上 下
14 / 34

14 風

しおりを挟む

「やめろぉ~!」

目の前で仲間が次々と倒されるのを見て、頭に血が上り身体が熱くなるのを感じた。素早く手を叩き、緑の魔石を超亜空間から取り出すと、右手でキャッチしてそのまま走り続ける。

(やめてくれ!)

咄嗟にキュウとホブゴブリンの間に割り込み、左腕でガードした。それを見たホブゴブリンはニタリと笑い、上げている棍棒を振り下ろした。
アスカは全身に鳥肌が立った。それはホブゴブリンの気色悪い笑みによるものか、迫り来る棍棒の結果が見えていたのか、はたまたその両方か。

(死ぬ…)

骨の折れる音が体を伝い耳に届いた直後、予想していたよりも激しい衝撃を受け、上げていたはずの左腕が、ダラリと振り子のように揺れているのをアスカは呆然と眺めていた。

「ぐああああ!」

死が頭をよぎった。
経験したことのない痛みを受け、全ての思考が吹き飛んだ。

『キュウ…』

キュウの声が耳に届き、まだ生きていることに安堵した。飛びそうな意識を手繰り寄せ、その意識をホブゴブリンに向けると、棍棒を横に構え次の攻撃態勢に入っていた。

(ヤバイ!変身しないと!)

「へ」

フルスイングを左腕に受け、腕ごと肋骨の砕ける音を聞き、手繰り寄せた意識を再び手放しそうになるのを、歯を食い縛り必死にこらえた。

しかし、アスカは力無く回転しつつ、放物線を描きながら川へ飛ばされた。

(ラッキー……)

川に着水する寸前で、アスカは胸に当てた右手に力を入れた。

「変……身」

そのままの勢いで頭から川へと落下した。

「テイマー様ぁ!!」

『『『『ワォ~~~ン』』』』

遠くでアスカを呼ぶ声が聞こえる。
激流に川底まで押し付けられたアスカの体が、緑色に輝き出した。

(聞こえてるさ……俺は大丈夫だ!)

瀕死の怪我を負っていた体には、先程までの痛みが嘘のように無くなっていた。
アスカは折れていた左手を握り締め、輝くその手を見つめた。

(変身出来た!バレてない!傷も治った!しかしここで川から出るのは不味いな。このまま少し流されるか。みんな無事でいてくれ!)

視界の悪い激流に身を任せたアスカは、川がカーブしたのを感じてこっそり水面へと顔を出した。

「よし!誰もいないな……ガボッ」

しかしその直後、頭に何かが当たり水中へと押し戻された。

(何だ!?)

咄嗟に頭に当たった何かを掴んだ。それは板のようなもので、次の瞬間勢い良く水面へと引き揚げられた。

「これは!」

頭に当たった物は水車の水受け部分であり、あっという間に水車の頂点まで運ばれた。

「あらららららららららっ!」

激流を受け勢い良く回る水車の上で、大玉に乗るピエロのように手をばたつかせながら走り始めた。
そこで初めて自分の体を確認したアスカは、歓喜に震えた。

「超格好良い!」

イセカイザーグリーンも、やはり緑をベースにした姿で、肘まである手袋、膝まであるブーツ、身長と同じ長さのマフラー、全て緑であった。肘、膝等関節の部分は黒、腕輪の金色はグリーンでも健在だ。

