僕の体で神様を送ります。

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睡蓮の代わり3

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そのリュウトの顔を見ると、両手をダラリと力無く落としたまま、壁に凭れてグズグズに泣いている。


そのあまりの可愛らしさに憂火の口元は自然綻んでしまう。

が、『笑われた』とリュウトに感じさせまいと、憂火はリュウトから顔を背けた。

その憂火の視線の先に、さっきスーツの上着から取り出した小瓶がある。

それは、人型になる事が不可能な神を圧縮して詰め込んだ容器だ。


「しまっ・・!」


言って、憂火は自分の口を押えたが、時既に遅し。

『神送り』に必要なリュウトの精を、自分が飲んでしまった事に、今更ながらに後悔する。

リュウトを可愛がる余り、最高に気持ち良く逝かせただけで無く、勢い余ってリュウトの精を一滴残らず飲んでしまった。



何をしてるんだ・・オレは・・。



愕然として、自分の愚かな行為に項垂れる。

しかし、『やっちまったもんは仕方がねえ・・次だ、次』と、リュウトの顔を見ると、リュウトは泣き疲れからか、瞼を閉じてくったりとまどろんでいた。

そのあどけない表情に、一瞬胸を打たれる。

17歳とは言え、ヒドい事をしていると思う。

いくら合意の上とは言え、こっちの都合で振り回し、好き勝手やられりゃ、そりゃぐったりもする。

目を閉じてると、本当に子どもだ。

こんな淫らな神事に仕えるには、若過ぎた。


「スキもキライもわからねえうちに・・」



頭をガリガリと掻いて、憂火はリュウトを横抱きにして自分の膝の上へ抱えると、その髪を梳いた。

一瞬くすぐったそうな顔をしたリュウトだったが、やさしく髪を梳かれる心地良さに、少し身動いだだけで、憂火の腕の中で体はすぐに力を失くした。


憂火は、その可愛い寝顔を見つめながら、「なにやってんだかな」と一人ごちた。


それから、ベッドの端にあったタオルケットを引き寄せてリュウトの体に掛けてやる。

その幼く安らかなリュウトの寝顔に、憂火はなんとも言えない穏やかな気持ちになる。



全く、かわいい顔しやがって・・。



こんな風に、今まで誰かを可愛いと思う事があっただろうか?


