上 下
66 / 88
おさとうきゅうさじ

5.

しおりを挟む

私を撫でていた指先が、ぴたりと頬に寄り添う。

瞳はあつい。もう、ただそれだけで、何を提案されるのかわかってしまうから恐ろしいと思う。


「……今夜、きみを抱いても?」


絶対に私の意思を聞こうとしてくれる。そのたびに逃げ出したくなるのに、どうして私は頷いてしまうのだろう。

懇願する瞳に頷きたくなって、口を開いた。


「昨日も……、遅くまで、その」

「そうだね。でも今日もきみがほしい」

「お疲れではないですか」

「何度も言うけど、俺は柚葉に触れてる時が一番落ち着くから」


絶対に逸らさせない。まっすぐな情熱が胸に刺さって、あっけなく陥落してしまう。


「じゃあ、今すぐ、ぐっすり眠ってください」

「うん?」

「眠ってくれたら、……その、夜」

「柚葉さんは、本当に俺を煽るのがうまいね」

「……煽ってないです」

「はは、じゃあ、もったいないけど、柚葉さんの羽根の在処を今日こそ暴きたいから、寝ます」

「もう……、おやすみなさい」

「おやすみ。ゆずは」



本当に眠ってくれるのか半信半疑だったのに、案外あっさりと寝息が聞こえてきて驚いてしまった。

毎日ハードワークで、私にまで構っている。家でも仕事をしている姿を見るから、遼雅さんの頭の中はたくさんのタスクであふれかえっていることだろう。

すこしでも安らかに眠っていてほしい。

やさしく髪の毛を撫ぜれば、遼雅さんの頬がやわくほころんだように見えた。


休憩が終わってしまうまであと30分だ。

できるだけ体を動かさないように注意しながら、ゆっくりと髪を撫で続けた。

ふわふわと笑って、見るものすべてを安心させてくれるけれど、無防備なところを見せるような人ではないと思う。

いつもしっかりと線引きができていて、公私を分けている印象のある人だ。


「りょうがさん……?」


こっそりと声をかけて、ころりと寝返りを打つ姿にすこし笑ってしまった。

こんなにもぐっすりと眠ってしまえるらしい。こんなにうまく行くと、起こしてしまうのがもったいないくらいだ。

三回目の衝撃的なデートのときも、初めのころも、遼雅さんは私がすこし動くだけで目を覚ましてしまうほど、眠りが浅かったような気がする。

最近は私が起こすまで熟睡してくれているから、もしかすると、すごく安心できる場になってくれているのかもしれない。

思いあがってみて、一人嬉しくなってしまう。私のお腹に顔を寄せて眠っている遼雅さんの前髪を梳くように流して、もう一度囁いた。


「りょうがさん、もう時間になっちゃいますよ」


囁いているから、起きてくれるはずもない。

健康的な寝息に胸をくすぐられて、もうすこし眠っていてほしくなってしまった。

どうしようか。

そっと抜け出して、給湯室に洗い物をしに行ってから、時間ギリギリに起こしてあげればいいかもしれない。

眠っている間に私が抜け出したと気づいたら、遼雅さんはすこし拗ねたような格好をしてしまいそうだ。

想像できてしまうから、愛おしい。


「あとで、起こしに来ますね」


そっと囁きながら遼雅さんの頭を私の腿からおろして、代わりにクッションを挟んだ。遼雅さんが一瞬、すこしだけ眉を寄せたように見えて、こぼれそうになる笑いをこらえている。

こんなにも穏やかなお昼休みがあるのなら、毎日お仕事を頑張りたいと思えてしまうからすてきだ。

遼雅さんがくれるものは全部があたたかくて、胸がどきどきしてしかたがない。毎日、明日が楽しみになってしまう。好きの力の大きさで、足元がほわほわしてくる。


「ちょっと、給湯室に行ってきますね」


聴こえていないだろう人の耳に囁いて、頬を撫でた。

私が眠っている間、遼雅さんが額にキスをしてくれたり、頬や髪を撫でたりしてくれていることを知っている。

眠くて声をあげることはできないけれど、そのやさしい仕草がとても好きだ。

同じようにできているだろうか。


ひとしきり撫でて、静かに立ち上がる。

お昼用に拝借した二人分のティーカップを持って、そっと役員室を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
2021 宝島社 この文庫がすごい大賞 優秀作品🎊 24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

処理中です...