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おさとうじゅっさじ

4.

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壮亮に褒められたら、いつも嬉しい。

勝手に褒められた気になって笑っていたら、やさしい力で頭を叩かれてしまった。


「アホ、顔キモイ」

「あ、やだやだ。にまにましちゃった。気を付けよう」


エントランスに足を踏み入れて、自分の頬をぺたぺたと触ってみる。

横で呆れた顔をしている幼馴染に首を傾げかけて、ぴたりと止めた。やるなと言われたのを思い出して顔を真顔に戻せば、ますます呆れられてしまう。


「柚、あいつと結婚してから顔の表情、緩みっぱなしだな」

「う、ええ……! やっぱり、そう思う?」


最近壮亮に注意される機会が増えた気がして、焦っていた。やっぱりうまくごまかせていないらしい。

遼雅さんの秘書にしてもらえたのもこの真顔のおかげだから、何とかして治したい。

どうしようか、と壮亮を見つめたら、可哀想なものを見るような瞳と視線が絡んだ。


「お前に真顔は無理だ。あきらめろ」

「ええ、前はうまくできてるって、言ってくれたのに!」

「もう無理だ。そのままで行け」

「ブスで嫌われないかな……」

「今の発言、聞いてたのが俺だけだったことに感謝しろよ、クソ」

「お化粧直してから戻る……」

「まあ、あれだ、顔のことは……。まあ、それなりにかわ……、か、か、か、かわいいから! 気にしなくて良いって……、おい……! おい!? 一人で喋らせるな! ボケ!」


後ろで何かを言っている壮亮から離れて、ふらふらと足を動かした。

エレベーターで最上階を選んだら、すぐに役員フロアにたどり着く。

自室へ行く前に化粧室に寄って、鞄からポーチを取り出した。

パウダーを塗り直して、ビューラーで睫毛をもう一度あげてみてから、最後にコーラルカラーのリップを塗り直した。

できるだけ綺麗にお化粧を直して、鏡の前で真顔を作ってみる。

お化粧一つで、とくに大きく変わることはないと知っているけれど、好きな人には、すこしでもかわいいと思ってもらいたい。


『ゆずは、かわいい』


「あー、うう、だめだ。にまにましてる……」


遼雅さんの声を思い出すだけで、ふにゃふにゃになってしまう。

どうしたものだろうか。

遼雅さんの瞳を思い返して、むっと顔に力を入れてみる。その表情がすこしおかしくて、一人で笑ってしまった。

なんだかんだと言いながら、壮亮は遼雅さんのことを気に入ってくれていたみたいだ。

うれしくなって、やっぱり鏡に映る自分は、小さなころの自分と同じように、にまにまと笑ってしまっていた。

はやく遼雅さんにも、たくさんお話したい。

結局また遼雅さんのことを考えてしまっている自分に気づいて、笑ってしまった。


「……だいすきすぎる、どうしよう」


13時までは、まだすこし時間がある。

ゆっくりと息を整えて、ポーチの中身を鞄にしまい込んでから、静かに化粧室を出た。

相変わらず閑散とした印象の廊下を抜けて、首から下げていたセキュリティカードを入り口にかざした。かちゃりと開錠した音が鳴って、ゆっくりとドアノブに力を入れる。

渡部長の事件があったからか、二日後には大々的に施工会社が入って、各部屋の扉が交換されることになった。

例にもれず専務付きの秘書室にも適応されて、普段部屋に入ることができるのは役員の皆さんと秘書課の社員だけになっている。

重要なものだから、つねに首にかけるようにしているけれど、失くしたら一大事だ。


室内は小一時間前にあったまま、静まり返っていた。遼雅さんはたぶん、役員室でまた仕事をしているのだろう。

静かに入室して、鞄を机の中にしまう。

紅茶でも淹れてこようかと思い立って、動き出しかけていた足をすぐに止めた。

たぶん、帰りが遅いことのほうが心配をかけてしまう気がする。何も持っていないけれど、とりあえず顔を出そうと決めて、役員室に足を向けた。


ノックは三回。

軽く鳴らせば、私が声をあげる前に「入って」と促されてしまった。


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