吸血鬼、アルロシオの愛しい生餌

雪紫

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「……んんっ……ぅ、ん……」

口が塞がれて、口内にアルロシオの舌が入り込んでくる。唾液というよりは分泌液に近い甘い体液を口を経由して注ぎ込まれた。
本来皮膚に付着するだけでも効果のある物が、体内へ直接入ったのだ。

「ぁ、……れ……、アル……」

身体が動かない。声も上手く出せない。至る所がじんじんと熱を持ち、痺れるような感覚に襲われた。

「食事をする時はこのくらい相手を麻痺させる。暴れられないように、逃げられないように……血を一滴残らず飲み干されそうになっても、お前はただ黙ってゆっくり死を受け入れるのみだ」

大きな白いベッドは、まるで白い皿のようだ。皿の上には風呂に入って身綺麗になった動かぬ人間。
これが吸血鬼の本当の食事なのか。

「嫌なら声を上げろ、状態異常を治して人族の街へ送ってやる」
「ぜっ、たぃ、や、だ……」
「そうか」
「は、……ぅんっ、……っ」

アルロシオはいつも噛み付く首筋に顔を埋め、歯を立てた。
髪の毛が、息が、牙が、どんなものでも、当たるだけで箇所がざわめき出し、体験したことの無い快楽が生まれる。

皮膚にツンと牙が触れただけで快感を得ている。牙が皮膚を突き破り体内へ入ったら、自分はどうなってしまうんだろう。
血液が流れ、どくんどくんと脈打つ鼓動が煩く響く。

「……怖いか?」

顔を埋めたままアルロシオが声を出す。びくりと身体を揺らしながら、葉月は首を横に振る。
すると、プツリと聞きなれた音が聞こえた。

「あっ!、っ、……っ、……ぁ、……は、……」

はくはくと声にならない息を漏らし、葉月は絶頂を迎える。射精はしていない。腹の奥か、脳か、どこか分からない場所から波のように、全てを包むように覆われた。

「ハヅキ、まだ終わっていない」

チカチカ点滅する視界にアルロシオが映り込む。唇を塞がれると、体の異変が少し収まるのがわかった。

「食欲、性欲、睡眠欲、3つの欲求があるだろう。人間ほど睡眠欲はないが、我々は食欲と性欲を同時に晴らすことが多いんだ。血みどろになった人間を犯すことがな」

もう羽織るだけで衣服の意味を成してないガウンを捲られ、膝を持ち上げられる。依然として身体は動かないが、声は先程より出るようになっている。アルロシオは葉月が制止の声を上げるのを待っているようだった。

自分でも触ったことの無い部分を初めて触られる。痺れた身体では感覚は分からないが、快楽はきちんと読み取った。
長い尖りのある爪はどこへいったのか短くなっている。
血みどろとは程遠い行為だ。

「アルッ、ぁっ……るっ……」

名前を呼んでも返事はない。だが、時折確かめるように葉月を見ていた。
柔らかな肉壁を刺激され、中心から白濁を零す。力の入っていない身体だからか、そこもすぐに解される。

「どれだけ酷くしても、耐えるつもりだろう」
「俺、酷く、されてないし……」

人形のように身体を好きに動かされ、アルロシオの眼前に晒されるのは酷く羞恥を誘う。だが、痛みは微塵も感じていない。
声を低くしたり、言葉を変えてみても意味は無い。手つきに優しさしか感じないのだから。

葉月の身体にシーツを被せてから、アルロシオがガウンを脱いだ。共に就寝をする仲だが、肌を見たことがなかった葉月は、思わずじっと見つめる。

白い肌には、無数の傷跡があった。

「醜いだろう?私がまだハーフだった頃の傷だ」

アルロシオは現在、8割近く吸血鬼となっている。
吸血鬼と人間のハーフは生まれた時こそ種族の血の割合は5割5割だが、細胞同士が互いに攻撃しあい、徐々に吸血鬼の血が濃くなるのだ。

「治らない、の」
「まだ治癒力が人並みだったからな。言っただろう、幼い頃は人の街で生きていたと」
「人に、……」
「そうだ。見たことない父親は吸血した時に母を襲ったんだろう、母は人間だった。無理やり孕まされた吸血鬼の子であろうとも大事に育ててくれた。
吸血鬼が歓迎されてないことは知っているな」

