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13、お伺い
枯れかけた観葉植物に、飲みかけの水を注ぐ。
木目調のシェルフ。
雑然と積み上げられたファイルの隙間から葉を覗かせていたソレは、既に寿命を縮め、紅葉していた。
さて、観葉植物が紅葉するかどうか、オレは知らないのだが。
最後の一滴までをカラカラの土へとかけてやって、それからコップをそこへ置いた。
この密集地帯へこれ以上物を乗せる事は危険極まりなかった。
が、オレを背中から抱き締めてくる男が、オレの何もかもを許さないから仕方が無い。
オレは、降参の合図を出す。
それは威嚇して唸る大型犬相手に、そっと、オレは敵じゃない、敵じゃないと、アピールするかのようだ。
「徹夜ですか」
首筋に唇を当てられる。
「ああ、30時間目を閉じてねえ」
彼の手がオレの喉仏をグっと掴む。
「瞬きくらいしてください」
上向きにされて、耳元へ彼の唇が近づいた。
「ヤラせろよ・・・中澤。たまんねえ」
背中から強く抱き締められ、密着した体の中心をゴリゴリと押し付けられて、オレは舌打ちしたいのを堪えた。
「オレが何故ここにいると思ってるんです?」
ゆっくりと新藤を振り返り、唇が触れる程間近でその目を見る。
疲れきったどす黒い目が、より一層凶暴さを持って昏く光る。
何者をも服従させる目だ。
その目がオレの言葉に、一瞬にして力を無くした。
そして、オレの体をキリキリと締め付けていた腕が緩んでいく。
新藤は。
目頭を摘むように押さえ、それから向こうへ向くとドサリとベッドへ腰を落とした。
西遠興行から車で20分ほど離れたところに新藤のマンションがあった。
それを知ったのはついさっきだ。
なぜなら。
「社長が呼んでいます」
新藤が声を出さずに笑う。
それから、手で、わかってる待てと、やって数秒固まった。
その姿を暫く腕を組んで見守る。
「・・・コーヒーでも淹れましょうか」
「いや、行く」
髪を掻きあげ、新藤がベッドを軋ませて、スっと立ち上がった。
「・・・お疲れのところ、申し訳ありません」
礼をすると、新藤が眉間を顰めて睨んでくる。
「慣れすぎなんだよ、その言い方。機械みてえに言いやがって」
慣れ。
そりゃそうだ。つい一ヶ月前まで、オレは普通の会社員だったんだから。
真冬の空の下、黒いロングコートの男の集団は圧巻だ。
その中に、後から着いたオレと新藤も加わる。
新藤は車に寄り掛かる西遠に「遅くなりました」と声を掛けた。
「新藤。寝てないんだろ」
西遠が笑う。眠いか?と。
それに新藤も笑いながら答える。
「中澤にあなたを全部預けられれば、ゆっくり眠れるんですがね」
「アラ。オレは預ける気マンマンよ?」
西遠がオレを見て笑う。
「何言ってるんですか。あなたのどこが”預け”てるんですか。中澤をポケットへ仕舞おうとしてる人が」
「仕舞わなくっても、チガキはちゃんと付いてくるよ」
西遠は「ネ?」と、オレの顔を上目遣いに見て微笑んだ。
それに軽く肩を竦めた新藤が「さあ、乗ってください」と自ら、高級外車の代名詞とも言える重厚な車のドアを開け、西遠を車の中に乗せた。
西遠の姿が車の中に消え、新藤がドアを閉めると、それを合図に男達が歩道に横付けされた数台の黒塗りの車へと次々と乗り込んでいく。
普通の車よりも一回り大きな作りの車内に、新藤と西遠、自分の順に並んで座った。
端正な顔がすぐ横にある。
それに加えて、ついさっきの新藤と西遠の会話を反芻し、更に気持ちは下降気味になる。
”ポケットに仕舞おうと・・・”
そうか。オレはおもちゃと一緒なんだな。
子供のような西遠。
こうして黙って座っていればその眼光と威圧感でもって、その存在を重々に知らしめる事の出来る男なのに。
その内面は、いつも何をやらかすかわからないと、オレ達を怯えさせる”事”を考えている。
しかり。
オレは新藤が仕事を進める上で、西遠をしっかりと仕事させるための『エサ』なのだ。
言うなれば。にんじん。
しかも、齧りかけだ。
自分で考えた想像に思わず噴出してしまい、慌てて手で口を押え咳払いしたが、誤魔化せなかった。
「いやらしい~~。何笑ってんの?チガキ」
西遠が肘でオレの横腹をつつく。
すると、新藤が咳払いして「車の中では、止めてくださいよ。社長」と、釘を射したが「何を?」と、西遠は余裕の笑みで新藤に笑い返す。
その西遠を、ジっと見る新藤が、ふと手を上げて西遠の目に掛かっていた前髪を掬い上げ、後ろへ撫で付けた。
それから西遠は視線を前に戻した。
「寝ていいぞ」
西遠が前を向いたまま言う。
もちろん新藤にだ。
「イヤですよ。これから人を脅しに行くってのに、シャツに涎でも垂らしたらシャレになりませんよ」
「バーカ。ハンコ押しに行くだけだろ。チガキに勘違いされるような言い方やめろ」
「ウチも押しますが、向こうはその何倍も押します。この人数の前で。今日ばかりは仕事をして頂きますからね。社長」
「いいよ~。座ってるだけでいいんだろ?」
「中澤、社長を退屈させないようにな」
いきなり振られた会話に「はい・・?」と驚いて顔を向けると、新藤が前を向いたまま、不敵な笑みを浮かべている。
横目に見ても、イヤな感じだ。
しかし。
退屈させるな、だって?
