声がいいとか、字が綺麗だとか

ジャム

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声がいいとか、字が綺麗だとかーーー

「吉岡って、字キレイだよな・・」
と、のたまったのは、つい最近、親友のオレと恋人同士の付き合いを始めたという甲斐谷だ。
元恋人(複数)の1人がいる教室で、よくお前はオレの所へ通って来れるな、と、そのメンタルの図太さに、吉岡は感心する。
お前が手に入るなら、他はいらない、そう言って、自分を口説いた甲斐谷が、イタズラに関係していた恋人達と縁を切ったと言うが、どう縁を切ったのか、いや、本当に切ったのか、信憑性に欠ける。
その証拠に、鋭角に斜め前方向からこっちを睨みつけている憎々し気な河瀬の顔がある。
あれ以来もう身体の関係はないと、甲斐谷から聞いているが、この絶倫の事をどこまで信用したらいいものか。
こうして見る限り、あちら様からは、未練たっぷり、さもオレの存在が邪魔だと言わんばかりの粘着質な視線が送られている有様だ。
なんなら、オレさえ居なければ、いつだって向こうは受け入れ準備万端、今すぐにでも裸になって甲斐谷と合体したそうなギラギラした発情オーラが放たれている。
体育会系で筋肉質な身体つきのせいか、まさに発情期の馬のような怖さがある。
そんな河瀬の視線に、甲斐谷は気付いているのか、いないのか。
当の甲斐谷は、オレの前の席に跨がるように後ろ向きに座り、オレがノートに英語の訳を写すのを眺めている。