死神としての役目を全うするだけの毎日に、憂火は特に何も感じた事など無かった。

何もだ。

楽しいと思う事もなければ、苦しいと思う事も無い。

ただ日々の与えられた業務をこなし、眠る。

その繰り返しだった。

自分がこうして誰かを抱く事も、死神の役目として必要がなければ、あり得なかっただろう。

こうして、リュウトと出会わなければ、リュウトの温かな生身を抱く事などなかっただろう。

そうして、憂火はまるで膝の上で寝る猫を撫でるように、リュウトの頭や体をゆっくりと撫で続けていた。





それから、どれくらい時間が経ったか。


ハッと憂火は顔を上げた。

リュウトを膝の上に抱いたまま、自分も居眠りをしていたようだ。

目が覚めたのは、何か、普通では無い気配に体が反応したからだ。

憂火は、そっと、リュウトを膝の上から降ろし、床に脱ぎ捨てた服を拾う。

素肌にジャケットとズボンだけを身に付け、ベランダから外へ出た。

生暖かい風が緩く憂火の体に纏わり付く。

この界隈に、瘴気のような、悪い空気が立ち籠めているのを感じた。

リュウトが禍神に襲われたせいか、神社に行ったからかはわからないが、『神の門』に惹き付けられる浅ましい生き物が、リュウトを追って、この家の近くまで来ているようだ。

「うろちょろしやがって・・」

憂火は素肌に羽織った上着の中に仕込んだサバイバルナイフの留め金を外し、それを引き抜く。

掌の上で、勢い良くくるくると回転させ、ナイフを逆手に握り込んだ。

「今日は、オレがアイツの代わりだ」

憂火は塀を超え、家の前の通りも軽く飛び越し、その先の路地で自分の実体さえ失った神とも言えないようなイビツな霧の塊のような生き物の前に飛び降りた。

ソレは、憂火の登場に驚き、一瞬煙のように吹き飛ばされそうになったが、すぐに一個体に寄せ集まり、黒い大きな影となる。

「黙って寝てろ!」

憂火の鋭い一閃を浴び、影が真っ二つに割れる。

ドロリと黒い泡が沸き上がり、それはすぐ、地面の中へ吸い込まれるように姿を消した。

瞬殺。


随分、手応えのない敵だ。

だが、敵の脆さに素直に喜ぶ気にもなれない。

こんな妖紛いのモノが、この先、『神送り』を続ければ続けていく程、リュウトの周りをうろつき出すのだ。

切り裂かれたモノが、アスファルトの黒い染みになる。

それを一瞥し、憂火はナイフの汚れを振り払ってから上着の中へ仕舞い、リュウトの元へ戻る。


何か手を打たなければ、睡蓮が戻ったとしても、いつかヤられる。



今まで『神送り』なんざ縁の無い事、知ったこっちゃねえと思っていたが、リュウトが危ないと思えば、そうも言っていられなくなった。



「ったく、仕事の範疇を超えてるぞ・・」

そう呟くと、携帯電話を取り出し、耳に当てる。

「暮か?ああ、頼みがある」

暮は、電話の向こうで、憂火の『頼み』という言葉に怯えた。

憂火が言う『頼み』は、いつだって『とんでもない事』に決まっているからだ。

「リュウトの家がある八柱町を全指定無神地区にしろ」

「全って・・そんな事したら、神々から反感を買います!・・無理でしょ!?普通に」

「わかってる。制限をつけるんだ。24時間以上連続の滞在を不可としろ。それだけで十分だ」

「そんな事が・・通るんですか!?」

「アッシュに直に頼め。ヤツならやってくれるだろう。それからな・・」



憂火は暮へ仕事を頼むと、携帯を仕舞い、リュウトのいる部屋の中へ戻った。

リュウトは憂火が部屋を出た時と同じ格好で、スヤスヤと寝息を立てている。


オレにしてみれば、たった数分の出来事だ。

だが、もしこの先もこの状態が続けば、リュウトも睡蓮も、リュウトの家族にも、いつ何時、危険が及ばないとも限らない。

かと言って、自らが出張って、端から消していくには骨が折れる。



それならと。

この町ごと、条件通りの無神地区に指定すれば、『24時間以上この町から移動していない神を追い出す』という仕事が、死神に回ってくる事になるだろう。

言う事を聞かない神ばかりだろうが、取り締まりを強化していけば、そのうち本当にこの地区は無神地区にする事が出来る。



なんなら出雲辺りの大神に出張って貰って、結界壁でもおっ立ててくれれば仕事が捗るんだが・・。

憂火が思案している間に、暮がリュウトの家へ到着し、憂火の携帯を鳴らした。

「早かったな」

ワンコールで出た憂火は、リュウトの家のベランダから飛び降りた。

その憂火へと、暮が鞄を持って駆け寄る。

「持ってきましたよ」

「いくつあった?」

暮が鞄を開いて中身を見せると、そこには憂火が持って来たような小瓶が大小様々に10個詰められていた。

「とりあえず、ここ近年で捕まえた質の悪そうなのを、ピックアップしてきました」

「ああ、なかなかいいのを連れて来たな」

一つずつ瓶を持ち上げて確かめながら、憂火は鞄に戻していく。


「・・・憂火さん、まさか・・全部送り返すつもりじゃ・・」

苦笑いする暮に、憂火は淡々と「そのつもりだ」と答えた。

「ちょ、さすがにそれは酷ってもんですよ・・。一晩で10体なんて」

「それが、あいつの仕事だ。一回に2体送れるかも試してみたいしな。少し調べる必要もあるだろ」

淡々と言う憂火に、暮は視線を落とす。

「そりゃあんまり・・・かわいそうですよ・・」

その台詞に、憂火は素早く暮の胸ぐらを掴んで引き寄せると、地を這う低音で「じゃあテメーがやるか」と聞き返した。

暮は黙って憂火の目を見つめ返す。

鋭く眉間に皺を寄せた憂火の暗く光る目と、冷たく冴えた暮の視線がぶつかる。

二人の間で、数秒、視線が絡み合う。

凝縮した威圧感が磁場さえ狂わせそうになって、不意に憂火が、「悪かったな。面倒かけて」と暮から手を放した。

暮は、リュウトの家へと引き返して行く憂火の背中を黙って見送りながら、ズボンのポケットから煙草の箱を取り出す。

それを振って、中から一本、口に咥えると、銀のライターで火を点けた。

ジ、ジ、と、煙草の先端が真っ赤に灼け、肺一杯に煙を吸い込む。



この世は、右も左も、鬼ばかり。

あんたが鬼なら、止めないオレも鬼だろう。




憂火がベランダから部屋に戻ると、リュウトが丁度目を覚ました。

「よぉ」

横になったままのリュウトが、憂火の顔をぼんやりと見上げる。

その傍らに憂火は膝をつき、リュウトの唇に口づけした。

意味もわからず、リュウトは憂火のキスを受け入れて、目を閉じる。



まだ17だ。

この先、リュウトは一体どれだけ『神送り』をするのか。

コイツの体に、どれだけの傷が刻まれていくのか。



だったら。

オレは、コイツに出来るだけの事をしてやる。

こいつが受ける苦しみの半分、オレが背負ってやったっていいじゃねえか。

たった一人、こんなクソッタレな事、お前だけに全部背負わせる気なんか、微塵もない。




「お前、呼べよ」

「え?」

リュウトが首を傾げる。

「いいか?もし、もしだぞ?『神送り』のために・・これを・・その、セッ・・セックスを、やりずらい形の神が来たら、いいか?オレが!ソイツの代わりをしてやるから・・呼べ!いいな?その時は、絶対、オレを呼べ!」

