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ハッピーバレンタイン①
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最低、最悪の夢で目を覚ます。
息が止まりそうな程に衝撃的な映像は、今夢から目が醒めたのもわからず頭の中を混乱させていた。
非常灯の中、これ以上はない程に目を見開き視界に捉えたものは、いつもと変わらない薄汚れた茶色掛かった白い天井。
無音の中、次第に大きく聞こえてくるのは自分の口が吐き出す荒い雑音。
狭い枕元をまさぐり、時計を掴む。見れば、時計の針は夜中の2時過ぎを差している。
身動ぎして、全身が強ばっていた事に自分で気付く。
関節がバキバキと鳴り、手足を動かし、やっと体から力が抜けていく。
今見たモノが全部夢だった事に、大きく息を吐き心底ホッとした。
額に滑る汗を手の甲で拭い、時計を手から放す。
枕元に無造作に転がっていくそれを目の端で見送ってから、ゆっくりと目を閉じた。
自分の大切なものが壊されてしまう夢。
そんな事、絶対に許せない。
そう思うのに、残酷な夢の中では自分の目の前でそれが起こってしまう。
こんな事、信じられない。
誰にも許さない。
誰にも触らせない。
そんな事になるくらいなら、自分が、オレが、壊してやるーーー
人に取られるくらいなら、いっそーーーー
この歳になって、そんな幼児染みた欲求を持つとは思ってもみなかった。
誰にも渡さない、誰にも触らせないーーー!
恋愛に憧れる気持ちは人並みにある。
誰かと付き合いたいとか、恋人同士になりたいとか、漠然とだ。
けれど、それを、自分がその相手に対して、独り占めしたいとか執着するとか、そういう気持ちまで具体的に想像した事なんかなかった。
手を繋いで歩いてみたいとか、デートをしたいとか、キスしたいとか。
漠然とやってみたい事が頭の中に浮かんだだけで、どんな感情を持つかまでは想像した事なんかなかった。
元々、男子校だ。
日々の体力は地獄のような部活の練習と、丸ごと引き換えてしまう。
膝が笑う程走り、寮への道のりを帰るのさえ辛く感じる程ヘトヘトに疲れさせられ、1日分の体力を完全に消耗してしまう毎日だ。
恋に憧れを持っても、誰かを自分のものにしたい、なんて欲求を自分が持つなんて考えもしなかった。
こんなドス黒く、邪悪な気持ちを持つなんてーーーーそれも、自分が好きだと想う相手に・・?
ーーイカレてる。
そう甲斐谷は、自分を嘲笑った。
好きだと気付くまで長い時間が掛かったのに、好きだとわかってからは、頭の中が何かと欲望に直結するようになった。
声を聞けば、姿が見たくなる。
顔を見れば、体に触りたくて、キスしてみたくなる。
ふざけて抱き締めてみても、相手に自分の気持ちを気付かれていない事に苛立ったり、気付かせる気なんかないのに、気付いて欲しいと願ったり、自分の気持ちの矛盾に付いていけなくなる日々だ。
困るのは、自分だーーー
そうわかっているのに、触れているだけでは満足出来なくなってくる。
力一杯抱き締めても、振り返らない。
いつもの『オフザケ』。
ただの『イタズラ』。
満たされない何かの代わりの『ヤツアタリ』。
そんな風に流されるのが悔しくて、つい手にしたものに力が入ってしまう。
「痛いんだけど・・甲斐谷?」
そう上目遣いに見上げられ、自分が吉岡の背後から、吉岡の髪を掴んで後ろに引いている事に気付いた。
窓際の机の上、窓を背に座った吉岡のすぐ後ろの柱にオレは寄り掛かかり、いつの間に手が伸びていたのか、吉岡の髪を掴んでいた事に、自分でも無意識の行動に驚愕する。
本当に少し涙目で、喉を仰け反らせて自分を仰ぎ見ている吉岡に、思わず喉が鳴る。
薄く開いた唇の中に赤く濡れた粘膜が見える。
それが普通の事だとわかっていても、それが吉岡のものだと認識すると心臓の音が大きくなる。
そんな自分の気持ちに微塵も気付いていないこのバカは、オレの目を見つめたまま、小さく溜め息を吐き、自分の髪を掴んでいるオレの手に手を伸ばし、上から掴んだ。
「いい子だから、放しなさい」
解かれるまま、吉岡の手に手を取られ、オレは信じられない気持ちで自分の手を握る吉岡の手を見つめていた。
吉岡は空いてる手で、後ろ手に、オレのもう片方の手も差し出すように要求し、オレの手を掴むと、それを合わせて自分の体の前へと導いた。
前を向いてしまった吉岡を、まるで後ろから抱き締めるような格好になる。
その瞬間、自分の腹の底に薄暗い殺意が芽生えた。
コイツは自分の気持ちも知らずに、簡単にこんな態度を取る。