「良い!…マフラー以外は…マフラー長過ぎ」

そしてピンク同様、胸や腰、肩にはデザインは違うが、薄い緑の鋼鉄のアーマーが付いていた。
顔は見えないが、触った感触では風のように流れるフォルムのようだ。

「モチーフは風だな!良い!」

視線を落とすと、蔦に囲まれた家が見えた。

「みずぐるま亭だ!」

そのまま村の入り口へと視線を向けると、門からは黒煙が上がり、その向こうには無数のホブゴブリンが押し寄せていた。

「ヤバイ!門が燃えてる!」

門の手前では、燃え上がる門に向かって薪や家のドア等の可燃物を運び、火を絶やさないようにしているように見えた。

「なる程!火で通さない作戦だな!」

そして更にその手前では、アスカが川に落ちた後、村人たちは一斉に逃げ出しており、残されたのは三体のホブゴブリンに囲まれた女性とキュウたちがいた。

「ヤベッ!遊んでる場合じゃぁなかった!」

川岸に向けて飛び降りると、体の違和感に気付いた。

「体が軽い」

川岸にフワリと降り立つと仲間の元へ急いだ。

「待ってろよ!今行くからな!」


~~~


一方その頃、主人を失ってもなお、気絶した女性を守ろうと震える足で立ち上がり、ホブゴブリンを威嚇し続けるキュウたちは既に限界であった。ミミは水溜りと区別がつかなかった。

『ゲギャギャギャ』

ホブゴブリンは自分よりも小さく弱い相手を痛ぶるのを好む。恰好の餌食であるキュウたちは、時間をかけて遊ばれていたのだが、結果的にそれが良かった。

不気味な笑い声を上げて飛び跳ねるホブゴブリンと、力無く威嚇するキュウたちの間に、一陣の風が吹いた。

そこにいる者は皆、突然の風に目を閉じた。

風が止み目を開けると、キュウの目の前には緑の長いマフラーをなびかせる、イセカイザーグリーンが背中を向けて立っていた。

「悪りぃ。待たせたな。もうちょい待っててくれ」

イセカイザーグリーンはその言葉を置き去りにして消えたかと思うと、ホブゴブリンたちの後ろからキュウたちに向かって歩いて来た。その足元には急ブレーキを掛けたのか、二つの深い窪みが並んでいた。そして微動だにしないホブゴブリンたちの間を通り、キュウの前でしゃがみ込み抱き上げた。

「俺のMPを吸収して回復するんだ」

『キュ~ゥ』

キュウは淡い光を放つと、傷がみるみるうちに無くなり元気を取り戻した。

「よし!ここまで全て作戦通り!」

アスカの言葉にツッコむ者は誰もいなかった。

仲間を見ると傷だらけでボロボロになっていた。
ミミに至っては雨の中、何処にいるのか見分けが付かない。

(すまない。俺に治癒能力があったら……)

「さてと、お前たちはここで彼女を守っていてくれ」

『『『『ウォン』』』』

『キュウ』

『ミー』

「おっ!ミミそこにいたか。無事みたいだな。みんなここを動くなよ!キュウ、後は頼むぞ!」

そう言い残すと、グリーンは風と共に村の入り口へ走った。その風を受け三体のホブゴブリンは、ようやく倒れる事を許されたのだった。

グリーンは、左手でマスクの側面に触れた。

「ところでグリーンの能力は何なんだ?」

『説明しよう
イセカイザーグリーンの能力は、風を自在に操る事が出来るのである!射程距離は半径100メートルである』

「だろうな!分かってたが意外とシンプルだな。体が軽く感じたのは風を操ってたからだろ?試してみるか」

走りながら自分の周りに風を纏うイメージをした。

「体が軽い!!」

一度地面を蹴ると、体がフワリと浮き上がる感覚を覚えた。


~~~


時を同じくして門の前では、村人たちが火を絶やさぬよう木材を運び続けていた。

「もうダメだ!」

「門が壊れるぞー!」

外枠の見張り台を残し、門の扉が大きな音を立てて崩れ落ちた。

「燃える物をもっと持ってこい!」

「やってるよ!家を壊して運んでるだろうが!」

「雨が邪魔しやがる!」

怒号が飛び合う中、雨の力には逆らえず、火の勢いが徐々に弱まり、とうとう消えてしまった。

「火が……」

「みんな村の奥に逃げろー!」

その声が引き金になったのか、門の前に積み上げていた木材が弾け飛んだ。
一瞬時が止まり門を注視する村人たちは、誰かの悲鳴を合図に逃げ始めた。

とうとうホブゴブリンの群れが、村に雪崩れ込んできたのである。門を埋め尽くし、溢れるホブゴブリンたち。そこはまさに地獄絵図であった。

『ゲギャギャギャ』

「うわー!逃げろー!」

「キャー!えっ?」

逃げ惑う村人の間に一陣の風が吹き抜けた。

村人が振り向くと、ピタリと動きを止めたホブゴブリンたちの目の前に、長いマフラーをなびかせる、緑の何かが立っていた。

「何だ?」

「おい!君逃げろ!死にたいのか!」

緑の人は右手を上げ、手のひらをホブゴブリンへと向けると、左から右へ流れるように移動させた。そして手のひらを上へ向け握り締めた瞬間、全てのホブゴブリンが、上下真っ二つに割れ、その場に崩れ落ちた。


『運良くイセカイザーグリーンに変身したアスカ。
大勢のホブゴブリンを瞬く間に倒した。
後に村人たちは、この日の事を「みどりの日」と言い、後世まで語り継いだと言う。
闘え!
国民の祝日戦士イセカイザーグリーン!
次回予告
必殺技!』

「ゴールデンウィークかよ!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...