その発言に、リュウトの頬が弛み、ふつふつと笑みが浮かんでしまう。

ついには、リュウトは枕に顔を埋めて、大笑いを始めた。

「おい・・リュウト、真面目に聞けよ」

リュウトの体に掛かっていたタオルケットを剥ぎ取ると、憂火はスーツのままリュウトの上に密着し、リュウトの手の上に自分の手を重ね、軽く握った。

リュウトは、涙を浮かべる程笑っていたが、背中に覆い被さった憂火の体温を感じると、笑うのを止めた。


そのままゆっくりと時間が流れる。


「スーツ・・皺になるよ」

「そうだな・・」


リュウトの指摘にも、憂火はそのまま動かずにいると、リュウトが寝返りをうって憂火の方へ体を向けた。

憂火は握っていたリュウトの手を放し、リュウトが自分の方へ向き直ると、今度は両手でその背中を抱いた。

横向きに二人が抱き合う。

憂火の肩に、リュウトは顔をくっつけたまま暫く動かずにいたが、一言、


「憂火ありがとう」


と、掠れた声で小さく呟いた。


その一言に、憂火の胸の奥が、焼き爛れる。


リュウトを仰向けにし、その上に覆いかぶさると、その肌に大きく口を開けて噛み付いた。

「いっ、痛いっ憂火!痛いって」

顔を赤くして、必死に自分を押し返そうとするリュウトが可愛くて、憂火はリュウトの体中に唇を這わせた。

「あーーーー、ダメ、ダメっゆうかあっ・・フェラだめっ・・すぐいっちゃうってばっ・・」

そんなリュウトの喘ぎ声を、外で聞いていた者がいる。

心配で、中の様子をベランダから窺っていた暮は、口に手を当てて笑いを堪えるしかなかった。

どう聞いても、自分の快楽よりもリュウトを優先しているのは明らかだったし、憂火のさっきの台詞。

リュウトを大事に思っていなければ、出ない台詞だった。

自分が心配するより、憂火がリュウトを大切に扱っていた事に、ホッとした。




鞄を渡した時は、『この人、本当に鬼だな』って思ってたけど・・。

なんだよ、これ・・?

あの憂火さんが・・・?

17の男子高校生相手に、これじゃまるで、駅前で人目も気にせず抱き合うベタアマカップルみたいじゃねえかよ・・!




噴き出しそうになりながら、暮は静かに水橋家を後にした。

「さあて、オレも自分の仕事をしますかネ」

暮は、背中にサッと回した手を、前方に構える。

その手には、白く鈍色に光るドスが握られていた。

リュウトを目当てに集まってくる、神か魔かわからないような、おどろおどろしいモノを目の前に、暮はドスを振り下ろす。


「今夜は、寝てる暇ねえな」


そう呟いたのが暮だったか、憂火だったか。

時刻は23時を回ったところだった。








そして、死神本部では。

異例の『全指定』の無神地区登録願いにアッシュは眉を顰めた。

アッシュは日本列島を3つに分けた、中心地の統括を任されている男だ。

見た目は、20代の後半、髪は銀色のストレートで、均整の取れた顔立ちに、目は赤みを帯びた黒色。

「なんだこれは・・。憂火?あいつの依頼はいつに無くぶっとんでるな・・」

アッシュは、八柱町の地図をパソコンのディスプレイに出し、その地区に代々伝わる神域や、その神々の情報をデータベースから引き出す。

と、画面に赤い点滅が表示される。

もう一度、アッシュはスクリーンをタッチしたが、また同じ様に点滅が起きた。

「なんだこれは・・?」

アッシュの苛立ちの声に、情報部のレンが顔を出す。

「ま、ま、怒っても機械は答えちゃくれません。聞き方を変えてみましょうネ」

入力ワードを「神の数」に切り替え、エンターを押す。

パソコンの画面上に変わりは無く、地図が赤く点滅し続けている。

が、小さく検索の結果が”0”と表示されていた。

『神の数 0』





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