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番外編:絵を描く日々
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山本永治という男は画家になりたかったのだ。学校の美術室に男女が二人きり。
シャッシャッと線を描く音が静寂な教室に響いた。
「ちゃんと描けてる?」
鉛筆を滑らせる山本に問いかけてくるのは一人の少女だった。
「俺を舐めんな。とびっきり綺麗に描いてやる」
そこには冗談なんて物もなく、山本は真剣そのものの顔でその絵を完成に近づけていくのだ。
「うん……」
「完成したら一番に見せてやるから」
不良然とした見た目からは想像もつかないほどの、絵を描くという行為への情熱。そんな山本が何よりも少女は好きだった。
「なあ」
「うん?」
「……困ってることあったら、教えてくれよ。力になるから」
どこまで知っているんだろうか。
だから、少女は巻き込むのが怖くなって、彼女はぎこちない表情を浮かべて「ありがとう」なんて言った。
「永治は優しいね」
「お前にだけだよ」
なんて小さく笑う彼はどこか様になっていて、少女も小さく笑った。
「そっか」
「…………」
「ねぇ、永治」
モデルとして椅子に座っている彼女は頬を赤らめながら名前を呼んだ。
「実はね、渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
ピタと手を止めて山本は少女の顔色を伺う。
「ーー今日はここまでにするか」
そう呟いてから山本は道具を片付け初めて、十分もするとすでに帰る準備は出来たようだ。
「それで渡したい物って?」
そう言われて彼女はバッグの中を探して綺麗に包まれた箱を無言で差し出した。
「これは……」
「今日、アレでしょ?」
恥ずかしそうな様子を見せながら差し出した少女と、同じく恥ずかしげな様子を見せてそれを受け取った少年。
それを大切そうに山本は仕舞うと、彼女から視線を逸らして一つの提案をした。
「なあ、家まで送ってこうか?」
「ううん。家は嫌だなぁ……」
そんな弱味を見せて、彼女は山本の腕に抱きついた。
「もっと楽しいところに行こうよ」
きっと彼とならどこでも楽しめるような気がしていた。彼女は山本のことが好きだったから。
悩ましげな顔も、赤面した時も、嬉しそうに頬を綻ばせた時も、真剣な顔をキャンバスに向けている時も。
変わらずに全部が好きだった。
堪らなく愛していた。
不良だったとしても、彼女は山本の優しさを知っていたから。その暖かさに惚れてしまっていたから。
「ねえ、永治」
「どうした?」
「私ね……」
迷って口から出たのは愛の告白でもなんでもない。それでもその言葉に嘘はなかった。
「ーー今、この瞬間が堪らなく楽しいし、幸せなんだ」
冬の日、手を引いて恋人同士のように彼らは歩く。幸せそうな彼らの邪魔などできるものはいるはずもなかった。
彼らは願った。
ずっと続いて、いつかきっと結ばれたいと。
「ちゃんと捕まってろよ?」
そう言って山本は少女を背に乗せ、薄暗くなった道をバイクで駆ける。
シャッシャッと線を描く音が静寂な教室に響いた。
「ちゃんと描けてる?」
鉛筆を滑らせる山本に問いかけてくるのは一人の少女だった。
「俺を舐めんな。とびっきり綺麗に描いてやる」
そこには冗談なんて物もなく、山本は真剣そのものの顔でその絵を完成に近づけていくのだ。
「うん……」
「完成したら一番に見せてやるから」
不良然とした見た目からは想像もつかないほどの、絵を描くという行為への情熱。そんな山本が何よりも少女は好きだった。
「なあ」
「うん?」
「……困ってることあったら、教えてくれよ。力になるから」
どこまで知っているんだろうか。
だから、少女は巻き込むのが怖くなって、彼女はぎこちない表情を浮かべて「ありがとう」なんて言った。
「永治は優しいね」
「お前にだけだよ」
なんて小さく笑う彼はどこか様になっていて、少女も小さく笑った。
「そっか」
「…………」
「ねぇ、永治」
モデルとして椅子に座っている彼女は頬を赤らめながら名前を呼んだ。
「実はね、渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
ピタと手を止めて山本は少女の顔色を伺う。
「ーー今日はここまでにするか」
そう呟いてから山本は道具を片付け初めて、十分もするとすでに帰る準備は出来たようだ。
「それで渡したい物って?」
そう言われて彼女はバッグの中を探して綺麗に包まれた箱を無言で差し出した。
「これは……」
「今日、アレでしょ?」
恥ずかしそうな様子を見せながら差し出した少女と、同じく恥ずかしげな様子を見せてそれを受け取った少年。
それを大切そうに山本は仕舞うと、彼女から視線を逸らして一つの提案をした。
「なあ、家まで送ってこうか?」
「ううん。家は嫌だなぁ……」
そんな弱味を見せて、彼女は山本の腕に抱きついた。
「もっと楽しいところに行こうよ」
きっと彼とならどこでも楽しめるような気がしていた。彼女は山本のことが好きだったから。
悩ましげな顔も、赤面した時も、嬉しそうに頬を綻ばせた時も、真剣な顔をキャンバスに向けている時も。
変わらずに全部が好きだった。
堪らなく愛していた。
不良だったとしても、彼女は山本の優しさを知っていたから。その暖かさに惚れてしまっていたから。
「ねえ、永治」
「どうした?」
「私ね……」
迷って口から出たのは愛の告白でもなんでもない。それでもその言葉に嘘はなかった。
「ーー今、この瞬間が堪らなく楽しいし、幸せなんだ」
冬の日、手を引いて恋人同士のように彼らは歩く。幸せそうな彼らの邪魔などできるものはいるはずもなかった。
彼らは願った。
ずっと続いて、いつかきっと結ばれたいと。
「ちゃんと捕まってろよ?」
そう言って山本は少女を背に乗せ、薄暗くなった道をバイクで駆ける。
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