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19 赤
しおりを挟む仲間たちに村を託し、先を急ぐアスカは今まさに、のんびりしていた。
「腹ぁ減ったな。イノシシの肉でも貰って来るんだった」
村を出たアスカは幸か不幸か、誰とも何とも出会わず、ただただ川沿いを東に歩き続けた。
丸二日。
それにより、食事にも有り付けないでいた。
たまたま見つけた洞窟の入り口で、寝転がり両手を頭の下に敷き足を組んで、激しくなった雨を凌ぎ休憩をしていた。
「本当!雨止まないなぁ。女神の奴も、晴れた場所に転移してくれたら良かったのに。ん?」
入り口に目を向けると、地面にある砕けた岩の幾つかに、奇妙な文字が描かれていた。
その岩の一つが、青く鈍い光を発していた。
「これは。アナライズ!……やっぱりそうだ!」
岩には、直径一メートル程の青黒い魔石が嵌め込まれていた。しかしそれは、禍々しいオーラを発するアビスサイドの魔石であった。
「デカイな!取り敢えず頂いておくか。圧縮」
アスカが魔石に触れると、魔石が吸い込まれ、穴が空いた岩だけが残った。
『キュウ』
「おっ!悪りぃ起こしちまったか。この世界に来て、何だか独り言が増えたんだよなぁ」
『ミ~』
「ミミも起きた事だし奥に行ってみますか!」
三人が立ち上がると、洞窟の奥から音が聞こえた。
「おい!何か聞こえなかったか?」
『キュ~!』
キュウが奥を睨みつけ可愛く唸った。
「だよな!また蜘蛛か!?この洞窟の形状からして熊か、もしくは大蛇とかがいるのかも!」
カラコロと小石が転がる音が近付いてくる。
足元を見ると、血痕が奥へと続いていた。
「やっぱり先客がいたのかっ!ここは狭くて危険だ!一旦外に出るぞ!」
滝のような豪雨の中に飛び出すと、洞窟から距離を取り身構えた。
「何も出て来ないな?」
それから少し待ったが、洞窟からは何も出て来なかった。
「でも確かに何かいたよな?キュウ!ミミ!警戒を続けてくれ!このまま出発しよう」
アスカの両肩に飛び乗ったキュウたちは後ろを向き、言われた通り遠ざかる洞窟を注視したが、結局何も出て来ないまま洞窟は見えなくなった。
一寸先も見えないほどの豪雨により、アスカは自分がどこを歩いてるのかさえ分からなくなっていた。
(川はどっちだ?合ってるのか?引き返すか?いや)
「自分を信じろ!前だけ見るんだ!」
自分を鼓舞するように声を張り上げた。すると豪雨で視界不良の中、背後から女性の声が聞こえてくる。
「……どこにいくの?」
(怖っ!振り向いたらダメなやつじゃないか~)
「振り向くな!前を見ろ!」
キュウとミミは慌てて前を向いた。
「……待って」
アスカは振り向きもせず必死に走った。
(ひぃ~!何だ今の声は!)
一目散に、脇目も振らず、真っ直ぐ走ると川が見えてきた。
「良かった。こっちで合ってた!」
川沿いまで走ると、今度はそこから東へ向けて走った。豪雨は収まったが雨は普通に降っている。
「ハァハァ、ここまで来れば大丈夫だろ。何だったんだあの声は。お~怖っ!」
アスカは振り向き洞窟を見たが、豪雨で視界が悪く何も見えなかった。
「しかし腹減ったなぁ……鳥がいるって事は、あの中には魚がいるんだろうな」
川沿いの木の下には、大型の茶色い鳥がいるが、捕まえる術がなく、川の中にいるであろう魚も同様であった。
「あ~。変身出来たら捕まえる事が出来るのに!」
振り向くと鬱蒼と茂った森があり、雨の影響が少なそうだった。
「あんな森あったっけか?まぁ、雨が凌げれば良いか」
休憩目的で、フラリと進路を北に変え、その森へと入って行った。
空腹と雨に疲れ果てたアスカは、肩を落として下を向き、歩くスピードも亀並みに落ちていた。
「腹減ったな……」
森に入ると、空を覆う葉っぱにより、雨が当たらなくなった。
「綺麗だな。蛍みたいだ」
森の中には、様々な色に輝く蛍のような光が、いくつも漂っていた。
「そろそろ休もう……この木の下だな」
空腹に耐えかね、木の根元で仰向けに寝転がり、いつもの体勢になると目を瞑った。
「ふぅ~。それにしても、いつ着くのかねぇ~。そろそろ何か食わねぇと、腹と背中がくっついちまう」
その時、顔に何かが当たり激痛が走った。
「あ痛~っ!」
アスカは飛び起き振り向くと、木の根元に真っ赤な、りんごが落ちていた。
「あ~~!りんご!」
それを拾い上を向くと、もう一つ顔に落ちて来た。
「ぐわっ!いってぇ~!」
しゃがみ込み、顔を抑えていると、周りにボトボト真っ赤なりんごが落ちてきた。
恐る恐る上を見ると、キュウが木の枝を走り回り、たわわに実った真っ赤なりんごを器用に収穫していた。
「りんごの木だったか!運がいいな!ナイスキュウ!でも採る時は言ってくれよ!」
