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第7話 炎上したっぽい

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 雨が降っている。水たまりに映った姿をみると、小学生の僕、一ノ瀬優の顔だった。
 あれ……?もしかして、今までの出来事はすべて、夢だったのかな?
 夢、だったらいいのにと思った。
 父が死んで母や弟と疎遠になり、今度は自分が刺されて死んで、転生した後も、父や兄に疎まれ――そんな人生が、全部夢だったらどんなにいいか。

 ふと、手に持ったノートに気づいた。『夏休みの自由研究』と書かれている。
 そうだ、僕は、自由研究で、動物についての考察をしようと、動物園に来たんだ。そして、僕はこの後何が起こるかを知っている気がする。どうしてだろう……。
 それにしても、雨がやまない。傘を持ってきていなかったから、雨がやむまで雨宿りしていたが、閉園を告げる『蛍の光』が流れている。仕方ない、濡れてしまうが、このまま歩いて家に帰るしかない。
 僕は、動物園を出た。夏なのに、雨に濡れたせいか、とても寒い。
 雨の音で、他の音がかき消され、まるで、この世界に僕一人しか存在していないような錯覚に陥る。
 寒いなぁ……。思わず、自分の身体を抱きしめた。

 本当は、今日は、母と動物園に来る予定だった。2人で出かけることなんて、初めてのことだった。
 僕の1歳下の弟は、産まれたときは未熟児で、今でもとても身体が弱い。すぐに熱を出したりするから、母は弟の傍を離れることができない。たまには、僕も母に甘えたかったが、僕はお兄ちゃんだから、我慢しないといけない。
 でも、いつもお兄ちゃんとして頑張っているご褒美に、今日は、弟を知人に預けて、母が一緒に出かけてくれることになった。嬉しくて嬉しくて、昨日は興奮して、あまり眠れなかった。
 しかし、今朝、弟が熱を出してしまい、母と2人で出かけることはできなくなってしまった。
 いつもだったら我慢できたことでも、喜びが大きかった分、実現できなくなっときの失望も大きくて、このままでは、弟に酷いことを言ってしまうかもしれないと恐れた僕は、母に黙って、1人で動物園に来たのだった。
 動物園で、ゾウのスケッチをしたり、サル山を眺めたりして、ひとり過ごしていると、雨が降り始めた。しばらく雨宿りをしていたけれど、閉演時間になってしまったので、仕方なく、歩いて帰ることにした。

 なんだか涙が出そうになって、俯いていた顔を上げると、道路の向こうで、僕の傘を手に持った父が、血相を変えて立っているのを見つけた。
 父も僕に気づいたらしく、大声で叫んでいる。
「優! 心配したんだぞ! そこで待ってろ。今そっちに行くからな!」
 肩で息をしている父を見て、仕事を早く切り上げて、急いで僕を迎えに来てくれたことが分かった。 
 父の顔を見た途端、我慢していた涙が溢れた。
 父は、僕が困ったとき、いつも一番に助けに来てくれるヒーローだった。
 早く父に抱きしめてもらいたくて、待ってろと言われたにも関わらず、道路を渡ろうと飛び出したそのとき、父が再び叫んだ。 
「危ないっ!」

 僕は一瞬気を失った。
 早く目を開けなければいけない。でも目を開けるのが怖い。ダメだ、早く目を覚まさないと。怖い――早く――――
 重い瞼を恐る恐る開くと、目の前に父が倒れていた。
「――――っ!!!!!」
 見てはいけない――いや、僕は見なければいけない――――僕は――――――
 思わず、ぎゅっと閉じてしまった目を再び開くと、父の姿は消えていて、代わりに、きれいな男の人が、目から血を流して、僕を見つめていた。