「オレ、お前の字、好き。この、なんか時々、カクカクしてるの見ると超可愛い」
ど偉い萌えをぶっこんでくるな、と、ノートから顔を上げると、甲斐谷はいつもの無表情、無愛想な顔をしたまま、目だけ細めてオレを見つめる。
「え、何、お前、文字フェチだったの」
至近距離で受けるには圧のあり過ぎる眼力に耐えかね、オレはすぐにノートへと視線を落とした。
「チガウ。お前の字にしか感じないし。なあ、オレの名前、書いて」
「えー・・名前?」
「書いて。まさか、下の名前わかんねえ?」
「知ってるワ。選手登録の紙、オレが書いてんだぞ」
「知ってる。ほら、空いてるとこでいいから」
書いて書いて。
まるで子どもみたいな要求に、仕方無く、吉岡はシャーペンを走らせた。
子どもの頃、書道を習っていたせいか、字の書き方がダイナミックで、一文字ずつが大きい。
一般的に、綺麗に見えるとは言い難い字だと自分では思うが、惚れた欲目か甲斐谷は吉岡の字をよく褒める。
「か・い・たに・・、ゆ・いち・ろう」
「ゆいいちろう、な」
「え、ウソ」
甲斐谷の訂正に、思わず顔を上げると、相変わらずこっちを睨んでいる河瀬と目が合ってしまった。
すぐに視線を逆に逸らしたら、オレの不自然な態度に気付いた甲斐谷が、後ろを振り返る。
河瀬はさっきと打って変わって、振り向いた甲斐谷に向かって乙女顔をしたが、甲斐谷はチッと舌打ちしただけで、顔をこっちに戻した。
すると、河瀬は、オレに甲斐谷を寝取られた彼女のように恨めしそうな顔をすると、自分の席から勢い良く立ち上がり、ガタガタと人にぶつかりながら教室から荒々しく出て行ってしまった。
河瀬のご乱心に一瞬ヒヤリとしたクラスの空気が、また一段と悪くなる。
本当にお前、ちゃんと別れたんだろうな。
そう甲斐谷の顔を睨むと、甲斐谷は何を気にした風でも無い。
「もう1回書いて」
「なんでだよ。一個書けば十分だろ」
「書いてよ。お前の字、好きなんだって」
そう言われたら、嫌だと突っぱねる理由もあまりない。
この無愛想な男に、好きと言われると、やっぱり弱い。
もう一度、ノートの隅に、甲斐谷 唯一朗と書いてやると、今度は「読んで」と催促される。
「かいたに、ゆいちろ」
「やっぱ、間違えてんじゃん。ユイイチロウ、だろ」
「マジ?」
「マジ。ショック。チューして」
一瞬、自分の耳を疑った。
チュー?
チューしてって、言ったのか?
「や、やだ」
思わず首を横に振ると、不機嫌そうな顔が更に不機嫌になる。
「なんで。オレの名前間違えてただろ。罰」
「いつそんなルール出来たんだよ」
「何、キスすんの恥ずかしいの?」
そっか、童貞だもんな。
そう甲斐谷の口元が意地悪に引き上がる。
その瞬間、オレの薄っぺらいベニヤ板みたいなプライドが、甲斐谷の足でバキバキと踏みつけられたような気がした。
「悪かったな、童貞でっ」
オレにも男の意地がある。
いくら童貞でも、キスの経験はそこそこある。(ボーイズラブブームで小鳥のキスが校内で流行したせい)
それに、最近じゃ、この絶倫男のおかげで、ねっとりぐちゅぐちゅするキスにも大分慣れてきた。
吉岡はすぐ目の前にある男の唇を狙って舌を伸ばし、甲斐谷の酷薄そうな薄い唇の中をぐるりと嘗め回してやった。
唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬だけで、甲斐谷の口の中を嘗め回していた時間の方が長かったかも知れない。
どうだ、と、言わんばかりに、吉岡が手の甲で自分の唇に付いた唾液を拭っていると、甲斐谷が細い目を見開いて、唖然としている。
いつも何を言ってもあまり動じる事のない男のびっくりした顔に、吉岡は気を良くし、満面の笑みを浮かべた。
イタズラが成功するのは、いくつになっても楽しいものだ。
「お前・・・ほんっとに、オレの事、好きなんだな」
「え?」
いきなり、両手首を掴まれた吉岡は、甲斐谷の方へ体を引き寄せられる。
「ちょ、何、わ!」
何も抵抗出来ないうちに、甲斐谷の口に唇を食べられてしまう。
「ん・・やっ」
唇の内側も、外側も派手に嬲られ、口の中には、トロリと流れてくる甲斐谷の熱い唾液。
それを甲斐谷の舌が、自分の喉の奥へと押し込んで来る。
反射でそれを飲み込むと、ゴクリと喉が鳴り、その音がやたら大きく耳の中に響いて、吉岡は慌てて甲斐谷の胸を手で押し返した。
すると、クラスメート達の、こっちを見つめる茫然自失の表情とぶつかり、一気に吉岡の頭の中が冷えた。
「は、放せって」
「自分から煽って来といて、これで終りって?」
虫がよすぎんだろ。
そう昏く嗤った男の顔があまりにも凶暴過ぎて、吉岡は更に青褪める。
「やだ・・みんな、見てるから・・やだ」
こんな事、クラスメートの前でしたくない。見られたくない。
そう首を振ったのに、甲斐谷は「ああ、確かに」と呟くと、自分の紺色のカーディガンを脱いで、それを吉岡の頭の上に被せる。
「わ!」
何事かと、吉岡がそれをどけようとした所へ、甲斐谷の手に阻まれた。
「お前のトロ顔、ヤバいからな」
そう言って、甲斐谷の頭がカーディガンの中に潜り込んでくる。
「あ・・ヤ・・甲斐谷」
机を挟んでカーディガンを被った二人の影が、モゾモゾと妖しく蠢く。
時々、ハアハアと熱い吐息が漏れ、開いたままのノートの上に、ポタ、ポタと、雫が落ちた。
これには、河瀬ではなくとも、皆、教室から逃げ出したくなるのも当然だった。
吉岡のクラスメート達は、気配を殺して教室から出ると、全員がトイレへと早足で向かう異常事態となった。
元々、色事の刺激の薄い男子校。
いくら男同士のキスとは言え、そういう事に殆ど免疫がないのだ。
目の前で吉岡のトロ顔を見させられた後の、音声のみでお楽しみ下さいのキスに、その後の妄想を掻き立てられない男はいなかった。

その頃、教室では。
勿論、自分達以外、誰も教室に居ない事に、カーディガンの中で淫らな行いをしている甲斐谷と吉岡の二人には、気付ける筈もなく、甲斐谷の猛攻に、吉岡は必死に声を殺して喘いでいたのだった・・。






「あ・・!甲斐谷の奴・・!!」
次の授業が始まるチャイムと同時に雪崩こんで来たクラスメート達は、吉岡のやや赤い顔を見ないようにしながらも、自然、吉岡の声に聞き耳を立ててしまう。
「信じらんねえっこんなとこ舐めやがって・・」
まさかの呟きに、チラリと吉岡を見やると、吉岡が胸の突起が薄く滲んだYシャツを撫でている。
シャツ越しに乳首を攻められた跡らしく、甲斐谷の唾液で濡れたYシャツが、その内側にある小さな尖りに貼り付いていて、その赤味を薄らと映し出していた。
「もう・・ひゃっこいっつーの」
いや、そういう事じゃ・・とツッコミたいのをグッと堪え、吉岡のクラスメート達は、再び机の上に俯いたのだった。

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