声がいいとか、字が綺麗だとか

ジャム

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甲斐谷と体の関係があるのは、部活の後輩数名と、吉岡のクラスメートが1人だった。
どうしてそんな関係になってしまったのか、深く聞き出す事は出来ないが、あまりに具合いの悪そうな友人に、吉岡は声を掛けた。
「河瀬、平気か?」
多くを問わず、吉岡が顔色を窺うと、河瀬は微妙に目を細め、口元を嫌な感じに歪めて笑った。
同じサッカー部の友人として付き合いはあるが、まさか河瀬が自分の親友の恋人になるなど、思ってもみない。
人の好みをどうこう言う気もないが、吉岡は、この河瀬の事はどうも好きになれなかった。
一時はレギュラーを共に争い、あからさまに敵対心を向けられていた事もある。
最近では、すっかり色恋の方が優先になってしまったのか、がむしゃらに部活に打ち込む姿も鳴りを潜めている。
そうさせているのが甲斐谷だと思うと、少し複雑な気持ちだ。
アイツは、自分のテンションは変える事なく、相手のものをまるっと奪っていく。
アイツがゾッコン惚れ込んでいる様子はないが、相手からは溢れんばかりの愛情を注がれているのだ。
この河瀬の態度を見ていれば、よくわかった。
まるで、親友の吉岡より、甲斐谷と仲が良いのは自分だと言いた気な表情をしている。
「甲斐谷がさ・・ちょっとしつこくて」
いやらしく笑う河瀬に、半分予想していた答えとは言え、聞いて後悔する。
そして、思うのだ。
一体コイツのどこがいいんだろう、と。
相手の具合が悪くなる程、甲斐谷がシたいと思う何かが河瀬にあるという事だろうか。
そんな事に思考を巡らせていると、今、頭の中にいた男が顔を出した。
「吉岡」
教室の入り口から手を招く甲斐谷の顔に、河瀬が顔を上げる。
「甲斐谷!」
勢い良く席を立ち上がる河瀬に、吉岡は一歩退き、名前を呼んだ親友の方へ視線を投げた。
「英語のノート貸して」
「ああ、いいよ」
河瀬の席から自分の席へと踵を返し、ノートを取って、甲斐谷を振り返ると、教室の入り口で、べったりと甲斐谷に撓垂れ掛かる河瀬の姿が映る。
男子校なので、男同士が肩を組んだり、友人同士、凭れ掛かっている様子は日常茶飯事だが、二人の背景を知っているだけに、あまりいい場面には見えない。
そもそも、見せつけるような河瀬の態度がいけない。
例え、自分が特別な感情を持っていなくても、甲斐谷に馴れ馴れしく触れている手を見ると、胃の辺りがムカムカしてきた。
傍まで行って、腕を伸ばしてノートを差し出してやると、甲斐谷がその場から動かず、掌を広げる。
こっちまで来いという合図か。
「ノートなら、オレの貸すのに」
河瀬がこっちを睨みながら、甲斐谷の肩に寄り掛かる。
「いや、いい。お前、字、キタネエし」
「えー?結構、綺麗に書いてると思うけど。見てみる?」
「いや、マジ、いいから。吉岡のがいいから」
その一言が、いけなかった。
目を眇めた河瀬が、次の瞬間、甲斐谷の足の甲を踵で踏みつけたのだ。
「・・・ッ!」
そして、フンと嫉妬に狂った女よろしく、教室から足早に出て行ってしまう。
足を踏まれた甲斐谷は、痛みに声を出さなかったまでも、苦虫を噛み潰した顔で足を押え、何度か手で摩った後、すぐに廊下に出て河瀬の後を追い掛けて行った。
ノート片手に取り残された吉岡は、教室の中をゆっくりと振り返った。
そんな吉岡に、憐れみの表情を浮かべたクラスメート達から、残念な笑みを返され、吉岡も一拍置いて、空笑いする。
異性、同性に拘らず、痴話喧嘩は、犬も喰わない。無論、オレも喰わない。
胃のムカつきを抑え、席に戻ったオレは、窓の外に思いを馳せた。

早く、ボール蹴りたいな。
授業、早く終んないかな。

それで、出来るなら、甲斐谷がこの変な多角関係を終らせてくれる事を願う。

「いい天気なのにな・・」

窓からは気持ちのいい風がそよいでいた。








部内の空気は、甲斐谷を中心に、ギスギスとした嫌な状態が続いていた。
牽制と敬遠。
甲斐谷を取り巻く彼らは、連帯責任のように互いを見遣り、慰め合い、または、自分の方が愛されていると主張した。
デッドヒートする彼らをよそに、当の本人の甲斐谷は涼し気なもの。
誰か1人に絞ってやれ、とも、今更言いにくい。
まさか、卒業までこれが続くのかと思うと、1月の高校サッカー選手権が待ち遠しくなった。
そんな風に、俄にボーイズラブブームが押し寄せ、教室内でも気軽にキスをする輩が出始める。
流行りに乗った軽い気持ちでしたキスは、思いのほか、思春期の寂しい心の深みに染みて、癖になる。
寂しいと思うと、誰でもいいから手を繋ぎたくなる。
誰でもいいから、温もりを優しく分けて欲しい。
そんな心安い関係が、チラホラと目に付き出した、秋の半ば。
その波は、吉岡の胸にも、大なり小なり押し寄せていた。

