええええ!」
腰につけている武器を使わずに拳で殴り掛かってきたことは男なりの良心なのかもしれないな……とそんなことを優吾は考えながら右手を前に出した。
「止めろ、《風の障壁》」
静かに呟いた声は獣人としての聴覚の良さからリーネリアの耳にだけは届いていた。
「……むっ、な、なんだ?」
男は走っているはずなのに、何かに押しとめられているようで途中から前に進めなくなっていた。
「て、てめえ! 一体何をしやがった!」
「僕が何かしたと? あなたがたが自分で道化を演じているのではないですか? さっきから足をバタバタとさせて……滑稽ですね。ふふっ」
柔らかく優吾が笑ったことで恥ずかしさから男たちの顔は真っ赤になり、怒りも頂点といった様子だが、優吾はニコニコと彼らのことを見ている。
「おい、あいつら何やってんだ?」
「ははっ、なんかバタバタやってるぞ。おい、みんなも見てみろよ!」
次第に騒ぎがどんどん広がっていき、周囲を住民が囲み始めていた。
「本当だあ、あのおじちゃんたちおかしいねえ」
老若男女問わず集まってきたため、彼らもこのままでいることに耐えかねた様子だった。
「……く、くそっ! おい行くぞ!」
一方の男が引き上げの指示を出すと、もう一人も頷いて後ろを振り返る。
「――どこに行くんだね?」
そこにいたのは屈強な出で立ちのこの街の衛兵だった。次の瞬間、男たちは顔を真っ青にして先ほどの威勢の良さを失った。
「君たちがあちらの女性に差別的な発言をしたのを聞いたという住民から通報があったんだが、本当かね?」
「い、いや、俺たちは、その……」
問い詰めるように聞く衛兵におろおろとするしかない男たち。彼らが前に拠点にしていた街では、あれくらいの発言は許容されていた。
「君たちはこの街に来たばかりだね……前の街ではどうだか知らないが、この街ではそういうことは許されないよ」
衛兵は最初は温和な表情だったが『許されない』と口にした時には、目は笑っておらず男たちのことを逃がすまいと肩に手を置いていた。
「くっ……逃げろ!」
「あ、あにきー!」
力が入っていなかった衛兵の手は簡単に振り払うことができ、二人組は周囲の人垣をかきわけて脱兎のごとく逃げて行った。男たちが逃げ去ったことで、興味を失った聴衆は散っていく。
「リーネリアさん、大丈夫ですか……いや、質問するまでもなく大丈夫なようですね」
衛兵はリーネリアのことを知っており、優吾の後ろに隠れている彼女を見てほっとしていた。
「あ、ありがとうございましたっ」
リーネリアは優吾の背中から出て来て衛兵に頭を下げる。
「いえいえ、私などよりも頼れる護衛がいたみたいですから私が来なくても大丈夫だったでしょう」
彼女がそこまで身を預けるほどの相手がいたことを知って衛兵はにやりと笑って優吾とリーネリアの顔を交互に見た。
「いやいや、僕はただあの男たちに突っかかっただけですよ。命の恩人を馬鹿にされて少し怒ってしまったので……あなたがいらっしゃらなければ今頃逃げていたのは僕のほうだったと思います」
そう言って優吾は謙遜するが、衛兵から見た彼はそうならないとわかっているような表情をしていた。
「ふふっ、そうは見えませんがね。それは置いておくとして、リーネリアさんを助けて頂いてありがとうございます。同じ街の住民として感謝します」
優吾が何かをしたために男たちが手出しできなかったことを衛兵はなんとはなしに気づいていた。
「そちらもお勤めご苦労様です。ありがとうございました」
互いに含みを持たせて礼を言いあう。大人は全てを言葉で語るわけではない。
「それでは、失礼します」
衛兵は別の仕事があるためにすぐにこの場をあとにする。
「ふう、よかったね。何事も……なかったわけじゃないけど無事にことが済んで」
「……もう、ユーゴさん! 私のことはいいから、あんな危ないことは止めて下さい!」
ほっとしたように笑う優吾に対して怒るリーネリアに彼は気圧されてしまう。その様子から彼女がずっと優吾のことを心配していてくれたのだと伝わってきた。
「ご、ごめんなさい……」
その気持ちを感じて思わず素直に謝罪してしまう。
「ふぅ……でも……ありがとうございました。本当はちょっと怖かったけど、ユーゴさんが守ってくれたから怖さもどこかに吹っ飛びました!」
そう言って弾けるように愛らしく笑いながらウインクするリーネリアに優吾は一瞬見惚れてしまう。
「そ、それよりも冒険者ギルドはどこだったっけ……?」
自分のようなおじさんに見つめられては不快だろうと優吾は慌てて話題を変えることにする。
「あっ、そうでしたね。えっとこっちです!」
リーネリアは上機嫌で優吾を先導していく。彼女のことを知っている住民に出会うと気さくな態度で挨拶をかわしていいた。
ここに来て優吾は気づき始めた。
「この街は違うんだな……」
一番最初にあったのがあの二人組の男だったため、やっぱりここでも獣人に対する差別があるんだなと思わされていたが、それは思い違いだと分かってくる。
獣人であるリーネリアが歩いていても、その姿を微笑ましく見守るものはいれど、疎ましく思うような視線は一切感じられなかったのだ。
「ここは、いい街だね」
「ですよね!」
優吾の呟きに先を歩いていたリーネリアがくるりと振り返って笑顔で同意をした。
この街に住んでいるわけではないリーネリア。しかし、この街の住人は彼女を街の一員として認識しており、共に暮らす仲間だと思っていた。
「……本当にいい街だ」
目を閉じ、噛みしめるように先ほどよりも小さな彼の呟きは周囲の喧噪に溶けるように消える。
その後、二人は笑顔のまま冒険者ギルドへと到着した。
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