西遠を?
いったいオレにどうしろっていうんだ?
そうこうして、着いた場所はオフィス街にある7階建てのビル。
最上階にある応接室に通され、積み上げられた書類を前に、相手側の会社の幹部だろう数名が顔を強ばらせ、緊張した面持ちで挨拶をする。
この場で口を開いたのは新藤だけだった。
対面式のソファーに新藤とうちの会社の弁護士らしき男が座り、反対側に企業幹部、上座の1人掛けソファーに西遠という並びに、部屋の壁に沿って彼らを取り囲むように、うちの部下達が立った。その中に自分も並ぶ。
淡々と説明をする新藤に従い、相手側の社長だろう初老の男が躊躇い勝ちに判を押していく。
およそ時間にして20分程だったと思う。
だが驚いた事に、西遠がただ黙って15分座っていただけで、西遠の会社の人間達が感動していたのだ。
「社長がジっとしてる・・」
「ああ、信じられん」
「新藤さんが何言っても聞かない人が」
「本当に中澤さんのおかげかもな」
無事に吸収合併契約のサインを交わした後、廊下でヒソヒソと漏らす部下(組員)達に、オレは本気で驚いた。
オレのおかげ・・・?
ただオレが隣に座って、今夜、何が食べたいか聞いただけで?
それも、新藤から聞けと言われて聞いただけの事だ。
あの場で聞くのも、絶対にオカシイと思ったが・・・。
アレが新藤の考えた西遠を退屈させない方法だったんだな。
あの契約時、どことなく西遠の集中力が切れてきたことに気づいた新藤が、オレを振り返り、手招きしてオレを呼んだ。
すぐ横へ身を屈めると、新藤はオレの耳元へと囁いた。
『中澤。社長に夜は何がいいか聞け』
『え、今それ聞くんですか?』
『なんだ、文句でもあるのか』
小声でもそう新藤に凄まれたら言い返せない。
だいたい、すぐ隣りにいる相手にどうして自分が介入しなければいけないのか。
それも、大した内容では無い。
渋々、西遠の方へ回ると膝を折り、小声で耳元に問い掛けた。
『社長。今日の夜は何にしますか?』
『ご飯?』
『ハイ。新藤さんが聞いてくれと』
『なんだ・・・。新藤が言えって言ったのかよ』
『ハイ』
『ハイって言うなよ』
『・・・』
『黙るな』
『社長。何にするか決めて下さい』
『じゃ、チガキ』
『・・・それを』
『ん?』
『あなたは、オレから新藤さんに言わせたいだけでしょう・・・?』
『アタリ』
目を細めて笑う西遠。
その目に見つめられると、なぜか許してしまう。
オレはバカみたいに、その遊びに付き合う。
『新藤さん』
新藤はそれは嬉しそうな顔でオレを見た。
わかってるんだ。西遠がなんて言うかなんてお見通しで、オレが言う答えも。
それを聞くのを口元を引き上げて待っている。
バカげている。
オレはいいオモチャだ。
ヤクザのオモチャになったのだ。
『オレが食いたいそうです』
それを聞いた瞬間の新藤の顔。
コイツ本気で言いやがった!って一瞬噴出しかける口。
ああ、そうですよ。オレは西遠には逆らえないんですよ。
どうしたってバカバカしくったって泣けたってオレはこの人の言う事を聞くんですよ。
自分でも半ばヤケ。
全ての契約が終り、最後の最後に土産を渡され挨拶から解放された西遠が、オレの肩を後ろからサッと抱いて歩き出す。
言うのもなんだが・・・。なんて自然に肩を抱いてくるんだろう・・この人は・・。
思わず肩を抱かれている自分が恥ずかしくなる。
「社長・・」
「なに?チガキ」
目を細めて微笑む西遠。
その目が間近で、一瞬、心臓が痛む。
こんな柔らかに西遠が笑い掛けるのは、たぶん新藤か、オレにだけだ。
その確信に、自分で自分を追い詰めた。
愛しい、と思ってしまうのは仕方無いんじゃないだろうか・・。
まるで・・・懐いた子犬が自分に気付いてパッと顔を上げて走ってくるような・・そんな表情なのだ。