バカで、無神経で、考え無しで、自分の行動に何の責任も持ってない。
それでいて、危険察知能力はゼロ。
もしオレが猛獣なら、今すぐコイツの頭に喰らい付きバリバリと口の中で噛み砕いている。
今、コイツがどのくらい危険な事をしているのか、オレが吉岡にわからせてやらなければいけない。
オレの手を上から握り、腹部で重ねるそれに力を入れる。
と、簡単に吉岡の体は後ろに傾いだ。
「あ」
斜めに見上げてくる吉岡の目が自分を捉える。
そのまま腕を引き寄せれば、吉岡の体はズルッと机の上を滑り、オレの胸の中へと収まってしまった。
抱き込んだ体の薄さに、体が緊張する。
痛めつけてやろうと思っていた安易な殺意は、簡単に愛しさに変わる。
腕の中、気恥ずかしそうに身動ぎする吉岡に体温が上がり出す。
そんな自分に気付いてもいない吉岡は困った顔をして自分を睨んだ。
「お前、さっきからさ~、イタズラばっかして・・ジッとしてらんないわけ?」
眉を顰める吉岡が文句を言いながら尖らせる唇に、目が釘付けになる。
自分の腕の中に引き込んだ吉岡の顔はすぐそこにある。
少し、自分が頭を下げれば、あと数十センチ俯けただけで触れられる唇がある。
衝動だ。
どうしようもなく、心が動く。
止められない欲求に、頭の中がシビれる。
「甲斐谷?」
ギュッと抱き込んだ吉岡の肩口に、ゆっくりと体を倒し、顔を埋める。
このままーーーー
噛み付いてやろうか。
「うぎゃッ」
ギリギリの理性を奮い立たせ、吉岡の腹に当てていた指に力を入れて、掻き回してやった。
「や、甲斐谷!ヤメ・・!!くすぐった・・!!やめ、ヤダ!ヤダ!!ダメ、ダメって・・ギャーーーーッ」
ヒーヒー泣き喚く吉岡に釣られて口元を緩め、自分の中の闇を押し込める。
小さな机の上でぐちゃぐちゃに縺れ合いながら、コイツは誰にも渡さないと、教室の中、目を眇めた。
わかる奴には、わかるーーー
その視線の意味が。
夜毎、悪夢に魘され、睡眠時間を取っていても疲労は嵩む。
これが親友に恋情を持った枷かと、自分を蔑んでも、欲望がここから消える事はなかった。
どんなに好きだと思っても手に入らない。
手に入れる事は出来ない。
自分にそう言い聞かせていても、体は収まらない。
どう処理する事も敵わない欲望を持て余し、日々、募る情欲に魘される。
甲斐谷の夢の中では、吉岡は中心にいる。
人の輪の真ん中に居て、どれ程、甲斐谷が止めてくれと泣き叫んでも、それは止まらない。
どうしてそんな事になったのか、ただ1人裸に剥かれた吉岡が男達の真ん中で体をビクビクと跳ねさせている。
何をされているのか、離れた場所から叫んでいるだけの自分にはよくわからない。
けれど、何が起きているのかはわかる。
紅潮した顔で涙を流す吉岡が何かを叫んでいる。
どんなに吉岡を助けようと手を伸ばしても、甲斐谷の手は届かない。
何度も叫んでいるのに、声が出ない。
そうして無茶苦茶に暴れまくって、唐突に目が覚める、と、甲斐谷の全身は汗だくになっている。
そんな事を繰り返している内、甲斐谷の精神は来るところまでキてしまった。
闇に落ちるのに、時間は要らなかった。
嫉妬の延長線上に、自分と同じ匂いの獲物は吉岡のすぐ傍にいた。
刈るのは簡単だったし、それが次も悪さをしないよう躾けるのも拍子抜けする程容易かった。
自分の欲望の捌け口が間違っている事に自覚はあったが、自分の気持ちを吉岡にぶつけるつもりは、はなから無かった。
それなら、どこでどう螺子曲がろうが歪もうが、一緒だ。
吉岡以外なら、意味は無い。
そうして、吉岡へすり寄る輩を排除すべく、蹴散らし、捩じ伏せている内、同族相哀れむと言うのか妙な連帯感が生まれた。
誰も吉岡に手を出す事は出来ない。
けれど、甲斐谷からは肉欲を満たして貰える。
同性を好きになってしまった禁忌からか、若さ所以か、彼らは甲斐谷にすり替えられた欲望に溺れていった。
それでいい、と、甲斐谷も思っていた。
誰も触れない。
誰にも触らせない。
それは、自分自身にさえーーー
吉岡を汚す事は自分が許さない。
そうやって、甲斐谷は、自身すら戒めていたのだがーーー。
「なあ、チョコは?」
2月14日、部活の帰り道、二人きりになりたくて寄った夜の公園のベンチに、甲斐谷は吉岡と並んで座った。
自分から言うのもどうかと思ったが、このオバカさんは本気で忘れているのかも知れないという危惧から、恥を忍んで甲斐谷は吉岡の顔を覗いた。
そんな甲斐谷の、紺色のタータンチェックのマフラーを巻いた顔に、吉岡は「あ」と口を開けて、ゴソゴソと鞄の中を探る。
やっぱり忘れてたのか、コイツ・・!
