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しおりを挟むリオの自室にあるこじんまりした書斎に、姿勢良く主が座っていた。窓から入る日差しが、艶やかなブロンドの髪に触れ輝いているように見える。
オメガであるのに首輪もつけてない項に自然と目がいく。夏であると言うのにちっとも日に焼けてないリオの肌は、酷く魅力的に見えてしまう。主に対し不躾な視線を無意識に送っていると、リオは椅子を回してこちらを振り返った。
「これ、兄の所に持って行ってくれないか」
判子の押していない目を通しただけの書類と、一通の手紙。近頃、リオの部屋とリオの兄マシューの書斎を行き来している気がする。
従者であり、側近のようなこともするシルヴェスター・ダニングは、この事が良いことなのか悪いことなのか判別が付かなかった。血の繋がりのある家族であるのに、関わることが少なかった兄と文面上だが関わるようになったのは確かにいいことかもしれない。そう思うが、何故か胸騒ぎがするのだ。
「失礼致します」
「ちょうど良かったよ、シルヴェスター。これをリオに。ああ、あの子も手紙を書いたのか。悪いね、行き来ばかりさせて」
体の弱いと言われていたリオの兄マシューは、複雑な表情をしながら書類と手紙を受け取る。初めてリオの手紙をマシューに渡した時は肌を昂揚させ、ひと目でわかるくらい喜んでいたというのに。中身はいいものでは無いのだろうか。
「良い内容では、ないのですか」
「あれから貰う手紙は嬉しいけど、内容はあまり嬉しくないんだよ。父に言われるまま、あの子には酷く当たったのにこうして直接じゃなくとも会話できるのはすごく嬉しい。けど、力になってあげれないのがもどかしい」
リオが何かに悩んでいるのは、長年務めている身だから分かるのだ。だが、聞いては行けない気がするスライは、近くにいることしか出来なかった。
「シルヴェスター、リオのことをよろしく頼むよ。君は、あれが好きだろう?だから僕は弟の望みは叶えたくない」
リオの望みを叶えることは、リオにとって悪いことなのかもしれない。意外にも弟に対する愛情が存在していたことに安堵する。
「もちろん、リオ様のことは主としてとても好いております」
「うんうん。もし君が、一人の人間としてリオを好きだと言うなら話がある。また連絡するからその時シルヴェスターの答えを聞かせてくれ」
「……畏まりました」
見通されている。スライがリオに主従以上の感情があると。それを認めてしまっていいものか、これも今は分からない。だがリオのためになるのであればスライはどんな選択をもするだろう。
「いい答えを待っている。手紙をよろしくね」
初めは、自分が守らねばと感じる庇護対象だった。
当時7歳だったリオには、味方が誰一人おらず初めてできた従者に強い信頼を寄せてくれた。誰にも頼らず生きてきたリオは歳の割には達観している部分もあったが、それは虚勢に過ぎない。脆い鎧で覆い隠されていただけだった。弱音を零されるのは頼られていると感じられ嬉しく思う。どんなことを言われようと自分だけはずっと味方でいようと強く思っていた。
半年前のあの出来事が無ければ、敬愛のまま留まっていたのだろうか。
「私が……ですか?」
「そうだ」
発情を治めるためにリオを抱けと、スライの聞き間違えでないのならそう言った。
「なんのために雇ったと思っている」と呆れた表情で、リオの父は言う。
「まあ断ってくれてもいい。その場合、顔を隠して発情期が終わるまで街にでも下ろすさ。アイリーン家と分からねばいいのだから」
「御館様、貴方は実の息子を、息子になんてことを……!」
そんなこと、リオにさせてたまるか。感情が昂って雇い主である御館様に声を荒らげた。
「発情が収まればいいと言うだけだ。屋敷で発情されては、マシューも困るだろう。あいつは体力がないからな。床に伏せている時に当てられて悪化したら事だ」
リオの気持ちは、一切考慮しない考え方だ。時期領主のマシューの体しか気にしていない。腸が煮えくり返る怒りを感じる今、自分が本当にするべきことはなんなのか、リオにとって一番いい選択は、なんなのか。出てこない答えを、頭の中で探す。
「やるかやらないか、どっちかだ。早くしろ。しない場合はお前が外に連れ出せ」
「引き受けます、私にさせてください」
「そう言ってくれると思ったぞ。あいつは離れにいる。くれぐれも首は噛むなよ」
返事も忘れ、スライは離れを目指した。
発情に当てられないための薬を規定の倍の量飲み、スライはリオがいる部屋を訪れる。部屋の外からでも、フェロモンを強く感じた。抑制剤を飲んだにもかかわらず、思考が鈍りそうだった。
その時のリオは今でも直ぐに思い出せるほど記憶に残っている。
初めての発情に戸惑い、恐れ、何度も「怖い」と口にしていた。幾度となく涙を流し、残った理性でスライを拒んでいた。スライがしなければ、リオは街に連れられ手近なアルファに犯されるのだ。そんな酷いこと、誰ができる。かといって、リオからすればどちらも酷いことには変わりない。
スライはリオを押さえ、小さな秘部に自身をねじ込み中に精を注いだ。
信用していた従者に無理やり抱かれ、裏切られたと感じたに違いない。
そんなことがあったにも関わらず、リオはスライを側に置いた。
「あまり覚えてないから」と、酷いことをしたスライを許した。目元は赤くなっていて、心身ともに傷ついた……傷つけたのは確かだった。
スライはこれを期に、心も身体も、もう二度と傷付けたくないと心から思った。
いつまでが純粋な愛情で、いつからが恋愛的な愛情か、はっきりとは分からない。はっきりと分かるのは、リオを心から愛していると言うことだけだ。
マシューからの手紙を渡すと、リオは微笑んでそれを受け取っていた。
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