傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第38話

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 儚く、散りゆくものたちは確かに生きていた。
 彼らの軌跡はたった一人、一つずつの人生だった。
 親の借金を肩代わりさせられたもの。
 親に望まずに軍に入れられたもの。
 国へ仕えることが義務とされたもの。
 誰にだって理由があった。ここにいなければならない必要があった。
 それは監獄のように。
 彼らは理不尽な世界に翻弄された、力のない若者でしかなかったのだ。
 理不尽な世界の、最低な大人の都合によって彼らの運命は引き裂かれた。
「どうなっている。マルテアぁ……!」
 すっかりと暗くなってしまった窓の外。天井についた明かりが、少しばかり広い部屋を照らしている。
 部屋の中で椅子に座る、岩松は怒りに震えていた。
 額には薄らと血管が浮かび上がる。自らの前に置かれた机を、苛立ちと共に力任せに殴りつけた。
「裏切りだと……!」
 許されない。
 許されないが、陽の国にはマルテアに攻め込むほどの軍事力を投下できない。現状、グランツ帝国のある西欧諸国の戦争にも積極的な介入ができていない。
 この戦争は陽の国にとってはアスタゴとの戦争でしかなかったからだ。
 三機をアスタゴの最前線に送った時点でリーゼは既に製造は完了していたが、やはり部品が集まらない。結果としては、三機全てが基準に満たない欠陥品となった。
「どうする……!」
 岩松は焦りを感じ始めていた。
 予想外のマルテアの裏切りにより、勝てるはずであると踏んでいた戦線は崩壊。もはや、陽の国に勝ち目はないのだろう。
「もはや、ここまでか……」
 最後にして最大の戦力を欠陥品に乗せる事に躊躇いがないわけではない。だが、果敢に攻めることは重要である。
「佐藤君、坂平君。司令室に来たまえ」
 通信機を手に取り、岩松はそう呼びかけた。
 十分ほど待つと二人は扉を丁寧に四回叩き、岩松が「入れ」と返答するとゆっくりと扉を開いて、入室する。
「……さて、坂平君」
「はい」
「三人が死んだ」
「え……?」
「至急、次の兵士を送るように」
「岩松管理長。次の三人は誰でしょうか?」
 佐藤がわかり切っている答えを確かめようと尋ねる。
「分かっているはずだ。阿賀野以外の三人を戦場へ送れ。出来るな?」
「……はい」
 弱々しい返事をして坂平は俯いてしまう。
「これが最後だ。これ以上、リーゼを造ることのできる費用は残されていない。よってこの三機の破壊を持ち、我々の戦争は終わりを告げる」
 パーツの回収ができなかったことが想像以上のダメージを負わせていた。パーツを回収することができれば少しでもコストが削減できたであろう。
「最大の戦力を持って、アスタゴと戦う」
 それが最後に出来ること。
 いや、まだ残されているか。
 岩松は二人がこの部屋を出たのを確認して、通信機を手に取った。
「ーーこちら岩松。三機のリーゼに取り付けを願う」






 教室の外は、雲一つない快晴の青空だ。窓を開けば爽やかな風が頬を撫でるだろう。
 過ごしやすい一日になりそうだ。
 戦争のない平和な世界であればどれほど良かっただろうか。
「四島雅臣。岩松美空。九郎……」
 教壇に立つ坂平に、名前を呼ばれた三人は椅子に座ったまま、言葉を待つ。
「お前らの出兵が決まった」
「あの、坂平さん」
 静寂を裂き、四島が質問を投げかけた。
「彼らは……」
 尋ねるまでも無いことだ。
 彼らが出兵することとなった時点で、予想がつく。
「竹崎真衣、川中詩水、飯島剛。三名が戦死した」
「そうですか……」
 死を感じる。
 行けば助かる可能性はゼロに近い。今までで戦場に向かって生き残った人間はいない。彼らは悪人ではなかった。
 目的があったから。
 理由があるから。
 必要があるから。
 戦わねばならない。逃げてはならない。生命を賭けてでも戦う。
 それだけの価値が彼らの戦争にはあった。
「松野、間磯、山本、竹崎、川中、飯島……」
 四島は名前を呼ぶ。
 優しさからだったのか。
 ただ、自らは忘れていないと刻むためだったのか。確かに生きて、足掻いて、必死だった。
「出発まで時間は少ない。やっておくべき事、やり忘れないようにしておけ」
 言われたところで、彼らには何かを残す時間も残されていない。
「十五分後、お前達にはこの施設から出てもらう」
 坂平は足早に教室を出て行ってしまう。
「沙奈……」
 大切な者の名前を噛み締める様に呼ぶ四島を九郎は見つめていた。
 名前を呼び、僅かに震える身体を押さえつけている四島を、九郎は観察するように見ていた。
 全てをわかっていたから。
 全てを理解したから。
 付け込む隙があった。
 これ以上の理由はない。
 阿賀野に九郎はアイコンタクトを送る。今から行われるのは、取引で、そして脅迫だ。
 岩松と同じ弱みにつけ込む方法。
 阿賀野はゆっくりと立ち上がり、四島のもとに向かう。
「なあ、四島」
 ぶっきらぼう、いや、いつも通りに阿賀野は四島に声をかける。
「何だ、阿賀野?」
 対して、僅かな緊張を覚えた四島が応対する。
「話があるんだが」
 前置きをする。
 四島が阿賀野を椅子に座ったまま見上げていると、彼の近くに九郎がやってくる。
 四島の目線の延長線、扉の近くでは美空が出ていくのが見えたが、気にする必要はないだろう。
 先に施設の外に向かっただけだ。
「すぐに終わる話か?」
「ああ、君の返答ですぐに終わる。これは君と阿賀野にとっての大事な話だ。損はしないはずだけど」
 四島の質問には九郎が答えた。
「ーー兵士の役割を降りろ、四島雅臣」
 切れ味鋭く、九郎は告げる。
 提案でもお願いでもなく、命令口調。
 九郎の言葉が放たれた瞬間に世界が停止したような感覚が、四島を支配した。
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