Dead or Alive

ジャム

文字の大きさ
上 下
5 / 10

しおりを挟む
「シロウ」
「シロウさん」

まるきり違う声音がオレを呼んだ。
その声に振り返ると、

「コーヒー飲むか?」
「コーヒー淹れますか?」

言った本人達が、顔を見合わせた。
どうして、こんな事になったのか。
自分がどうしたいのか、さっぱりわからなくなってしまった。


ああ・・・、男(オレ)って面倒くさい。


オレはソファの縁へ、ぐったりと首を仰け反らせる。

なんで、なんでオレは男なんかに生まれてきちまったんだ・・?
どうして、男を抱きたいなんて考える男になっちまったんだ・・。

とにかく。

ぼやいてたって仕方が無い。
事実、オレは、キリサカを抱いた。
正確には、襲われたのはオレの方だが、まぁ突っ込んで中に出したのは夢でも幻でもない現実だ。
そして。
あの夜から、キリサカは、オレにご褒美を強請るようになった。
一人殺す度に・・・、オレに身体を求める。

「シロウさん」
キリサカがオレの前へ、コーヒーを置いた。
それを見て、ミチルが舌打ちした。
「一回、二回寝たくらいで、女房気取りか?」
フンッと鼻を鳴らすような路流のセリフに、オレの心臓が一瞬止まった。
「補佐、コーヒー出すのはオレの仕事の一つです。補佐にだって出してるでしょう?」
と、言いつつも、キリサカの笑顔は崩れない。
どこか勝ち誇った顔をしている。
「お前、最近付き合いが悪いが・・・夜、内職でもしてんのか?」
眇められた双眸、ギラリと路流の目が光った。
流石のキリサカも、凍り付いた顔で、笑みを止める。
すぐに「内職なんて、シロウさんのマンションに飯を作りに行くくらいですよ」と、オレに視線を投げたが、路流には十分だった。
軽く溜め息を吐き、金庫番に束を3つ出すように指示し、それを風呂敷に包ませた。
「シロウ・・・。山倉組のオヤジがやられたそうだ。明日、通夜に行く」
「ハイ」
意味深に路流はオレをジッと見つめ、胸の前で腕を組んだ。
「また・・・、幹部がヤラレタ。・・・これで3人か・・・不思議だな?」
路流がゆっくりと話す。揺さぶりを掛けてくる。
「そうですね」
だが、オレは表情を変えず、軽く頷いた。

それきり。
場が静まる。
緊迫した雰囲気が漂い、誰も一言も口を開かない。
空気は伝染し、ピンと張り詰め、皆の視線が自分に集中する。
だが、ここで慌てて、コーヒーに手でも出したら、元も子も無い。
敢えてオレは、路流を見つめ返し、ミチルの視線を真っ向から受け止める。

耐えろ。
ミチルより先に動くな。

キリサカもわかっているのか、それとも動けないのか、微動だにしない。
たった数分が、何十分にも感じた。
路流が瞬きして、ソファから立ち上がる。
「会社に行く。夜まで、ここに待機していろ。キリサカ、車出せ」
「ハイっ」
路流がキリサカや舎弟を数人連れて、事務所から出て行く。
鉄板入りの重い扉が閉じた瞬間、ホッと息を吐くと、全身から力が抜けた。
毛穴から嫌な汗が噴き出してくる。

待機・・・?外に出るなってか・・?用心深い事で・・・。いや、違うな・・。

キリサカの方が危ない。
路流は、もしオレが関わってるなら、オレを隠す気なんだろう。
だが、キリサカなら、切り捨てる。切り捨てられる。

全く持って・・・アマアマだな・・・。ミチル。

キリサカを連れて歩くなんて、アンタが一番しちゃいけない事だ。
今はどんな小さい疑惑も、風船みたいに膨らんじまう。
組み同士が腹の探り合いをしてるまっ最中だ。
その中でも怪しい奴を、自分が怪しいと思ってる男を連れて歩くなんて、アンタの頭ん中はどうかしてる。
願わくば、他の組の連中に、キリサカをさっさと殺してくれって、事か?

