上 下
3 / 39

第3話 ちょっとやらかしてしまったっぽい

しおりを挟む
 転生して1か月ほどが経過した。
 毎日この部屋にやってくるのは、メイドのような服を着た女性たちと、初日に会った、ハリウッドスター男か、厳しそうな老女だけだった。どう考えても、彼らは僕の親ではない。
 1か月で、我が子の様子を、親が1度も見に来ないなんて、変だよね。もしかして、家族関係が複雑な家に転生してしまったのだろうか。
 でも、そんなことはどうでもいい。
 まずは、言葉を覚えて、この世界のことを知るのが先だと考え、必死に人が話す言葉を聴き、意味を推測した。
 メイドさんは、毎日同じ人が来るというわけではなく、何人かが交代で来ているようだった。
 見た目は、やはり、皆、前世の欧米人のような姿をしており、無口な人もいれば、おしゃべりな人もいた。
 おしゃべりなメイドさんが来たときは、言葉を覚えるチャンスである。なるべく動き回って、向こうから話しかけてくるよう仕向けた。
 老女やハリウッドスター男が来たときは、お手上げだ。あの人たちはほとんど何も話さない。彼らからは、言葉を学ぶことはできなかった。
 しかし、ハリウッドスター男は、何も話さない割に、必ず、僕の顔をしばらく見つめていった。そんなに僕の顔が珍しいのだろうか。
 
***

 そんな調子で、3か月ほどが経過した。
 僕に話しかけてくる人がとても少なかったため、言葉を覚えるのに苦労したが、何となく、単語の意味くらいは理解できるようになっていた。
 僕の部屋に来るメイドさんたちは、僕のことを、『王の息子』というような意味で呼ぶ。おそらく、僕は、かなり高い確率で、いわゆる『王子様』なのだろう。
 部屋の様子から、お金持ちの家であることは予想できたが、まさか、王家だったとは驚きである。

 老女は、ゲルダさんといって、母親のかわりに僕を育てる、乳母のような立場の人らしい。
 ハリウッドスター男の名前は、ルドルフさん。なんと、僕の護衛だ。
 護衛が付くってことは、こんな赤ちゃんのときから、命を狙われる可能性があるっていうことだよね。王子様って大変なんだね……。
 転生したばかりでまた死にたくないので、ルドルフさんには、なるべく笑いかけるように努力したし、今後も優しくしようと決めた。

 ルドルフさんは、どうやら、とても強いらしい。『せっかく第1騎士団の団長になったのに』とか、『強いからこそ、護衛に選ばれた』というようなことを、メイドさんたちが話していた。
 ルドルフさんが何も言わず、僕のことをじっと見つめていくのって、もしかして、睨まれている可能性があるのでは……?
 第1騎士団の団長なんて、きっとエリートコースだろう。せっかく、出世街道まっしぐらの予定だったのに、王子とはいえ、赤ちゃんの護衛にジョブチェンジだ。
 赤ちゃんだから、1日中ベッドに寝ているだけなので、自慢の剣をふるう機会もなく、ただ部屋の入口に立っているだけのお仕事である。そりゃ、僕のことが嫌いでも納得できる。

 こうして僕は、転生して3か月で、手放しで信頼できる大人が周りにはいなさそうだと理解し、一刻でも早く一人前になることを強く決意した。
 鼻息を荒くしているところに、ルドルフさんがやってきて、いつものように、僕の顔を覗き込んできた。
 まずは、彼とはできるだけ仲良くなるべきだと考え、覚えたての言葉で話しかけてみた。
「ルドルフしゃん、しゅきー!」
「なっ――!?」
 あちゃー、ありがとうって言いたかったんだけど、思いのほか発音が難しくて、好きって言ってしまった……。まぁ、悪い意味ではないし、問題ないだろう)
 満足げに頷いていると、驚いたような表情で固まっていたルドルフさんが、突然部屋を飛び出していった。
 あれ? どうしたのかな。
 何か、問題行動をしてしまったのかと、首を傾げていると、今まで見たことのない数の大人たちを引き連れて、ルドルフさんが戻ってきた。
「本当です! 殿下が言葉を喋ったのです!」
「まさか! 殿下はまだ生後3か月ほどですよ。言葉を喋るなどありえません」
「ゲルダさんのおっしゃる通りです。普通、赤子が意味のある言葉を喋れるようになるには、少なくとも1年はかかります」
「でも、この耳ではっきりと聞いたのです!」
 やってきた大勢の大人たちが、僕を囲んでザワザワしている。
 あれ? これって僕、やらかしちゃった感じ……?
 赤ちゃんが普通、どのくらいで喋るようになるかなんて、まったく考えていなかった。
 こんな騒ぎを起こすつもりはなかったのに、なんだが大変なことになってきた。特にルドルフさんが。
「ルドルフ殿、少し、お疲れなのでは? 休暇を取られた方が――」
「私は正気です! 先ほど、はっきりと、殿下が『ルドルフ、好き』と――」
「「「「「…………」」」」」
「ち、違います! そんな目で私を見ないでください!」
 完全に残念な人を見る目で見つめられているルドルフさんが、なんだが可哀想になってきた。僕が何も考えずに、話しかけてしまったせいだ。
 このままでは、ルドルフさんが僕をさらに恨んでしまうかもしれない。そうなっては、最強の護衛と仲良くなって安全を確保するという当初の目的が台無しになってしまう。
 そんなことにはさせないと、ルドルフさんの証言を立証すべく、僕は、覚えたての言葉を再び解き放った!
「ルドルフしゃん、しゅき! いちゅも、ありがちょ!」
 やった! ありがとうが言えた! ちょっと発音は失敗しちゃったけど。
 ひとり、心の中でガッツボーズをしていると、一瞬の沈黙のあと、やってきた大人たちが、一斉に叫んだ。
「「「「「本当に喋ったーーーーーーーー!!!!」」」」」
「わっ! うるしゃい……」
 思わず耳をふさいだ。それくらい、大人たちの驚きようが凄まじかったのだ。

 それからの出来事は、本当に嵐のようだった。
 まずは、言葉を教えるための家庭教師が毎日やってくるようになった。
 その半年後には、僕はすっかりこの世界の言葉を覚え、大人と普通に会話ができるようになっていた。
 1歳を迎えてからは、言語に加え、帝王学、歴史、数学、科学、剣術、マナーの家庭教師もやってくるようになった。
 前世の知識では、高貴な身分の人は、ダンスしたり、ヴァイオリンを弾いたりする勝手なイメージがあったけれど、そういった教育を受けることは全くなかった。
 とはいえ、7科目の授業を、毎日受けるのだ。結構いっぱいいっぱいである。ただ、早く一人前になるという目的があったので、嫌だと思うことはなかった。
 王子ということもあり、つけられた家庭教師は、皆超一流で、教え方も上手だったため、順調にこの世界の知識を得ることができた。
 僕は普通に勉強していただけだったのだが、前世で39歳まで生きた経験と知識があるものだから、各科目を習得するスピードが異常な程早かったようで、10歳になる頃には、僕は、『神に与えられた才能を持つ子』と呼ばれるようになっていたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

無自覚主人公の物語

裏道
BL
トラックにひかれて異世界転生!無自覚主人公の話

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

【連載】異世界でのんびり食堂経営

茜カナコ
BL
異世界に飛ばされた健(たける)と大翔(ひろと)の、食堂経営スローライフ。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

処理中です...