所以、皆の前で恥ずかしいから腕をどけてくれ、なんて事は口には出来なくなる。
もし、これが西遠の天然な行動によるものだとしても計算されたものだとしても、やっぱりオレは抵抗出来ないだろう。
「これで、新藤を少し寝かせてやれるな」
前を向いて言う西遠の横顔を見る。
少し寂しそうな、想いが募って切なそうな、そんな瞳だった。
「そうですね」
静かにオレも同調する。
「じゃあ、先に帰ろう。どうせ、アイツはオレが居たら車の中でだって寝やしないからな」
その台詞に来る時の車中の様子を思い出した。
心配しているのだ、彼なりに。
(なら、社長も仕事手伝ってあげたらいいのに・・・あ、でもこの人暴走するから・・纏まる話もあらぬ方向へ行きかねないのか・・そうすると、やっぱり新藤がその後始末をすることになって・・・・・・・)
なるほど、悪循環だ。
「行きましょう。あ、この後の予定などは・・」
と、西遠の顔を見たが、西遠はにっこり笑うだけで、知らないよvと、答えた。
思わず「そうですか」と、攣られて笑ってしまう。
新藤さん。オレにはとてもこの人を右に左になんて連れて歩けません。
いったい・・・・いつになったら、オレが西遠に言う事を聞かせられるのだろうか・・・。
オレが主人になれる日は、まだまだ程遠い。
枯れかけた観葉植物に、飲みかけの水を注ぐ。
木目調のシェルフ。
雑然と積み上げられたファイルの隙間から葉を覗かせていたソレは、既に寿命を縮め、紅葉していた。
さて、観葉植物が紅葉するかどうか、オレは知らないのだが。
最後の一滴までをカラカラの土へとかけてやって、それからコップをそこへ置いた。
この密集地帯へこれ以上物を乗せる事は危険極まりなかった。
が、オレを背中から抱き締めてくる男が、オレの何もかもを許さないから仕方が無い。
オレは、降参の合図を出す。
それは威嚇して唸る大型犬相手に、そっと、オレは敵じゃない、敵じゃないと、アピールするかのようだ。
「徹夜ですか」
首筋に唇を当てられる。
「ああ、30時間目を閉じてねえ」
彼の手がオレの喉仏をグっと掴む。
「瞬きくらいしてください」
上向きにされて、耳元へ彼の唇が近づいた。
「ヤラせろよ・・・中澤。たまんねえ」
背中から強く抱き締められ、密着した体の中心をゴリゴリと押し付けられて、オレは舌打ちしたいのを堪えた。
「オレが何故ここにいると思ってるんです?」
ゆっくりと新藤を振り返り、唇が触れる程間近でその目を見る。
疲れきったどす黒い目が、より一層凶暴さを持って昏く光る。
何者をも服従させる目だ。
その目がオレの言葉に、一瞬にして力を無くした。
そして、オレの体をキリキリと締め付けていた腕が緩んでいく。
新藤は。
目頭を摘むように押さえ、それから向こうへ向くとドサリとベッドへ腰を落とした。
西遠興行から車で20分ほど離れたところに新藤のマンションがあった。
それを知ったのはついさっきだ。
なぜなら。
「社長が呼んでいます」
新藤が声を出さずに笑う。
それから、手で、わかってる待てと、やって数秒固まった。
その姿を暫く腕を組んで見守る。
「・・・コーヒーでも淹れましょうか」
「いや、行く」
髪を掻きあげ、新藤がベッドを軋ませて、スっと立ち上がった。
「・・・お疲れのところ、申し訳ありません」
礼をすると、新藤が眉間を顰めて睨んでくる。
「慣れすぎなんだよ、その言い方。機械みてえに言いやがって」
慣れ。
そりゃそうだ。つい一ヶ月前まで、オレは普通の会社員だったんだから。
真冬の空の下、黒いロングコートの男の集団は圧巻だ。
その中に、後から着いたオレと新藤も加わる。
新藤は車に寄り掛かる西遠に「遅くなりました」と声を掛けた。
「新藤。寝てないんだろ」
西遠が笑う。眠いか?と。
それに新藤も笑いながら答える。
