傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第13話

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 炎炎の最中に一人の男の雄叫びが響く。
 焦熱地獄の中で、彼は怒る。
「……アーノルド」
 叫ぶ仲間の様子を見ながらもクリストファーは最適解を求める。
「ーーゲホッ……エァ、ゴホッ」
 呻き、咳き込み。
 息をする。
 助かりそうにもない。
 彼らのそばに近づいて、アーノルドは手を握る。
「生き、てる……! 待て! 絶対に助ける! 死なせない! だから、頑張ってくれ!」
 肺に満ちた高温の熱は肺を焦がし、身体は焼け爛れ、未だ息をしているのが奇跡と言える有り様。
「こちらクリストファー。応答願います……」
 だが、やらなければならない事がある。ここまでの惨事を目の当たりにして報告をしない方がどうかしている。
『こちらオスカーだ。どうした』
 聞こえてくるのはスタジアム側の警備を任された者たちのリーダーの声。
「……攻撃を受けました。まだ仕掛けられる可能性があります」
『了解』
 爆発の中心近くに居た人々の中には先程の少女二人、オリビアとソフィアが含まれていた。
 あの爆発の中で生き残る事ができたのはパワードスーツを着ていたアーノルドとクリストファーくらいのものだ。
「クソッ! 死ぬな! 待て!」
 心臓マッサージを行うアーノルドの姿が見えて、クリストファーは思わずに目を逸らしてしまう。
 助かるはずもない。
 息をしている。
 ただそれだけだ。
 頭蓋骨が歪み、大量の出血。見込みは何処にもない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
 分かっているはずだ。
 アーノルドにだってこんな行為に意味がない事くらいは。
 
 パァンッ!
 
 彼の悲痛の叫びを切り裂く様に銃声が高らかに響いた。
 まさか。
「アーノルド! まずい!」
「そんな場合じゃないっ!」
「現実を見ろ!」
 銃を持った集団が列のできていたはずの後方から集まってくる。警察官、ではない。
「敵だ! 被害が拡大する前に食い止めるぞ!」
「クソッ! ごめんな……、ごめんなっ」
 タイミングが良すぎる。
 まるで計画されていたかの様に。最初の自爆攻撃も、この攻撃も。
 
「ーー我らの、正義の為にッ!」
 
 高らかな叫びと共に彼らは駆け出した。
 装備は迷彩服。黒の布を顔に巻き付け表情も人相も見えない。クリストファーの頭の中にアダーラ教徒の名前が過ぎる。
「正義……」
 この言葉は印象強い。
 彼らの中には正義の為であれば玉砕をも厭わない過激な思考を持つ者もいる。
「アーノルド、アダーラ教徒だ!」
「……んな事は、どうでもいい」
 誰がどうだとか、何が関係ある。
 彼らはテロリストで、悪人で、裁くべき存在だ。そこには思想など関係ない。
「俺は……俺はっ! こいつらを許しちゃならねぇんだ!」
 アーノルドが駆け出した。
 最も近い敵に向けて突進、パワードスーツ『牙』の効力で上がった身体能力により相手を吹き飛ばす。肋骨の二、三本は折れた事だろう。
 彼の中の理性のストッパーは、ほぼ外れている。遠慮などするつもりもない。
「お前らは全員……倒す!」
 殺す、と言う言葉が出なかったのはアーノルドがギリギリの所で踏みとどまったからだ。だが、内心はこんな奴らは死んでもどうでも良いと。
 殺意は隠れもせずにその場に充満する。
「ひっ……」
 誰の恐れか。
 臆病風に吹かれたのか。僅かにアダーラ教徒が後退る。
 何かがおかしい。
 ただ、違和感の正体に彼らは気がつかない。




 
 例えば、攻撃が仕掛けられることが分かっていたとしても予想外と言うものが存在する。
 これはフィリップとオスカーが担当していた警備位置で発生した。
 スタジアムの入り口は三つ。
 クリストファーの連絡から数十秒遅れる事暴走トラックが迫る。
「…………」
 完全な対処には時間が足りなかった。
 トラックは列に並ぶ人々を跳ね飛ばそうとした。所で、トラックの前輪がパンクした。
 オスカーの放った弾丸が原因だ。
「これで一先ず、大丈夫だろう」
 トラックを止めたことにより人が跳ね飛ばされる事は無くなった。後は運転している人間を殺すか、捉えるか。
 銃をオスカーが運転手に向ける。
 再度、トリガーが弾かれた。
「オスカー副団長、流石ーー」
 です、とフィリップが続けようとして巨大な音が周囲に響き渡った。
「…………おりか」
 音が奪われた世界でオスカーが小さな呟きを漏らした。
 何を言ったのかは誰にも聞き取れなかった。それ程に爆音が凄まじかったのだ。
「何が、起きた……」
 目の前で起きた事象。
 単純に爆発とは分かっていても、理解はしたくなかった。
「元から自爆攻撃だったわけだ……」
 列後方で人が吹き飛んだ。
 燃え盛る地獄。この光景を避ける事はできなかったのだろうか。
「まだ、来るか……」
 音のある世界が戻ってくる。
 フィリップはオスカーの声を拾い、トラックの後ろを睨む。
 そこには黒の布を顔に巻きつけた迷彩服姿の集団が銃を持ち、構えていた。
 
