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第十九話

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「一体なにが……」
 リツたちが近寄ってみると、先ほどの怒鳴り声の主と思われる筋肉質で粗暴な格好をした背の高い髭面の男が三人いるのが見えた。

「申し訳ありませんが、他にもお泊りのお客様がおりまして、空いている部屋は一つしかありません。ないものを三部屋用意しろと言われても出来かねます」
 毅然とした態度の女将は彼らの態度に困りながらも、できないことはできないとハッキリと男たちに説明している。

「わからねえやつだなあ。その客を追い出して俺たちの部屋を用意しろって言ってるんだよ!」
(あー、こりゃ無茶苦茶だな。あの女将さんは見た感じ、そんな横暴には屈しないタイプだし)
 やりとりを見ていたリツはそんなことを考えながらも、空気を読まずに男たちの横をすり抜けて女将のもとへとたどり着いた。

「――えっ?」
 急遽現れたリツを見て、女将はきょとんと驚いている。

「……なんだ?」
「あ? 泊まり客か?」
「なんだこのガキは」
 男たちも突然入ってきたリツのことを見て、奇妙なやつだと首を傾げている。

「女将さん、一つ部屋が空いているということなので二人で一泊お願いします」
 ニコニコしながらリツはそんな風に女将に話かけ、何事もおきていないかのように部屋の予約をいれていく。

「ちょっ! 二人で同じ部屋ということですか!?」
 その話が聞こえていたセシリアが、男たちの後方から顔を赤らめて慌てたような声を出している。
 知り合ったばかりの男女で、同じ部屋で一晩をともにするということに恥ずかしさを覚えていた。

「いやだって、さっきの女将さんの話聞こえていただろ? 一部屋しか空いてないんだって、でもってこの人たちは三部屋ないと嫌なんだって。だったら、俺たちは空いている一部屋には入れれば十分だろ?」
 言いながら、リツはセシリアにウインクして合図する。

「あっ! そ、そうですね……うーん、二人なのはちょっと恥ずかしいですけど、わかりました! それでは、申し訳ありませんが二人で一部屋お願いします!」
 リツがこの状況をなんとかしようとしていることに気づいたセシリアは、我に返ると慌てて話を合わせていく。

「というわけで、彼女も納得してくれたので一部屋用意してもらえますか? 確かこちらの三人は三部屋でないと嫌ということで、一部屋しかないのであれば一部屋で十分だという我々が泊まるというのが正しい流れかと……いかがですか?」
 あえて男たちに話を振ることで彼らの矛先を自分に向けさせていく。

「ああん? なんだてめえらは!」
「俺たちは三部屋用意させるから、お前たちが泊まる部屋なんかねえんだよ!」
「こっちが先に話してんだよ! ガキはさっさとどこか別の宿にでも行きやがれ!」
 男たちは突如現れた二人に対して苛立ちを覚えており、怒鳴り散らしながら特にリツのことを睨んでいる。

「ははっ、この人たち計算できないみたいだね。部屋が一つしかないって言ってるのに、無茶苦茶だよな。それで大の大人が三人も揃って、店の女将さんを脅そうとしているって……はっきり言ってアホとしか思えない」
 男たちをあざ笑いながらここで煽ることで、リツは更に自分へと敵意を向けさせる。

 案の定、男たちは簡単にリツの挑発に乗り、すっかり顔を赤くしてリツに怒りの矛先を変えたようだった。

(おうおう、顔が真っ赤になってゆでだこみたいだな。でも、これで怒る相手は女将さんじゃなくなったはずだ)
 毅然と対応していた女将だが、大の男たちからずっと怒鳴られていたためか、その手が震えていることにリツは気づいていた。
 怒りの矛先さえ変わってしまえば、少しでも女将の気もまぎれるだろうと考えたのだ。

「――お前、生意気だな」
「表に出ろ!」
「ぶっ殺してやる!」
 怒り心頭な男たちは強引にリツの腕を引っ張りながら宿の外に出て行く。

「あ、あの、お客様、暴力は……!」
 女将が若いリツが殴られてしまうのではと心配して、悲痛な声をかけるが、リツはニコっと笑って心配ないでいいことを伝え、セシリアに女将のことを任せて彼らについて外に出る。