と、自分から言って良かったと、甲斐谷が胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ジャーーン!オレ、2個!2個貰った!」
そう言って、嬉しそうにバレンタインのチョコらしき包み箱を吉岡が目の前に見せびらかす。
「2個・・」
「おう!甲斐谷は?何個貰った?」
オイオイ・・それ、親友のノリだろ・・と、甲斐谷は内心ツッコミつつも、相手が吉岡なだけにそこは許してやろうと、表情を変えないまま「5個」と答える。
「5・・5!?・・なんなのお前・・別れたんじゃなかったのか!?」
「はあ?」
「オレなんか、やっと2個・・」
くすんと涙ぐむ吉岡に、甲斐谷は自分の鞄からチョコを取り出す。
「欲しかったらやるよ」
「何言ってんだよ・・?ソレガシは、そういう施しは受けぬ」
「なに武士ってんだよ」
「そういう甲斐谷こそ、なんでそんなに貰ってる訳?断れ!」
「鞄の中に入れられてたんだ。さっき部活終ってから気付いた」
そんな甲斐谷を吉岡は白い目で見つめる。
息が止まりそうな程に衝撃的な映像は、今夢から目が醒めたのもわからず頭の中を混乱させていた。
非常灯の中、これ以上はない程に目を見開き視界に捉えたものは、いつもと変わらない薄汚れた茶色掛かった白い天井。
無音の中、次第に大きく聞こえてくるのは自分の口が吐き出す荒い雑音。
狭い枕元をまさぐり、時計を掴む。見れば、時計の針は夜中の2時過ぎを差している。
身動ぎして、全身が強ばっていた事に自分で気付く。
関節がバキバキと鳴り、手足を動かし、やっと体から力が抜けていく。
今見たモノが全部夢だった事に、大きく息を吐き心底ホッとした。
額に滑る汗を手の甲で拭い、時計を手から放す。
枕元に無造作に転がっていくそれを目の端で見送ってから、ゆっくりと目を閉じた。
自分の大切なものが壊されてしまう夢。
そんな事、絶対に許せない。
そう思うのに、残酷な夢の中では自分の目の前でそれが起こってしまう。
こんな事、信じられない。
誰にも許さない。
誰にも触らせない。
そんな事になるくらいなら、自分が、オレが、壊してやるーーー
人に取られるくらいなら、いっそーーーー
この歳になって、そんな幼児染みた欲求を持つとは思ってもみなかった。
誰にも渡さない、誰にも触らせないーーー!
恋愛に憧れる気持ちは人並みにある。
誰かと付き合いたいとか、恋人同士になりたいとか、漠然とだ。
けれど、それを、自分がその相手に対して、独り占めしたいとか執着するとか、そういう気持ちまで具体的に想像した事なんかなかった。
手を繋いで歩いてみたいとか、デートをしたいとか、キスしたいとか。
漠然とやってみたい事が頭の中に浮かんだだけで、どんな感情を持つかまでは想像した事なんかなかった。
元々、男子校だ。
日々の体力は地獄のような部活の練習と、丸ごと引き換えてしまう。
膝が笑う程走り、寮への道のりを帰るのさえ辛く感じる程ヘトヘトに疲れさせられ、1日分の体力を完全に消耗してしまう毎日だ。
恋に憧れを持っても、誰かを自分のものにしたい、なんて欲求を自分が持つなんて考えもしなかった。
こんなドス黒く、邪悪な気持ちを持つなんてーーーーそれも、自分が好きだと想う相手に・・?
