あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
上 下
72 / 88
おさとうじゅっさじ

2.

しおりを挟む
あの瞳には、本当に弱い。

こまって言葉に詰まっていたら、またたくさんキスをされるようになった。本当に遅刻してしまうんじゃないかと、毎朝はらはらしている。


「ずいぶんと噂されてんな。ブス秘書」

「うっ……、どうしよう」

「どうしよう、じゃねえよ、かわいいんだよボケ! クソ! ブス!」

「私は噂なんて、いいんだけどね。でも遼雅さんが心配。私なんかと噂になって……」

「あ?」

「うん?」

「お前馬鹿かよ」

「え、いまさらだよ」


何度も言った張本人の壮亮が、盛大に頭を抱えてしまった。また困らせてしまったらしい。


「アーーッ! クソ! お前は本当にバカだ。アホ、のろま鈍感」

「ご、ごめん」

「ああー!! もう、俺が悪かったよ。お前はどう考えても専務のお気に入りだろ、ベタ惚れされてんだろ」


砂を噛んでしまったような表情だ。

勢いよく捲し立てられて、吃驚している。私の瞳を見た壮亮が、もう一度ため息を作ってしまった。

たしかに、遼雅さんの姿を見ていたら勘違いをしそうになってしまう。遼雅さんのあまやかしは本当に危険だから。


「ううん、遼雅さんは、甘やかしたい人だから」

「ああ?」

結婚を決めた時にも、壮亮に吐かされて遼雅さんの悩みを話してしまっていた。

忘れてしまったのかもしれないと思ってもう一度同じことを告げてみたら、間髪入れずに凄まれる。今日はまた一段と機嫌が悪いみたいだ。


「今日、ご機嫌斜め?」

「ドアホ。ちげえわ。……甘やかすだけなら、こんなふうに外堀埋めたりしねえよ」

「そとぼり」

「外堀」

「うめる?」

「埋める」


言われている言葉の意味がよく分からない。首を傾げたら、壮亮がまた深くため息を吐いてしまった。


「お前、その顔やめろ、な」

「あ、ごめん」

「あのな、お前何回言ったらわかんの? ガキの頃からわけわかんねえ奴に、何回も何回も何回も何回も付け回されて、ヤバイ目に遭いかけてただろ?」

「ええ? そんなことな」

「あるんだよ。お前が気づいてねえだけだよ、アホ」

「ごめんなさい?」


壮亮はいつも手を握って歩いてくれていた。

おとなに声をかけられたら、まずは壮亮が話をすると決まっていた。一人の時は、喋っちゃダメだと言われていたし、彼氏ができたら、ちゃんと壮亮に報告することになっていた。

毎回ちゃんと守っていたから、遼雅さんのこともきちんと報告している。


「笑うと呼び寄せるんだよ、人間」

「にんげん」

「お前がかわ……かわい……可愛……、アー! クソ! ブス、……そう、お前がクソブスだからだ」

「う、うん。知ってる。……でもいっぱい遼雅さんの前でも笑っちゃってる。どうしよう?」

「うん、だからもう無駄無駄。お前どうやっても逃げらんねえよ、諦めろ」


ひらひらと手を振って、食べ終わったスプーンをお皿に置いてしまった。壮亮は、話は終わったとばかりにオレンジジュースを飲み始めてしまっている。


「逃げる? ことはないけど、りょ……、旦那さんが誰かを好きになったら……」

「はいはいはいはい。もういいって。お前さ、好きなんだろ? どうせ、もう惚れちまったんだろ」

「……ひみつにしてね」

「バレバレだわハゲ! どっからどう見ても幸せオーラしかねえわ! 馬鹿野郎! クソ可愛いな! クッソ」

「元気だね」

「ポジティブだな。……まあ、いいんじゃね。渡の件も、あいつが居たから何とかなっただろ。責任とって好きになってくださいとか言ってみれば」

「ええ、おこがましい……」

「喜んで飛びついてくるだろうよ」

「そんなことないよ」

「もう俺がいなくても大丈夫だ」


静かに笑って、ぐちゃぐちゃに頭を撫でてくる。

壮亮の瞳にすこしさみしくなって、じっと見つめたら「その顔やめろっつったろ、ばーか」とまた暴言を吐かれてしまった。

言葉とは裏腹に、やさしい目をしていると思う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

処理中です...