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第八話

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 一人走っていったリツはミスリルメイジソードを右手に持って魔物たちへと突っ込んでいく。

「……きゃああ!」
 無策のままリツが魔物に飲み込まれたと思ったセシリアは思わず悲鳴をあげてしまう。

「ガアアアアアア!」
 だが、次の瞬間、勢いよく魔物の身体が吹き飛んだのが見えた。

「――えっ?」
 これは彼女だけの驚きの声ではなく、騎士たち全員の思いである。

 それほど強い武器には見えないリツの剣によって次々に魔物が斬り倒されていく。
 ただ斬るだけではなく、剣からは衝撃波が放たれており、一振りで十体以上の魔物が倒されていた。

「あ、あれは……」
 幼い少年にしか見えないリツが繰り広げる光景に、信じられないものを見ているセシリアたちは、自分の目が信じられず何度も目を擦っている。

 しかし、次々に魔物は討ち果たされ、ものすごい勢いで数を減らしていた。

「あ……! ま、魔物が抜けて来たぞ!」
 リツの攻撃になんとか耐えた魔物の一体が、よろよろとしながらセシリアたちのもとへと向かってくる。

(あ、あの方が戦ってくれているなら、私たちも!)
 そう思い、セシリアも剣を構えるが、接敵する前に魔物の頭が吹き飛ぶ。

「ガウ」
 それはリツがここに来るために騎乗してきたフェンリルのリルだった。
 リルはあっけなく散った魔物を冷たく一瞥しながらセシリアたちを守るように前に出る。

 リツは撃ち漏らした魔物の討伐をセシリアたちに頼んでいたが、そこにたどり着かせる前にリルに魔物を倒すように指示していた。

(リルはよくやってくれているようだな……にしても数が多い)
 一振りで十体倒せたとしても、それを遥かに超える数の敵がいるため、らちがあかない。

 有象無象の魔物の軍勢を前にして一人戦うのに剣一本だけでは効率が悪い。

「地獄の業火……ヘルフレア!」
 リツは腕を突き出し、素早く範囲魔法を詠唱する。

 するとリツが勇者時代に発動していた時よりも少し魔力の光の輝きが違って見えたような気がした。
 だが特に悪いものではなさそうだったため、リツはそのままためらうことなく、魔法を止めたりはしなかった。

 ヘルフレアは魔法が得意だった仲間のエルフに教えてもらった炎魔法の中でも、上位に位置する魔法である。
 うねるような巨大な炎の渦が魔物たちに向かって凄まじいスピードで飛んでいく。
 広範囲の魔物たちを飲み込んだ炎は、次々に魔物を飲み込んで広がっていった。

(こりゃえぐいな……)
 リツが詠唱して出した黒い炎はまるで生きているかのようにどんどん広がり、魔物たちを喰らい炭になるまで焼き尽くしていく。
 魔物の数が多く、密集しているからこそこの魔法は有効であり、あっという間に魔物の半分以上が倒されていた。

「ギャアアアアアアアアアアア!」
「グアアアアアアアアアア!」
「オオオオオオ!」
 魔物たちの断末魔の叫びが草原に響き渡る。

 リツが戦い始めてから、わずか数分程度しか経っていないはずなのに、形勢は圧倒的なまでに街側へと有利に傾いていた。

「あ、ありえない……」
 その光景を呆然と見ているセシリアたちだったが、起きていることがいまだに理解できずにいた。

 さきほど狼に乗って突然現れた少年。
 その彼が魔物に中に飛び込んだと思えば、次々に倒していき、更には見たこともないような強力な魔法を放っている。

 どれもこれも信じられないようなことであり、しかし、今も次々に魔物の数は着実に減らされていた。
 リツの脇を突破した魔物はその後も何体かはいたが、それらも件の狼によってあっさりと倒されている。

「い、いけるんじゃないか?」
「お、おぉ、これなら倒せるかもしれないぞ!」
 とにかく魔物は倒されている。その事実だけ見て、騎士たちの士気は徐々に上がってきている。

「っ……ま、まだです! 彼は一人で大部分を倒すと約束してくれました! 今我々が参戦すれば足を引っ張ってしまいます。こちらに逃げて来た魔物の討伐に専念しましょう!」
 セシリアは緩んできた空気に危機感を覚え、周囲に向かって声をかける。

 明らかに格の違うリツの戦いに自分たちが加わっても、邪魔になり巻き込まれてしまう可能性が高い。
 ならば、自分たちにできることに専念するのが最優先であるとのセシリアの判断だった。

「わ、わかった!」
「みんな、武器を構えろ!」
 さすがにリツとリルだけで全ての魔物を倒しきるのは難しく、何体かの魔物が戦線を避け、彼らの横をすり抜けて街へと向かっている。

 それらを倒すのは彼らしかおらず、その仕事に専念していく。 

(お、騎士の人たちもいい感じで動いているな)
 かなり離れており、魔物に取り囲まれているにも関わらず、リツは彼らの様子を把握していた。

 連係して確実に一体ずつ倒していくのを見て、安心してあちらの戦いを任せ、リツはこちらに集中していく。

 剣を振る速度はあがり、魔物の殲滅速度も上がっている。
 ミスリルメイジソードに先ほど放ったヘルフレアを纏わせ、斬ったところから魔物が燃えていく。

(にしても、さすがにこのままだと一帯が燃えてしまうか……)
 ヘルフレア自体の威力は高く、剣も攻撃力を増しており、殲滅に向いている。
 だがこのあたりは草原地帯であり、あっという間に燃え広がってしまう可能性が高い。

(火を消しておくか)

「氷の地獄……コキュートス!」
 こちらは氷の上位魔法。
 同じく上位のヘルフレアを消火するにはこのレベルの魔法が必要となる。

 リツが魔法を発動した瞬間、やはり先ほどと同じく魔力の光の輝きが以前とは違っていた。
 そして今度は一瞬で見える範囲の全てが凍りつく。

 燃え盛る黒い炎までもがその形のまま、氷に閉ざされていた。
 魔物たちはまるで今にも動き出しそうな躍動感のある姿のまま凍り付いている。
 ありとあらゆるものが凍り付き、見渡す限りそこは一面氷の世界になっていた。
 
 これでほとんどの魔物が倒されたことになった。

「いや……威力が強すぎたな……」
 魔物の殲滅には確かに成功したが、想定以上の魔法の威力に頭を掻いていた。

 最初のヘルフレアの時点から、自分の魔法はこんなに威力が強かったかと疑問に思っていたリツだったが、コキュートスの威力を見て改めておかしいことに気づく。

 この世界では魔物を倒すことで魔物の魔力を吸収して強くなることができる。
 更には他種族を殺すことでその魔力を吸収することもできるが、これは同種族では吸収効率が悪いといわれている。

 つまり、リツは封印される前に当時の魔物の頂点に君臨していた魔王を倒しているため、その力をまるごと吸収している。

 あの魔王はリツたち勇者が力をあわせ、死力を尽くすことでやっと倒せたほどの強さである。
 強い相手を倒せば、それだけ吸収する魔力も大きくなる。

 それが、リツの魔法がここまで強力になっている理由だった。
 魔力の輝きが違っていたのも、魔力が上がったことで変化していたのだと思い知らされる。

「――ま、強いのはいいことだからいっか。みんなのところに戻ろう」
 深く考えることをやめ、氷の世界に背を向けたリツは笑顔でセシリアたちのもとへと移動していく。
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