ーーイカレてる。
そう甲斐谷は、自分を嘲笑った。
好きだと気付くまで長い時間が掛かったのに、好きだとわかってからは、頭の中が何かと欲望に直結するようになった。
声を聞けば、姿が見たくなる。
顔を見れば、体に触りたくて、キスしてみたくなる。
ふざけて抱き締めてみても、相手に自分の気持ちを気付かれていない事に苛立ったり、気付かせる気なんかないのに、気付いて欲しいと願ったり、自分の気持ちの矛盾に付いていけなくなる日々だ。
困るのは、自分だーーー
そうわかっているのに、触れているだけでは満足出来なくなってくる。
力一杯抱き締めても、振り返らない。
いつもの『オフザケ』。
ただの『イタズラ』。
満たされない何かの代わりの『ヤツアタリ』。
そんな風に流されるのが悔しくて、つい手にしたものに力が入ってしまう。
「痛いんだけど・・甲斐谷?」
そう上目遣いに見上げられ、自分が吉岡の背後から、吉岡の髪を掴んで後ろに引いている事に気付いた。
窓際の机の上、窓を背に座った吉岡のすぐ後ろの柱にオレは寄り掛かかり、いつの間に手が伸びていたのか、吉岡の髪を掴んでいた事に、自分でも無意識の行動に驚愕する。
本当に少し涙目で、喉を仰け反らせて自分を仰ぎ見ている吉岡に、思わず喉が鳴る。
薄く開いた唇の中に赤く濡れた粘膜が見える。
それが普通の事だとわかっていても、それが吉岡のものだと認識すると心臓の音が大きくなる。
そんな自分の気持ちに微塵も気付いていないこのバカは、オレの目を見つめたまま、小さく溜め息を吐き、自分の髪を掴んでいるオレの手に手を伸ばし、上から掴んだ。
「いい子だから、放しなさい」
解かれるまま、吉岡の手に手を取られ、オレは信じられない気持ちで自分の手を握る吉岡の手を見つめていた。
吉岡は空いてる手で、後ろ手に、オレのもう片方の手も差し出すように要求し、オレの手を掴むと、それを合わせて自分の体の前へと導いた。
前を向いてしまった吉岡を、まるで後ろから抱き締めるような格好になる。
その瞬間、自分の腹の底に薄暗い殺意が芽生えた。
コイツは自分の気持ちも知らずに、簡単にこんな態度を取る。
バカで、無神経で、考え無しで、自分の行動に何の責任も持ってない。
それでいて、危険察知能力はゼロ。
もしオレが猛獣なら、今すぐコイツの頭に喰らい付きバリバリと口の中で噛み砕いている。
今、コイツがどのくらい危険な事をしているのか、オレが吉岡にわからせてやらなければいけない。
オレの手を上から握り、腹部で重ねるそれに力を入れる。
と、簡単に吉岡の体は後ろに傾いだ。
「あ」
斜めに見上げてくる吉岡の目が自分を捉える。
そのまま腕を引き寄せれば、吉岡の体はズルッと机の上を滑り、オレの胸の中へと収まってしまった。
抱き込んだ体の薄さに、体が緊張する。
痛めつけてやろうと思っていた安易な殺意は、簡単に愛しさに変わる。
腕の中、気恥ずかしそうに身動ぎする吉岡に体温が上がり出す。
そんな自分に気付いてもいない吉岡は困った顔をして自分を睨んだ。
「お前、さっきからさ~、イタズラばっかして・・ジッとしてらんないわけ?」
眉を顰める吉岡が文句を言いながら尖らせる唇に、目が釘付けになる。
自分の腕の中に引き込んだ吉岡の顔はすぐそこにある。
少し、自分が頭を下げれば、あと数十センチ俯けただけで触れられる唇がある。
衝動だ。
どうしようもなく、心が動く。
止められない欲求に、頭の中がシビれる。
「甲斐谷?」
ギュッと抱き込んだ吉岡の肩口に、ゆっくりと体を倒し、顔を埋める。
このままーーーー
噛み付いてやろうか。
「うぎゃッ」
ギリギリの理性を奮い立たせ、吉岡の腹に当てていた指に力を入れて、掻き回してやった。
「や、甲斐谷!ヤメ・・!!くすぐった・・!!やめ、ヤダ!ヤダ!!ダメ、ダメって・・ギャーーーーッ」
ヒーヒー泣き喚く吉岡に釣られて口元を緩め、自分の中の闇を押し込める。
小さな机の上でぐちゃぐちゃに縺れ合いながら、コイツは誰にも渡さないと、教室の中、目を眇めた。
わかる奴には、わかるーーー