甲斐谷の絶倫ぶりも、少しは鳴りを潜めた今日この頃。
吉岡は、部室で、後輩が盗み撮りしてきたという、他校の生徒の写真に目を惹き付けられた。
濡れたように水っぽい目を細めた、同じ年頃の綺麗な顔の少年だ。
男子校の性か、甲斐谷の影響か。自分にも少なからず、そういう色目があるのだという事を、この写真を見て、気付かされてしまった。
「可愛い・・」
思わず出た呟きに、サッカー部の面々が驚きの顔を向ける。
「嘘だろ・・?吉岡」
「お前、ダメだって・・そんな今更、お前」
「マズいよ、これ。すっげえマズいんじゃねーの?」
部員達に口々に、自分の発言を非難された吉岡は、憤慨する。
「なんだよ。オレが、男を可愛いって思っちゃダメなのか?恋しちゃダメなのか?」
「ダメって言うか・・」
「いや、ダメなんじゃ・・」
「コワッオレ、怖くて、もう部活来れねえよ」
「頼むから、吉岡、2年の平穏を崩さないでくれ!」
意味のわからない非難を受け、吉岡は腕組みして困惑する。
「意味わかんねえし。可愛いって思っちゃったもんはしょうがねえじゃん。オレにだって、ハートはあるんだぜ?」
何が悪いんだよ?
その時、後輩の城田が「吉岡先輩」と吉岡を呼んだ。
城田は、まだ線が細いが、俊足で、1年にしてレギュラー候補の1人だ。
そして、『甲斐谷のオンナ』の1人でもある。
少し垂れ目で、黒目が大きく、どことなく雰囲気のある子だ。
その雰囲気が元々なのか、男を知ったせいなのかはわからないが、独特の色気を放っているのは間違いなかった。
甲斐谷の親友である自分と、『甲斐谷のオンナ』達との間には、暗黙の了解があり、個人的に自分らが近づく事はタブーとされている。
そのいい例が、河瀬だ。
どういう訳か、自分と河瀬では立ち位置は違うのに、間に甲斐谷を挟むと、したくもない言い争いが起きてしまう。
それがわかっているから、吉岡自身、無駄に彼らと関係が悪化するような真似はしないように心掛けてきた。
つまり、必要以上に、甲斐谷にも、オンナ達にも近づかない。
そうすることで、吉岡は、今まで、部の不協和音を最低限に抑える事に努めてきたのだ。

その最終ラインを、城田は破ろうとしていた。

「吉岡先輩・・オレ、先輩に、言っておかなきゃいけない事があるんです」
そう青褪めた顔で告げた城田に、部員が騒然となり、一斉にストップを掛ける。
「城田!早まるな!」
「やめろ!自滅するぞ!」
「お前が言ってどうすんだよ・・!」
「だって!このままじゃ、甲斐谷さん、可哀想じゃないですか!」
今にも泣きそうな顔で訴える城田に、いつから居たのか河瀬が笑う。
「城田・・お前、自分が切られてもいいのか?もう、甲斐谷に相手して貰えなくなるかもよ?」
甲斐谷を失うぞ、と脅されて、城田は両手を拳に握りしめ、河瀬を睨みつける。
「あんた・・嫌い。オレ、本当に、あんた嫌い。なんで甲斐谷さんが、あんたの相手してんのか、ずっと不思議だった」
その答えを、今、自分は知っていると、城田は暗に仄めかす。
城田と河瀬の間に、一気に不穏な空気が流れ、部室の空気がピンと張り詰めた。
こんな所で、恋情修羅場なんか冗談じゃない。
我関せずを装い、吉岡は明るい声を出した。
「なあ、この写真、オレにもくれる?上陵高校の子だよな?オレ知り合い居るから、会わせてくれるか聞いてみるよ」
そう後輩に話すオレに、河瀬が舌打ちしたのがわかったが、取り合わない。
河瀬がオレのする事にケチを付けるのなんて、いつもの事だ。
そろそろ、誰でもいい誰かとキスするのにも飽きたし、オレだって恋の一つもしてみたい。

たった1人に好きだと言われてみたい。
たった1人を好きになって、恋がしてみたい。
そう、甲斐谷みたいじゃなくて。
誰か1人を、心から。

すぐ傍で、ドロドロの多角関係を見せられ続けてきた反動か、そんな願望が胸に沸き起こる。

「凪ちゃんか。名前も可愛いんだな」
そう呟いた自分が、どれ程甘い顔をしていたかなんて、知りもしない。
ただ、そんな自分の表情が、甲斐谷の耳に人づてに届いていた事をオレは後から知る事になった。
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