「今更謝っても許さねえぞ!」
「ガキだからってなんでも許されると思うなよ!」
「いっぺん死んどけ!」
 三者三様のののしり方に、バリエーションがあるものだなとリツは感心して聞いている。
 すっかり三人の陰に隠れてしまったリツのことを街の人たちは何事かと思いながらも、様子をうかがうように遠巻きに見ている。

「じゃあ、こうしましょう。俺が三人に負けたら泣いて謝って、持っているもの全てお渡しして、宿も三部屋開けてもらう様に土下座します」
 まさかの提案に驚きながらも、願ってもない申し出に男たちはひそひそと話し合う。
 彼らにとって明らかに良い条件であるため、リツの言葉をのんでもいいという結論に至っている様子だ。

「ですが、俺が勝った場合……あぁ、みなさんからすれば絶対に負けるわけがないのに考える意味があるか? と思うかもしれませんが、取り決めはあったほうが良いでしょう? 念のため、ってやつです。……俺が勝ったら、二度とこの宿に近づくなよ」
 ずっと笑顔で話していたリツだが、最期の言葉だけは目を細めて言葉に魔力を乗せて、威圧するようなドスの聞いた低い声で言っていた。

「ハッ……生意気な目をしやがって!」
「おい、俺たちにそんな口ききやがって……ぶっ殺すぞ」
「――うっ、なんだこいつ……」
 三人のうち一人だけはリツが、明らかに何かが違うと感じ取っているが、二人が怒りに猛っているため、引っ込みがつかなくなっている。

「くらええええ!」
 最初に笑った一人が大きく腕を振りかぶって殴りかかる。 
 さっきからずっと大声を出しているため、周囲から注目されて次第に人が集まり始めていることに三人は気づいていない。

「はいっと」
 そしてリツはそれをあっさりと避ける。

「避けるんじゃねえええ!」
 キレた次の男が更にリツへと襲いかかるが、それもひらりと避ける。

「こいつ、油断してるとやられずぞ」
 先ほど違和感を覚えていた最後の男はすぐには動かずに、様子をうかがいながら腰の剣を抜いている。
 素手でかなう相手ではないと悟っており、武器を使って全力で殺しにかかっていた。

「あー、剣まで抜くとはね……」
 普通ならば焦って、武器は卑怯だとでも言うところだが、リツはそれを見てニヤリと笑っていた。

(よし、人通りがあるなかで武器を構えてくれた。これなら完全に相手が悪いとみられるだろ)
 苛立たせ、簡単に避けることで、武器を抜かせる。
 ここまで完全にリツの作戦どおりだった。

「おもしれえ、俺も本気だッ」
「俺もやってやるぜ!」
 残り二人も、斧と剣をそれぞれ構えだした。

「みなさん、こっちは一人だというのに三人が武器を構えました! 彼らはその前にも、宿の女将さんを恫喝して、空いてない部屋を無理やり空けるよう無理強いをしていたのです! そんな彼らを許していいのでしょうか!」
 彼らが武器を構えた瞬間、リツは突然周囲を味方につけようと大きな声を出す。
 小さいながらもこの宿にお世話になったことのあるものは多く、騒ぎを聞きつけて集まってきた人たちがなんてことをしているんだと詰問するように三人のことを睨んでいる。

「くっ、くそおおおお!!!」
 男たちもここまでくるとようやく周囲の人たちに気づくが、時すでに遅しだった。
 やけくそになって三人がリツへと襲い掛かった。

「――それじゃ、さよなら」
 この状況が出来上がったことを確認すると、小さく呟いたリツは一人、二人、三人と攻撃をよけながら同士討ちさせてあっという間に気絶させていった。

「「「「おおおおお! よくやった!!」」」」
 このリツの行動にみんなが歓声をあげ、それを聞きつけた警備兵がやってくることとなったが、女将が事情を説明してくれて男三人が連行されるだけでリツたちは聴取なども免れることとなった。

 それには、周囲の証言があったのも大きかった。
 みんな、世話になっていた女将が困っているのを助けようと動いてくれたのだ。
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