葉月はこくりと頷く。
今から50年ほど前に感染経路が飛沫と血液の疫病が蔓延した。原因は不摂生で不潔な生活環境にあったらしいが、どこからか血を食料にする吸血鬼のせいだと噂されるようになった。それからこの国の人族は、吸血鬼を忌み嫌っている。と、本で学んだ。

「化け物と罵られ石をよく投げられた。抵抗すればするほど酷くなるから、無視をしていたんだ。私は人間の攻撃で深傷を負うことはないからな。だが、母は人間だ。気づかなかった、こんなにすぐに死ぬものとは」

悲しい話をしているが、アルロシオは困ったように口角を上げる。
今すぐ飛び上がって、自分より大きな身体を抱きしめたかった。

「泣くな、もう随分前の話だ。
母が亡くなってから、人間と接触するのは辞めた。困ることは無かった、1人でも」

葉月の頬を撫でながら、アルロシオは言葉を続ける。

「ハヅキと出会ってから、世界が変わったように思えた。お前が笑うと、私も嬉しい。母を亡くしてからは受け付けなかった人間の食事も、作るのも、……幸せだと感じたよ」
「ならっ……」

ここにいてもいいでしょ?離れようとしなくても、いいじゃないか。

頬に添えられていた指で、黙らせるように葉月の唇をやんわりと抑える。

「この森に、魔物がいると人が騒ぎ出している。吸血鬼がいると分かればどうなる事か……」

葉月に触れていた手が離れていく。

「怖いんだ。私のせいで誰かが傷つくのが、お前を失うのが。
私と共にいる人間は、皆ろくな目に合わんからな」

葉月はふるふると、首を横に振る。

アルロシオは森にある廃れた空き家に、もう7年以上は住んでいる。それなのに何故、今頃になって人々に吸血鬼の存在が伝わるのか。
答えは簡単だ。葉月が来てから、人に擬態して街に降りるようになったから。吸血鬼には必要のない、調味料や薬、野菜の種、どれも葉月の為に用意された。

(アルロシオのせいじゃない。俺のせいで、アルは苦しんだんだ)

「離れるきっかけができたから、ちょうどいいと思ったんだ。お前には人間と共に生きて欲しい。同じ人族に疎まれながら魔族と生きていくなんて、あんまりだろう?」

「っいや、いやだよ……!」

重たい腕を動かして、アルロシオの手を掴む。彼はこのまま飛んでいって、どこかに消えてしまいそうな怖さがあった。

「アルロシオのそばじゃないと、嫌だ」

無責任な願いだと言うのは分かっている。そばに居ることで、アルロシオを傷つけてしまうかもしれない。でも、離れるなんて考えられない。

「こんなこと、話すつもりはなかった」

まだほんの少し湿った黒髪に優しく触れるように、抱き寄せられる。こうしてアルロシオから葉月に触れた貰えて、嬉しくて再び涙が滲む。

「あ、アル?」
「お前を連れて行かないと告げた後すぐに、移動させようと……、だが、駄目だった。浅ましくもハヅキに触れたいと思ってしまった。近くに居ると危険があるかもしれない、そうと分かっていても、簡単に切り離せない」

アルロシオが葉月の顔を上へ向けさせ、唇を重ねる。麻痺を解くためだろう。指先が自由に動かせるようになった途端、両腕をよりキツくアルロシオに回した。

「ぅ、っ、ばかぁ……」

身体が動くようになったため、喋れるようにもなっただろう。だが、言いたいことがありすぎて言葉が出てこなかった。

「怖かったろう、ハヅキ。私はお前に酷いことをした」
「アルロシオと、いられなくなる方が怖い。アルは、ずっと優しかったよ……」

力加減など忘れて、葉月は二度と離れまいとめいいっぱい抱きしめる。

「離れんのは、嫌だよ……。もう俺と、離れようとしてないよね……?」
「ああ、……していない」

こうして本心を聞かせてくれた上で、今、アルロシオは葉月の腕の中、強く葉月を抱き締め返してくれている。

(良かった、本当に)

今までの不安が、安心に変わる。重く感じていた身体が、スっと軽くなったみたい。葉月はずっと入れていた腕の力を弛め脱力する。
アルロシオにもたれ掛かり猫のように擦り寄った。







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