傲慢な戦士:偽

ヘイ

文字の大きさ
上 下
61 / 88

第59話

しおりを挟む
 走り出したのは同時だった。
 アスファルトに赤い液体を垂らしながら、熱く感じる身体で、拳を、蹴りを彼らは衝突させた。
 火花は散らない。
 距離が開いて、赤が飛び散った。
「かぁっ!」
 阿賀野が吼えた。
 ひびの入った身体は、悲鳴をあげている。満身創痍の肉体で、それでもミカエルは舞踏の様に戦い続ける。
 動きににぶりが見えなくなった。
 寧ろ、動きは格段にキレが良くなった。破壊力が増幅され、それは阿賀野の左腿を打ち抜く。
「ぐっ」
 その仕返しとばかりに、阿賀野はミカエルの右足に手を伸ばす。
『俺は今、最高の世界に生きてる……!』
 そんな言葉がミカエルの口から出たかと思うと、曲芸師の様に阿賀野が伸ばした左腕の上にフワリと立ったのである。
 そして、横に回す様な右足での攻撃が行われる。
「……っ」
 それを阿賀野は上体を逸らすことによって、スレスレで避けた。ミカエルの爪先が目と鼻の先を通り抜けていく。
 左腕を振り上げると、ミカエルは空中で後方に向けて回転をしながら跳んだ。
 片腕がないと言うのに驚異のバランス力。そもそもにして、失ったのはつい先程だと言うのに。
 完璧な着地。
 隙を見せることなく、左足を前、右足を後ろにした構えの形が取られている。
「俺は今ならなんだって出来るような気がする……」
 ミカエルを満たすのは多幸感だけではない。本来以上の実力が後押しをされ、発揮されているかの様に感じたのだ。溢れ出る、全能感。
 死に際の狂言などではない。
 ミカエルとは無縁と思っても良いだろう、火事場の馬鹿力という言葉。それが今の彼の状況を正しく表している。
「クソが……」
「負ける気はしないね……!」
「それはーー」
 阿賀野は目を鋭くさせて、ミカエルに向けて踏み出した。
「ーー俺もだっつぅの!」
 負けるつもりで戦う筈がない。
 最強が負けを想定するなど間違いだ。最悪は想定するが、それでも負けは否定する。阿賀野は勝ちだけを信じて、拳を握り、振るうのだ。
「かはっ……ぅ」
 ミカエルの鳩尾みぞおちに阿賀野の左膝が吸い込まれる様に入った。拳はフェイント。呻き、前のめりになったミカエルの背中をダブルスレッジハンマーで叩き、下がってきた身体を右足の横蹴りで吹き飛ばす。
「おいおい、いつから俺が足技苦手だって思ったよ」
「……勘違いさせないでほしいな」
 血を吐きながらもミカエルは立っている。先程の攻撃は喰らってしまえば、ほぼ確実に人生をそこで終わらせるほどの威力のものであった。
「……勝手に勘違いしたのはテメェだ」
 倒れることなく立ち続けるミカエルに辟易としながらも構えを取る。
「ハハっ、ハハハハハハ……。良いね、楽しい」
 夜の空というにはもう十分なほどに明るくなり始めた空。
 ただ、戦う彼らには時間と言うものを気にかける余裕はなかった。







 骨が砕ける。
 止まらない。
 血が溢れる。
 止まらない。
 限界を超えて、彼らは激突を繰り返す。
 拳が当たり、足が当たり、体を壊していく。的確に、骨を砕く。
「はぁっ、はぁっ……」
 痛みの果て。
 途切れ途切れの息を吐きながらミカエルと阿賀野はお互いを見る。
「ハハっ、……はぁっ、はっ」
 ミカエルは、とうの昔に痛みなど忘れたかのようで、笑みを湛えて戦場に立っていた。
 燃え上がる闘志に体が追いつかない。蓄積されたダメージが体を不自由にする。歯を食いしばって、奥歯を強く噛み合わせ、痛みに顔を歪めながらも、阿賀野が走った。
 汗のように血は滴る。
「あぁぁああっ!」
 腹の奥底から叫ぶ。轟く猛獣のような咆哮。力が湧き上がる。まだ、止まらない。阿賀野は止まることなどできない。
 最強。
 それが目の前にある。
 掴めそうな位置にある。あと、数歩の所まで来た。なら、立ち止まり、諦めるのは余りにも愚かだ。
 無理をするのは今だ。
「はハっ、ハハハ、ははははっ!」
 どこまでも、悦楽に浸って。最高の終わりを求めるなら、ここで走り、迎え撃たなければ無駄になってしまう。
 動かなければならないという事をミカエルは理解していた。
 二人の体は肉迫する。
 修羅が如き男と、猛獣のような男の姿。どうしてか、神話をそこに幻視する。
 原始的で、暴力的で、余りにも野蛮。
 愚かだなどと、人々は言うのかもしれない。それでも、彼らは求めるものへの熱に浮かされていく事に対する疑問はなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 阿賀野の拳が振われる。
 ミカエルの拳が振われる。
 互いの拳が同時に互いの腹に突き刺さる。逆流しそうな血液混じりの胃液を堪えて、次の攻撃へ。
 攻撃に移ろうとした、その瞬間にミカエルの身体がガクリと膝から折れるようにバランスを崩した。
 何故。
 どうして。
 まだ。
『終わってーー』
 失った血液があまりにも多すぎた。限界を超えた身体の躍動があまりにも異常だった。痛みはまだ知らない。
 それでも溢れ出る脳内麻薬に歯止めはなくとも、身体が本当の限界に到達してしまった。
「あ」
 漏れたのはたった一つの声。息が多分に混じった、その声はどんな感情があったのか。敗北を目の当たりにした悔しさだったのだろうか。
 阿賀野は容赦なく左手で、地面に叩きつける様に殴り付けた。
「がっ、……はっ」
 