その後、仲間と腹一杯になるまでりんごを食べた。
更に今後の事も考えて、木になるりんご全てを収穫し、超亜空間に送った。
「こんなもんか。それじゃぁ行くか。キュウ!」
木の枝を見上げて活躍してくれたキュウを呼んだ。
その時、キュウが木の枝に弾かれ落ちて来た。アスカは慌ててキュウをキャッチした。
「キュウ大丈夫か!」
キュウは苦悶の表情を浮かべ気を失った。
アスカは枝を見上げるが、そこには何もいなかった。
「どうしたって言うんだ!?」
キュウの負傷に苛立つアスカは、りんごの木を足の裏で蹴り付けた。
「くそっ!」
すると突然りんごの木がザワザワと揺れ始めた。
「な、何だ!?」
『赤までは許そう!』
「え?」
何処からともなく低い声が響いた。
『赤までは許す!』
「誰だ!」
キュウを左手で抱えたまま周囲を見渡した。しかし何もいない。
『何故蹴った!』
「何?」
そこでりんごの木を見ると、二つの目玉が瞬きをしてアスカを見ていた。
「め、め、め、め、目がある!?木が瞬きした!」
目の下には、尖った枝が鼻のように伸びていた。
更に下には、アスカの足跡がついた場所があり、その足跡が上下に割れると、口のような形になり動き出した。
『何故!口を蹴ったのかと聞いておるのだ!プッ』
「口?うおっ!歯!?」
アスカは飛んできた物を右手で弾くと、それが歯の形をした木である事に気付いた。
木の口の中には歯が生えていたが、前歯が上下合わせて五本折れていた。
「もしかしてその歯、全部俺が折ったのか?ごめんなさい」
『一本だな!他のは昔折れたのだ!』
「そうか。それでも蹴ったのは不味かったな』
『不味かったのか!』
「りんごがか?ゲロ美味かった!」
『ゲロ……不味かったのだな!!ぐぬわぁぁぁぁぁ!』
突然、木のモンスターが、空気を震わせるほどの大声で吠えた。アスカは耳を塞いだ。
「くっ!どうした?どうした?」
木はザワザワと揺れると、茶色かった幹が次第に赤く染まり始めた。
「おいおいおい!何する気だ。やめてくれ!蹴って悪かったよ。りんごも美味かったって言ってるのに。ゲロを付けちゃ不味かったか?いや不味くなかった!美味かったんだ!」
『言い訳など聞き入れぬ!ぐぬわぁぁぁぁ!』
「耳が潰れる!そんなに怒るなよ!謝ってるだろ!聞こえないのか!顔はあっても耳は無いのか!?」
『だ~れの耳が節穴だぁぁぁ!』
「そんな面白い悪口言ってねぇよ!」
『んんんんんんん~!!』
幹を真っ赤にして怒り狂う木のモンスターは、頬を大きく膨らませた。すると幹から頬へと赤い色が集まり始め、大きく膨らむ真紅の頬となった。
「何をする気だ!?」
『ん~!!』
真紅に膨らむ頬を一気に萎ませると、真紅の色が幹を伝って上へ行き、枝へと別れ、たわわに育った真っ赤なりんごが、ポンポンと無数に実り始めた。
『喰らえ!』
「クソッ!数が多すぎる!逃げ場がない!」
キュウとミミを守るように両手に抱きしめ、その場にしゃがみ込んだ。
「……ん?」
何も起こらない事に違和感を覚え、りんごを見上げた。アスカは、りんごによる波状攻撃だと思っていたが、無数のりんごは攻撃どころか、美味しそうに揺れている。
『喰らえ!』
「くっ!時間差か!」
『好きなだけ喰らえ!』
「え?」
『自信作だ!』
「は?」
『赤は嫌いか!』
「りんご?」
『出来立てだ!新鮮なうちに喰らえ!』
「……ありがとうございます。ミミ採れるか?」
ミミは、アスカの肩の上で飛び跳ねるが、りんごには届かなかった。
すると木のモンスターが枝を下げてくれた。
『喰らえ!』
「何から何までどーも」
アスカは自ら手を伸ばし、りんごをむしり取るとズボンで擦って齧り付いた。
「ゲロんまい!腹一杯なのに、まだまだ入りそうだ!」
『そうか!全て喰らうがいい!』
「その言い方、なんだかおっかねぇなぁ」
しばらくするとキュウは目を覚まし、それに気付いた木に謝られた。なんでも、枝で弾いたのは、りんごを地面に落としたのが許せなかったらしく、お尻をペンペンしたかっただけらしい。
しかしそんな事はお構いなしのキュウは、新鮮なりんごを口一杯に頬張り、頬を真っ赤に膨らませて喜んでいた。
『テランタ村を急ぎ出発したものの、その後はのんびり進むアスカ。水晶玉の中のゼンジは止まっている筈もないのに……しかし旅は順調!雨を凌ぐ為に入った森の入り口で、顔のある木と出会う。気性は荒いが、気の良い、木に、気に入られ、りんごを貰い腹を満たすことができた。
戻れアスカ!目的地は逆だイセカイザー!
次回予告
森』
「赤ってりんごの事かい!イセカイザーレッドかと思って、かなり期待したのによぉ!」
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