「正義の名の下にっ!!」
 
 高らかな宣言と共に正義を騙る者達は走り出そうとする。
 フィリップの右手が黒色の銃のグリップを握り込んだ。
「許せないなぁ……。キミ達の……どこが正義だって言うんだ」
 フィリップは銃を撃ち放ち最も近くの敵を殺す。完璧なヘッドショットだ。惚れ惚れするほどの。
「ボクは……悪を許したくないんだよ。正義を騙る悪なんてものは、この世で最も許してはならない悪だ」
 冷め切った声、仮面に隠れた顔。
 何も見えないが、きっとフィリップは絶対零度を感じさせるほどに。
 憎悪も何もかもが消えた、怒りすら覗くことのできない無を自らの顔に貼り付けていただろう。
「なあ、仕方ないよな。ボクがキミ達を殺すのは……。間違ってないよな」
 ゾワリと彼の声が聞こえる者達は背中を走る怖気に凍りついたかのように、永久凍土の大地に立たされたかのように膝が笑い、動くことが出来なくなる。
「……殺せ」
 アダーラ教徒と思われる集団は銃を乱射し始める。
 飛んで行くのはフィリップ達のいる方向……ではない。
 逃げ惑う人々にだ。また、人が死んで行く。助けると言う手段を選ぶことができない。
「……殺、す」
 被害を抑えるには敵対者を迅速に殲滅することが最適解なのだとフィリップの脳が導き出す。
 最悪の戦いが青空の下で始まった。






 九郎義実は困惑していた。
 アスタゴ合衆国の大企業、代表取締役社長エイデン・ヘイズの招待に応じ外遊、或いは視察と言うべきか。アスタゴ合衆国に訪問したと言うのに。
 飛行機に乗り、年に見合わず楽しみに来てみれば目の前に広がったのは地獄のような光景。念のためにと連れて来ていた部下は時間を稼ぐと言って戻ってこない。
「……何なのだ、一体」
 巻き込まれてしまっただけの彼には現状を何一つとして理解できない。アダーラ教徒、中東を主に広がる宗教団体の過激派の起こしたテロに巻き込まれてしまったのだ。
 近くで聞こえる銃撃戦の音に身を震わせ必死に逃げていれば、此処がどこなのかも分からない。笑い事ではない。
 死ぬわけには行かない。
 部下が稼いでくれた時間を無駄にしてはならない。
『あれ~? 殺しちゃいけないのって誰だっけか……?』
 どうにも最悪の運を引いてしまったらしい。目の前には黒の布を巻きつけた男が立っていた。
 訛りの強いアスタゴ、ノースタリア連合王国で使われる言語を使用している。
 死を受け入れかけていた義実の頭の中に疑問が浮かび上がった。
 何故、彼らはアスタゴの言葉を使うのか。アダーラ教徒の過激派は基本的にはアンクラメトの住民だ。ならば彼らが扱う言語はその地域に適した物の筈だ。
 だが、幾ら考えても無駄な事だ。これから死ぬのだから。
『まあいっか。じゃあ、殺すーーね、ぇ……』
 死んだ。
 目を瞑って受け入れようとしても死は迎えに来ない。どうしたのかと恐る恐る薄らと目を開く。
「大丈夫か?」
 陽の国の言葉で尋ねられる。
「つい癖で殺しちまったけど大丈夫だよな……」
 立っていたのは四十代程に見える金髪の男。水色の鋭い瞳が義実を見つめていた。
「アンタ、陽の国の人間だろ?」
「あっ、あ、ああ……」
「久しぶりに会ったな」
 これ以上の会話が生まれない。
 二人の間は少しばかり重たい空気が漂う。
『ちょっとー! 置いてかないでよ!』
 通路の向こうから三十代程の女性がやってきて声を掛けてくる。
『ああ、すまんすまん』
 どこか軽い調子で謝罪をする男には、申し訳なさと言う物は欠片もあるようには見えない。
『あ、もしかしてだけど……殺した?』
 地面に転がる男を見つけて女性が上目で金髪の男に尋ねる。
『不味かったか?』
『大丈夫、だと思うけど。まあ、情報は欲しかったかなぁ。でも、命が掛かってるなら仕方ないか』
 女性は黒色の尾のように縛った髪を揺らしながらしゃがみ込み、息をしていない倒れた男の顔を隠していた黒の布を取り上げる。
 彼らの瞳に映ったのは。

「アンクラメト民じゃ、ないのか……?」

 義実が正体を確かめるように呟いた。
 先程のアスタゴの言語の件も含めて考えてみれば、倒れた黒人男性はアンクラメトの民ではないと言うことは明白であった。
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