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1 逃避行
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トイレの中でぐちゃぐちゃに蹂躙された教科書を眺めた。つらいとか悲しいとか通り越して、こんなことをする奴が同じ生物であることが信じられなかった。とはいえ教科書ってそこそこ値が張るんだぞ、弁償してもらえないかな。
「おーい、お前のどうだ?直りそうかよ?」
ああ、やはりあいつらか。どうせ抵抗も反論も無駄だろう。後々どうせ殴られるし、言いたいこと言ってさっさと
済ませようかな。ロックを外し外に出ると、にやにやした表情の二人組がいた。
「君たちが、やったんだろ。」
あと一言、自分の怒りを言葉にするだけなのに、どうにも言葉にならない。やっぱり慣れても嫌なものは嫌なんだ。
「反抗的だなあ」
その言葉とほぼ同時に、丸々としたボンレスハムで拵えたような拳が左の頬に飛んできた。脳までジーンとした痛みと揺すぶられるような衝撃が広がった。壁にもたれかかって座り込むと、満足したのか奴らは帰っていった。
なんとも薄暗い気持ちで赤くはれた頬を洗う。痣とかにならなければいいのだけれど、どうなるかは分からない。
こういう時に気遣ってくれるヒロインでもいてくれたら幾分か気持ちも晴れるかもしれないが、生憎僕にはそんな人はいない。教室に帰ると、机に『バカ』とでかでかと書かれていた。ほんとに奴らには脳みそが詰まっているのだろうか?油性マジックなんかで書いたらなかなか消えないじゃないか。それに悪口書くにしても、もっとあるだろう、語彙が。小学生じゃないんだから、もっとバリエーションを増やしてみたらどうなんだ。ダメ元で消しゴムで文字を消し始める僕を横目に、古びたスピーカーから6時間目を知らせるチャイムが鳴った。
「みなさん、うちのクラスには始業式から来ていない雨野さんがいますね。実は彼女は重い病気を患っているそうで学校に行けないんだそうです。」
少し太ったこのクラスの担任が心底悲しそうな顔で皆に向けて言い放った。
そうだったんだ、大変だねえ、などとざわざわとする声が聞こえる。その心配を僕に向けてくれる人はいないのか。
「なので、せめてものお見舞いとしてみんなで千羽鶴を作って持って行ってあげましょう。誰か持って行ってくれる人はいませんか?」
「せんせー、立花がいいと思いまーす」
でたか…。主犯格の一人、俗にいう陽キャの部類に入る彼らはこういうところで僕を出してくる。こうなってしまえば拒否権は僕にはない。黙って受け入れるしかないのだ。
「じゃあ、行きますよ。僕が」
ありがとう、という先生の淡白な感謝の言葉があった後、クラス全員で鶴を折ることになった。僕はどちらかというと不器用な方で、こういった細かい作業は大の苦手だ。YouTubeにアップされている折り鶴の作り方を見ながら、10分ぐらいかけてやっと一つできた。このペースではこの時間中に作れてもせいぜい4つが限界だ。
「手伝おうか、立花。」
「中田。頼むよ、こういうの大の苦手なんだよ」
「知ってんよ」
僕の数少ない友人。こいつも僕とセットで奴らから陰湿ないじめを受けている。唯一の友人が傍観者ですらなく、被害者側というのはなんとも皮肉だ。いや、同じ世界の人間同士だからこそこうやって集まっているのではないだろうか。傍から見れば実に滑稽な二人組かもしれないが、同レベルの者が居るというのは案外心の支えになる。
「それにしてもお前…本当に不器用だよな」
そう言いながら中田は僕の折りかけの折り鶴に視線を落とした。羽は歪み、頭は軽くつぶれている。こんな鶴がもし居たとすれば、突然変異でもしたか、気の毒にも事故にあった鶴ぐらいのものだろう。どうしても無理でさ、と苦笑すると僕の手元から不幸な鶴を取り、手際よく直していった。1分も立たぬうちに鶴は立派な羽と頭を取り戻し、
生気を取り戻したようにすら見えた。
ようやく4つ目ができたというところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。クラス全員で50分で折れた鶴の数は総数およそ100羽。それを20羽づつ糸に通して、千羽鶴は完成した。そんなの10分の1しかないじゃないかと言うのはなしだ。
30人のクラスでは限界があるし、高校生ともなればこういった勉強以外のことに使える時間は少ないのだ。
「じゃあ立花君、雨野さんにお願いしますね」
「ああ、はい」
歯切れの悪い返事をした後、妙な重みを帯びた千羽鶴を僕は受け取った。
ホームルームを終えた後の帰り道では、奴らもさすがに千羽鶴本体には攻撃しては来なかった。最低限の常識があるのかないのか、よくわからん奴らだ。
街の中で少し小高い丘の上にある『井上病院』ここに雨野恵はいるそうだ。
正直、僕は全く持って気乗りしていない。
今まで学校をずっと休んでいた人に突然、クラスメートが訪問する。それだけでも気が引けるのに届けるのは委員長でもなく同性ですらない、パッとしない男子生徒だ。というか、千羽鶴は送られてもどうしようもないから扱いに