「中澤にあなたを全部預けられれば、ゆっくり眠れるんですがね」
「アラ。オレは預ける気マンマンよ?」
西遠がオレを見て笑う。
「何言ってるんですか。あなたのどこが”預け”てるんですか。中澤をポケットへ仕舞おうとしてる人が」
「仕舞わなくっても、チガキはちゃんと付いてくるよ」
西遠は「ネ?」と、オレの顔を上目遣いに見て微笑んだ。
それに軽く肩を竦めた新藤が「さあ、乗ってください」と自ら、高級外車の代名詞とも言える重厚な車のドアを開け、西遠を車の中に乗せた。
西遠の姿が車の中に消え、新藤がドアを閉めると、それを合図に男達が歩道に横付けされた数台の黒塗りの車へと次々と乗り込んでいく。
普通の車よりも一回り大きな作りの車内に、新藤と西遠、自分の順に並んで座った。
端正な顔がすぐ横にある。
それに加えて、ついさっきの新藤と西遠の会話を反芻し、更に気持ちは下降気味になる。
”ポケットに仕舞おうと・・・”
そうか。オレはおもちゃと一緒なんだな。
子供のような西遠。
こうして黙って座っていればその眼光と威圧感でもって、その存在を重々に知らしめる事の出来る男なのに。
その内面は、いつも何をやらかすかわからないと、オレ達を怯えさせる”事”を考えている。
しかり。
オレは新藤が仕事を進める上で、西遠をしっかりと仕事させるための『エサ』なのだ。
言うなれば。にんじん。
しかも、齧りかけだ。
自分で考えた想像に思わず噴出してしまい、慌てて手で口を押え咳払いしたが、誤魔化せなかった。
「いやらしい~~。何笑ってんの?チガキ」
西遠が肘でオレの横腹をつつく。
すると、新藤が咳払いして「車の中では、止めてくださいよ。社長」と、釘を射したが「何を?」と、西遠は余裕の笑みで新藤に笑い返す。
その西遠を、ジっと見る新藤が、ふと手を上げて西遠の目に掛かっていた前髪を掬い上げ、後ろへ撫で付けた。
それから西遠は視線を前に戻した。
「寝ていいぞ」
西遠が前を向いたまま言う。
もちろん新藤にだ。
「イヤですよ。これから人を脅しに行くってのに、シャツに涎でも垂らしたらシャレになりませんよ」
「バーカ。ハンコ押しに行くだけだろ。チガキに勘違いされるような言い方やめろ」
「ウチも押しますが、向こうはその何倍も押します。この人数の前で。今日ばかりは仕事をして頂きますからね。社長」
「いいよ~。座ってるだけでいいんだろ?」
「中澤、社長を退屈させないようにな」
いきなり振られた会話に「はい・・?」と驚いて顔を向けると、新藤が前を向いたまま、不敵な笑みを浮かべている。
横目に見ても、イヤな感じだ。
しかし。
退屈させるな、だって?
西遠を?
いったいオレにどうしろっていうんだ?
そうこうして、着いた場所はオフィス街にある7階建てのビル。
最上階にある応接室に通され、積み上げられた書類を前に、相手側の会社の幹部だろう数名が顔を強ばらせ、緊張した面持ちで挨拶をする。
この場で口を開いたのは新藤だけだった。
対面式のソファーに新藤とうちの会社の弁護士らしき男が座り、反対側に企業幹部、上座の1人掛けソファーに西遠という並びに、部屋の壁に沿って彼らを取り囲むように、うちの部下達が立った。その中に自分も並ぶ。
淡々と説明をする新藤に従い、相手側の社長だろう初老の男が躊躇い勝ちに判を押していく。
およそ時間にして20分程だったと思う。
だが驚いた事に、西遠がただ黙って15分座っていただけで、西遠の会社の人間達が感動していたのだ。
「社長がジっとしてる・・」
「ああ、信じられん」
「新藤さんが何言っても聞かない人が」
「本当に中澤さんのおかげかもな」
無事に吸収合併契約のサインを交わした後、廊下でヒソヒソと漏らす部下(組員)達に、オレは本気で驚いた。
オレのおかげ・・・?