笑えない。

ワザワザ手駒を差し出すなんて、アンタらしくねえな。
それが、オレを守る事だってしてもだ・・・。ヤリスギだぜ・・?

なんでも、お見通しか、ミチル。

だったら・・・なんてオレは滑稽だろうな・・・・?



兄貴を抱きたい。
ミチル、アンタを。
アンタを抱きたい。

なのに、オレはキリサカを突き放せない。
殺しを繰り返すアイツを。
根っからのヤクザなんてのは、もしかしたらオレみたいな男なのかも知れない。

負い目と感じても、クスリとも心に響いてこない。

そうだ。
殺してくれるなら、それでいい。
邪魔なモノを消してくれるなら。
甘いご褒美くらい出してやるさ。
例え、お前が勝手にやってる事だとしてもな。
ソレくらいの気持ちは沸く。

だがな。キリサカ。

オレは、お前を殺すぞ。
お前がオレの邪魔をしたら・・その時は・・・。
きっと、オレはお前を殺せる。
ミチルのためだったら、殺す。
殺せるさ・・・。


途端、悪夢のようなキリサカとのセックスを思い出して、口の中が苦くなる。
オレは目の前のコーヒーを、一気に飲み干した。









山倉のオヤジの通夜は品川会の本家で行われた。
横付けされてく、黒塗りの外車が、不規則に列を成して止まる。
黒尽くめの外車から、黒尽くめの男達が出てくる。
下足番も右に倣えの黒尽くめで、客人が来る度、何度でも90度に体を折り曲げ、客を迎え入れる。
この異様な光景に、通りの向こうから角を曲がる人影も慌てて、引き返して行った。

「幹部連中は、意地だな」
「待ち」の連中が囁く。
「どこのオヤジだってそうさ。自分のタマくらい自分で守らな、名が廃る」

それぞれの組長達(幹部連中)は、この事態を慎重に見極めようとしていた。
闇雲に、周りの人間を増やすのは得策では無かったし、見栄がそうさせなかった。

疑心暗鬼。

誰もが、早々に口を閉じ、相手を窺っている。
この中に、裏切り者がいる?
いるはずだ。

そんな目が無数にギラつく中で、オレとキリサカも弔問へ訪れた。

黒尽くめに並ぶ出迎えの列の間を通り抜け。
路流の顔が暗闇の中から灯りの下へ抜けると、下足番がバッと顔を下げ、どうぞと、門を開ける。
それについて、オレとキリサカも中へ入った。
玄関へ続く石畳を、ボウッと提灯の列が灯していた。

「よう。色男」
玄関の脇で、マッチを擦る男が路流に声を掛ける。

両手で火を守るようにタバコに火を点け、それから軽くマッチ棒を振り、炎は消された。
替わりに。
赤々と燃えるタバコの熱が、闇の中に浮かび上がる。
歳は30代後半。
きっちりと整えられた黒の短髪に、目隈のついた精悍な顔。
長身で、ピンと張った背筋が、この世界の人間にしては綺麗だった。
「石田さん。お出掛けですか」
路流の声に石田は、いや、と首を振った。
「こりゃ、一体何の騒ぎだろうな?秋田よお」
細く吐き出された紫煙が、ゆっくりと上へ上がっていく。
石田寛治(イシダカンジ)は品川会品川組の若頭だ。
「皆さんは?」
路流は問いには触れず、石田を見据えた。
「暗中模索。意気消沈。今日はお前がいいエサだろうよ」
言って、石田はニヤリと口元を引き上げた。
「イヤな事を、言うなぁ・・・そうそう餌食にされちゃあ堪りませんよ」
路流が笑って、石田の横を通り過ぎようとした、刹那。
その腕が石田に掴まれる。
「なら、行くんじゃねえ。今日は帰れ。むざむざ八つ当たりされに行く事はねえ」
石田と視線を合わせたまま、路流が石田の腕を取った。
「そうもいかない。これでも『顔』でね。挨拶も無しに帰ったなんて日には、顔に泥だ。いや、天誅かも知れない」
石田が舌打ちをする。
「待ってろ」
苛立ちながら石田が携帯を開いた。
それを見て、路流がオレに振り返って肩を竦める。
「お出迎えをしてくれるらしい」
クスリと笑う路流。
その微笑にどんな意味も感じ取れない自分が情けなかった。
暫くして、騒然とする場の雰囲気に奥を見遣る、と品川の会長がこちらへと向かって来るところだった。
「会長」
路流が慇懃に頭を下げる。オレも1テンポ遅れて、頭を垂れた。
「路流」
会長の手が路流の肩に乗った。そして、そのままくるりと体の向きを変え、路流の肩を抱いて奥へと戻って行く。
離れて行く路流の足音に顔を上げると、まだそこに居る石田と目が合った。
「なあにを、殺気立ってる?お前らの仕事は終わりだ。今日は出番はねえ。帰りな」
ボゾボソと言い捨てて、石田も奥へと歩いて行ってしまう。
ただ、打ちひしがれたように、オレはその場に立ち竦んでいた。