困る、みたいな話を聞いたことがあるのだが、大丈夫なんだろうか。雨野恵が千羽鶴を突き返すような性格ではなく、せめて愛想笑いをしてくれるぐらいにはまともな人間であることを祈りながら僕は、なかなかに長い坂道を登り切った。
「おーい、お前のどうだ?直りそうかよ?」
ああ、やはりあいつらか。どうせ抵抗も反論も無駄だろう。後々どうせ殴られるし、言いたいこと言ってさっさと
済ませようかな。ロックを外し外に出ると、にやにやした表情の二人組がいた。
「君たちが、やったんだろ。」
あと一言、自分の怒りを言葉にするだけなのに、どうにも言葉にならない。やっぱり慣れても嫌なものは嫌なんだ。
「反抗的だなあ」
その言葉とほぼ同時に、丸々としたボンレスハムで拵えたような拳が左の頬に飛んできた。脳までジーンとした痛みと揺すぶられるような衝撃が広がった。壁にもたれかかって座り込むと、満足したのか奴らは帰っていった。
なんとも薄暗い気持ちで赤くはれた頬を洗う。痣とかにならなければいいのだけれど、どうなるかは分からない。
こういう時に気遣ってくれるヒロインでもいてくれたら幾分か気持ちも晴れるかもしれないが、生憎僕にはそんな人はいない。教室に帰ると、机に『バカ』とでかでかと書かれていた。ほんとに奴らには脳みそが詰まっているのだろうか?油性マジックなんかで書いたらなかなか消えないじゃないか。それに悪口書くにしても、もっとあるだろう、語彙が。小学生じゃないんだから、もっとバリエーションを増やしてみたらどうなんだ。ダメ元で消しゴムで文字を消し始める僕を横目に、古びたスピーカーから6時間目を知らせるチャイムが鳴った。
「みなさん、うちのクラスには始業式から来ていない雨野さんがいますね。実は彼女は重い病気を患っているそうで学校に行けないんだそうです。」
少し太ったこのクラスの担任が心底悲しそうな顔で皆に向けて言い放った。
そうだったんだ、大変だねえ、などとざわざわとする声が聞こえる。その心配を僕に向けてくれる人はいないのか。
「なので、せめてものお見舞いとしてみんなで千羽鶴を作って持って行ってあげましょう。誰か持って行ってくれる人はいませんか?」
「せんせー、立花がいいと思いまーす」
でたか…。主犯格の一人、俗にいう陽キャの部類に入る彼らはこういうところで僕を出してくる。こうなってしまえば拒否権は僕にはない。黙って受け入れるしかないのだ。
「じゃあ、行きますよ。僕が」
ありがとう、という先生の淡白な感謝の言葉があった後、クラス全員で鶴を折ることになった。僕はどちらかというと不器用な方で、こういった細かい作業は大の苦手だ。YouTubeにアップされている折り鶴の作り方を見ながら、10分ぐらいかけてやっと一つできた。このペースではこの時間中に作れてもせいぜい4つが限界だ。
「手伝おうか、立花。」
「中田。頼むよ、こういうの大の苦手なんだよ」
「知ってんよ」
僕の数少ない友人。こいつも僕とセットで奴らから陰湿ないじめを受けている。唯一の友人が傍観者ですらなく、被害者側というのはなんとも皮肉だ。いや、同じ世界の人間同士だからこそこうやって集まっているのではないだろうか。傍から見れば実に滑稽な二人組かもしれないが、同レベルの者が居るというのは案外心の支えになる。
「それにしてもお前…本当に不器用だよな」
そう言いながら中田は僕の折りかけの折り鶴に視線を落とした。羽は歪み、頭は軽くつぶれている。こんな鶴がもし居たとすれば、突然変異でもしたか、気の毒にも事故にあった鶴ぐらいのものだろう。どうしても無理でさ、と苦笑すると僕の手元から不幸な鶴を取り、手際よく直していった。1分も立たぬうちに鶴は立派な羽と頭を取り戻し、
生気を取り戻したようにすら見えた。
ようやく4つ目ができたというところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。クラス全員で50分で折れた鶴の数は総数およそ100羽。それを20羽づつ糸に通して、千羽鶴は完成した。そんなの10分の1しかないじゃないかと言うのはなしだ。
30人のクラスでは限界があるし、高校生ともなればこういった勉強以外のことに使える時間は少ないのだ。
「じゃあ立花君、雨野さんにお願いしますね」
「ああ、はい」
歯切れの悪い返事をした後、妙な重みを帯びた千羽鶴を僕は受け取った。
ホームルームを終えた後の帰り道では、奴らもさすがに千羽鶴本体には攻撃しては来なかった。最低限の常識があるのかないのか、よくわからん奴らだ。
街の中で少し小高い丘の上にある『井上病院』ここに雨野恵はいるそうだ。
正直、僕は全く持って気乗りしていない。
今まで学校をずっと休んでいた人に突然、クラスメートが訪問する。それだけでも気が引けるのに届けるのは委員長でもなく同性ですらない、パッとしない男子生徒だ。というか、千羽鶴は送られてもどうしようもないから扱いに
困る、みたいな話を聞いたことがあるのだが、大丈夫なんだろうか。雨野恵が千羽鶴を突き返すような性格ではなく、せめて愛想笑いをしてくれるぐらいにはまともな人間であることを祈りながら僕は、なかなかに長い坂道を登り切った。
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