ただオレが隣に座って、今夜、何が食べたいか聞いただけで?
それも、新藤から聞けと言われて聞いただけの事だ。
あの場で聞くのも、絶対にオカシイと思ったが・・・。
アレが新藤の考えた西遠を退屈させない方法だったんだな。
あの契約時、どことなく西遠の集中力が切れてきたことに気づいた新藤が、オレを振り返り、手招きしてオレを呼んだ。
すぐ横へ身を屈めると、新藤はオレの耳元へと囁いた。
『中澤。社長に夜は何がいいか聞け』
『え、今それ聞くんですか?』
『なんだ、文句でもあるのか』
小声でもそう新藤に凄まれたら言い返せない。
だいたい、すぐ隣りにいる相手にどうして自分が介入しなければいけないのか。
それも、大した内容では無い。
渋々、西遠の方へ回ると膝を折り、小声で耳元に問い掛けた。
『社長。今日の夜は何にしますか?』
『ご飯?』
『ハイ。新藤さんが聞いてくれと』
『なんだ・・・。新藤が言えって言ったのかよ』
『ハイ』
『ハイって言うなよ』
『・・・』
『黙るな』
『社長。何にするか決めて下さい』
『じゃ、チガキ』
『・・・それを』
『ん?』
『あなたは、オレから新藤さんに言わせたいだけでしょう・・・?』
『アタリ』
目を細めて笑う西遠。
その目に見つめられると、なぜか許してしまう。
オレはバカみたいに、その遊びに付き合う。
『新藤さん』
新藤はそれは嬉しそうな顔でオレを見た。
わかってるんだ。西遠がなんて言うかなんてお見通しで、オレが言う答えも。
それを聞くのを口元を引き上げて待っている。
バカげている。
オレはいいオモチャだ。
ヤクザのオモチャになったのだ。
『オレが食いたいそうです』
それを聞いた瞬間の新藤の顔。
コイツ本気で言いやがった!って一瞬噴出しかける口。
ああ、そうですよ。オレは西遠には逆らえないんですよ。
どうしたってバカバカしくったって泣けたってオレはこの人の言う事を聞くんですよ。
自分でも半ばヤケ。
全ての契約が終り、最後の最後に土産を渡され挨拶から解放された西遠が、オレの肩を後ろからサッと抱いて歩き出す。
言うのもなんだが・・・。なんて自然に肩を抱いてくるんだろう・・この人は・・。
思わず肩を抱かれている自分が恥ずかしくなる。
「社長・・」
「なに?チガキ」
目を細めて微笑む西遠。
その目が間近で、一瞬、心臓が痛む。
こんな柔らかに西遠が笑い掛けるのは、たぶん新藤か、オレにだけだ。
その確信に、自分で自分を追い詰めた。
愛しい、と思ってしまうのは仕方無いんじゃないだろうか・・。
まるで・・・懐いた子犬が自分に気付いてパッと顔を上げて走ってくるような・・そんな表情なのだ。
所以、皆の前で恥ずかしいから腕をどけてくれ、なんて事は口には出来なくなる。
もし、これが西遠の天然な行動によるものだとしても計算されたものだとしても、やっぱりオレは抵抗出来ないだろう。
「これで、新藤を少し寝かせてやれるな」
前を向いて言う西遠の横顔を見る。
少し寂しそうな、想いが募って切なそうな、そんな瞳だった。
「そうですね」
静かにオレも同調する。
「じゃあ、先に帰ろう。どうせ、アイツはオレが居たら車の中でだって寝やしないからな」
その台詞に来る時の車中の様子を思い出した。
心配しているのだ、彼なりに。
(なら、社長も仕事手伝ってあげたらいいのに・・・あ、でもこの人暴走するから・・纏まる話もあらぬ方向へ行きかねないのか・・そうすると、やっぱり新藤がその後始末をすることになって・・・・・・・)
なるほど、悪循環だ。
「行きましょう。あ、この後の予定などは・・」
と、西遠の顔を見たが、西遠はにっこり笑うだけで、知らないよvと、答えた。
思わず「そうですか」と、攣られて笑ってしまう。
新藤さん。オレにはとてもこの人を右に左になんて連れて歩けません。
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