***

「……か! ……殿下! 起きてください! ウィルフォード殿下!」
「はっ――――――」
 誰かが呼ぶ声に、意識が覚醒する。まだぼんやりする視界に、誰かの顔が映る。
「しっかりしてください! ウィルフォード殿下、私がわかりますか!?」
 軽く頬を叩かれ、やっと視界がクリアになる。ルドルフだ。
「ルドルフ……? あれ、僕……どうして?」
 まだ頭がぼーっとしていたが、なんとか、自室のベッドに寝ているということは分かった。
 確か、ルシャード殿下の王位継承権剥奪と隣国への婿入りが発表されて、気分が悪くなって、あれ……そこから覚えてないや。
「殿下、しっかりしてください! 今はとにかく城を出ます! 走れますか!?」
「え、城を出るって、なんで――」
「説明している時間はありません! 詳細はすべて後でお話しします! 今はひとまず、一刻も早くここを脱出します!」
 状況は全く理解できていなかったが、ルドルフの様子が尋常じゃないのだけはわかった。ここは、彼の言う通りにすべきだろう。
「げほっ、げほっ……!」
 ルドルフに支えられながら、ふらつく足取りで、何とかベッドから立ち上がると、部屋中、すごい煙であふれていることに気づく。
「え、何これ――」
「火が放たれたのです! 東側はもうダメです! 西側から地下におり、隠し通路で外に出ます! 殿下、走れますか?」
「う、うん…多分――」
 ダメだ、まだふらついて足がもつれる。煙をたくさん吸ってしまったのかもしれない。
「申し訳ございません、今は一刻を争います。ご無礼をお許しください――」
 そういうや否や、ルドルフが僕を抱きかかえた。
「うわぁっ――!」
 急に身体が浮き上がる感覚に、思わずルドルフの首にしがみつく。
「そのまましっかり掴まっていてください。走ります!」
 ルドルフは、僕を抱えたまま部屋を飛び出した。
「え――」
 目の前に広がっていたのは、火の海だった。さっきルドルフが火を放たれたとか言っていたけれど、まさか、城が燃えているのか……?
 信じられない思いで周囲を見回す僕を抱えたまま、ルドルフは走り始める。
16歳とは言え、すっかり身体も成長した男の僕をかかえたまま、こんなに早く走れるなんて、さすがルドルフ。なんて、場違いなことを考えていると、向かいの方からやってきた、数人と遭遇した。
「よかった、皆も早く逃げ――」
 逃げて、と言おうとした瞬間、小さいナイフのようなものが頬をかすめた。
「え――」
 もしかして、僕を狙って投げた……?頬がピリつき、つうっと液体が滴る。血だろうか。
 呆然としている僕を、ルドルフが床に下ろす。
「殿下、ここは私がすべて片づけます。それまでこちらで大人しくしていてください」
「え、ルド――」
 一瞬の出来事だった。
 煙に紛れ、僕たちを襲ってきたと思われる者たちを、ルドルフは、その剣で、一瞬で倒したのだ。強すぎでしょ……。
 再びルドルフに抱きかかえられ、隠し通路を目指す。後ろを振り向くと、黒い服と頭巾をまとった者たちが、床に伸びていた。10人以上はいそうだ。
 国最強とは聞いていたけれど、10体1で一瞬で勝つとか、強いにも程がある。ルドルフが僕の護衛でいてくれて良かったと、心から思った。
 その後、隠し通路にたどり着くまでは、黒づくめの人たちが襲ってくるたびに、ルドルフが一人で倒していった。
 そうして、有事の際に王族が使用できる隠し通路を使い、何とか城を脱出することができたのだった。
 外に出て、追っ手がいないことを確認すると、やっと一息つくことができた。
 通ってきた方角を見ると、城が燃えていた。その炎で、夜なのに、すごく明るい。
 何があったのか、早くルドルフに聞くべきなんだろうけど、怖くてなかなか聞けなかった。
 不安で、身体が勝手に震えてしまい、あともう少しだけ、ルドルフの腕の中にいたいと思った。
 自分からは口を開くことができず、ただじっと燃え盛る炎を見つめていた。
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