 ドン!
 
 と、ミカエルの身体は地面に叩きつけられる。彼が浮かべた顔は複雑な笑顔だった。未知の感覚を知った喜びと、敗北をすると言うことの悔しさの混じった言いようのない表情。
 だが、地面に叩きつけられたミカエルの表情など阿賀野には関係ない。
「あぁ、悔しいなぁ……」
 初めての感覚が、ミカエルの心を満たしてしまう。
「そうかよ」
 躊躇いもなく、阿賀野は倒れ伏しているミカエルの頭蓋を踏み砕いた。
 ダラリと阿賀野の腕が下がる。
 空には朝日が輝く。建造の隙間から日の光が差して、それは勝者を祝福するスポットライトの様に阿賀野を照らした。
「俺が……」
 限界だったのか、思わず膝をついてしまう。目の前にいるミカエルは既に息をしていない。完全に死んでいる。
「俺が、最強だぁああああああっ!!」
 最強の証明は果たされた。
 異国の言語の大声が、アスタゴ合衆国の街中まちなかに響いた。倒れた幾つもの巨神の残骸に囲まれて、彼は最強の余韻に浸っていた。
 だが、彼の勝利の余韻も直ぐに終わる。
「何だよ……」
 巨大な影が阿賀野を覆い、太陽の光を遮ってしまったから。
「ーーもっと浸らせろよ」
 文句を言いながら振り返り、見上げると、四十メートルを超える巨大な人型、紅い巨神がそこに立っている。
 タイタンは、阿賀野に向けて右手に持っていたハルバードの鋒を突きつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~

華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。 しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。 すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。 その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。 しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。 それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。 《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》 ※お願い 前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

グールムーンワールド

神坂 セイ
SF
 佐々木 セイ 27歳、しがないサラリーマンで4人兄妹の長男。  ある暑い日の夜、コンビニに向かう途中で光に包まれた!  気が付くと、大勢のゾンビと戦う少女たちと出会うが、みんな剣と魔法、銃もありありで戦ってる??  近未来転移SFバトルサバイバル!  これは1人の青年が荒廃した未来に転移し、グールと呼ばれる怪物たちと闘いながら、少しずつ成長して元の時代への戻り方を探し強くなっていく物語。  成り上がり最強と兄弟愛。  ※一歩ずつ着実に強くなり成長しながら、最強になる物語です。  覚醒などは極力ないような展開の物語です。  話の展開はゆっくりめです。

毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜 

天海二色
SF
 西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。  珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。  その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。  彼らは一人につき一つの毒素を持つ。  医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。  彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。  これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。  ……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。 ※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります ※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます ※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。 参考文献 松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集 船山信次  史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり 齋藤勝裕  毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 鈴木勉   毒と薬 (大人のための図鑑) 特別展「毒」 公式図録 くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科 その他広辞苑、Wikipediaなど

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

旅行先で目を覚ましたら村上義清になっていた私。そんな私を支えることになったのがアンチ代表の真田幸隆だった。

俣彦
ファンタジー
目が覚めたら村上義清になっていた私(架空の人物です)。アンチ代表の真田幸隆を相棒に武田信玄と上杉謙信に囲まれた信濃北部で生き残りを図る物語。(小説家になろうに重複投稿しています。)

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...