その視線の意味が。
夜毎、悪夢に魘され、睡眠時間を取っていても疲労は嵩む。
これが親友に恋情を持った枷かと、自分を蔑んでも、欲望がここから消える事はなかった。
どんなに好きだと思っても手に入らない。
手に入れる事は出来ない。
自分にそう言い聞かせていても、体は収まらない。
どう処理する事も敵わない欲望を持て余し、日々、募る情欲に魘される。
甲斐谷の夢の中では、吉岡は中心にいる。
人の輪の真ん中に居て、どれ程、甲斐谷が止めてくれと泣き叫んでも、それは止まらない。
どうしてそんな事になったのか、ただ1人裸に剥かれた吉岡が男達の真ん中で体をビクビクと跳ねさせている。
何をされているのか、離れた場所から叫んでいるだけの自分にはよくわからない。
けれど、何が起きているのかはわかる。
紅潮した顔で涙を流す吉岡が何かを叫んでいる。
どんなに吉岡を助けようと手を伸ばしても、甲斐谷の手は届かない。
何度も叫んでいるのに、声が出ない。
そうして無茶苦茶に暴れまくって、唐突に目が覚める、と、甲斐谷の全身は汗だくになっている。
そんな事を繰り返している内、甲斐谷の精神は来るところまでキてしまった。
闇に落ちるのに、時間は要らなかった。
嫉妬の延長線上に、自分と同じ匂いの獲物は吉岡のすぐ傍にいた。
刈るのは簡単だったし、それが次も悪さをしないよう躾けるのも拍子抜けする程容易かった。
自分の欲望の捌け口が間違っている事に自覚はあったが、自分の気持ちを吉岡にぶつけるつもりは、はなから無かった。
それなら、どこでどう螺子曲がろうが歪もうが、一緒だ。
吉岡以外なら、意味は無い。
そうして、吉岡へすり寄る輩を排除すべく、蹴散らし、捩じ伏せている内、同族相哀れむと言うのか妙な連帯感が生まれた。
誰も吉岡に手を出す事は出来ない。
けれど、甲斐谷からは肉欲を満たして貰える。
同性を好きになってしまった禁忌からか、若さ所以か、彼らは甲斐谷にすり替えられた欲望に溺れていった。
それでいい、と、甲斐谷も思っていた。
誰も触れない。
誰にも触らせない。
それは、自分自身にさえーーー
吉岡を汚す事は自分が許さない。
そうやって、甲斐谷は、自身すら戒めていたのだがーーー。
「なあ、チョコは?」
2月14日、部活の帰り道、二人きりになりたくて寄った夜の公園のベンチに、甲斐谷は吉岡と並んで座った。
自分から言うのもどうかと思ったが、このオバカさんは本気で忘れているのかも知れないという危惧から、恥を忍んで甲斐谷は吉岡の顔を覗いた。
そんな甲斐谷の、紺色のタータンチェックのマフラーを巻いた顔に、吉岡は「あ」と口を開けて、ゴソゴソと鞄の中を探る。
やっぱり忘れてたのか、コイツ・・!
と、自分から言って良かったと、甲斐谷が胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ジャーーン!オレ、2個!2個貰った!」
そう言って、嬉しそうにバレンタインのチョコらしき包み箱を吉岡が目の前に見せびらかす。
「2個・・」
「おう!甲斐谷は?何個貰った?」
オイオイ・・それ、親友のノリだろ・・と、甲斐谷は内心ツッコミつつも、相手が吉岡なだけにそこは許してやろうと、表情を変えないまま「5個」と答える。
「5・・5!?・・なんなのお前・・別れたんじゃなかったのか!?」
「はあ?」
「オレなんか、やっと2個・・」
くすんと涙ぐむ吉岡に、甲斐谷は自分の鞄からチョコを取り出す。
「欲しかったらやるよ」
「何言ってんだよ・・?ソレガシは、そういう施しは受けぬ」
「なに武士ってんだよ」
「そういう甲斐谷こそ、なんでそんなに貰ってる訳?断れ!」
「鞄の中に入れられてたんだ。さっき部活終ってから気付いた」
そんな甲斐谷を吉岡は白い目で見つめる。
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BL小説『センパイ』(本家)
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