「行きましょう。シロウさん」

キリサカに肘を引かれて、外へ出る。
ただ、黙って。
男達の間をすり抜けた。
まるで、違う世界の事のように足が浮ついている。
そうだ。
そう思うだけで、オレは自由になれるんだ。
何の因果も無い。オレはただ、アキタシロウって名前で、男で、弟で。

ただそれだけで、いい。

一瞬止まった足に、敏感にキリサカが振り返った。

「いけません」

素早く首を振るキリサカに、思わず笑みが漏れた。

「何が?」

「シロウさん」

息を軽く吐き、空を見上げた。
闇のような黒い空に一粒、ニ粒の星が浮かんでいた。
「なんて顔ですか・・!」
キリサカが肩を抱くように、オレを門の外へと向かわせる。

この門を潜ったら、オレは・・・。

背中に腕を廻し、硬く冷たい感触を手で確かめた。
「冗談になりません!オレはアンタを失くすつもりは更々ありませんよ・・!?」
「ミチルが生きてりゃそれでいい」
「馬鹿を言いなさい。あの人は、アンタが生きてるから生きてるんだ。それがわかりませんか!?」
キリサカの目を、そこで初めて見た。
「あの人がここまで生きてこれたのは、アンタがいるからだ。アンタの気持ちを知ってるからだ・・!」

掴まれた肩にキリサカの指が食い込んだ。

「なら、待っててやるのがアンタの努めじゃありませんか・・?ズタボロになっても生きてるあの人のために、アンタだけは正気でいてくださいよ・・!!」
噛み殺したような囁き声。
なのに、しっかりと理解出来る自分に嫌気がさす。

幹部はあと6人だった。
あと6人。
6発打ち込めばそれで終わりに出来る。
たった6回引き金を引くだけで、全てを終わりに出来る。
その距離にオレはいる。


その光景が、目の前に広がった。

襖を開け、寿司や刺身が並ぶテーブルで、酒を煽るジジイ共の頭上へ、歩きながら銃口を向ける。
至近距離から脳天に的を合わせ、一発ずつ引き金を引く。
焼ける肉の匂いと、血飛沫。
一度も味わった事の無い感触なのに、指に、リアルに、引き金の感触が残る。

無意識に手が動いた。
「シロウ・・!」
間近でオレを呼び捨てるキリサカの涙声に、思わず噴出した。
「テメエな。オレを呼び捨てるなら、他所へ行けよ」
オレは銃から手を離し、襟を正して、足を前に出した。
それに、慌ててキリサカがついて来る。



ミチル。
オレが投げ出しちゃあ、アンタが帰ってくる意味がねえよな。
平気だって笑ったアンタだ。
しっかり帰って来てくれ。
イイ子にして待ってるからよ。











その夜。

東京で稀に見る集団食中毒が起きた。

13人が重体。24人が頭痛、腹痛、気分不快、吐き気を訴え救急病院へと搬送された。

原因は河豚の毒。

23時過ぎに組事務所に掛かって来た電話で、その中に路流がいることをシロウは知る事となる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

処理中です...