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おさとうきゅうさじ

1.

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「すごくおいしいです」

「よかったです」


何度見てもため息が出てしまいそうなくらいに、うつくしい微笑みだと思う。

高級なフレンチでも食べていておかしくないような感嘆なのに、彼が手に持っているのは私が作ってきたお弁当だ。

一緒にお昼を食べたいと誘われた次の週から、本当に遼雅さんはすべてのお昼休みを会社で過ごしてくれるようになった。

どんなに忙しくても、時間を調整して必ずオフィスに戻ってきてくれている。


朝はすこしだけ早く起きて、遼雅さんと一緒にリビングへ行くようになった。


『遼雅さん、私、起きますね』

『ん、ゆず、は?』

『はい』

『まって、俺もおきる』

『寝てていいですよ?』

『いやだ』

『いや、なの?』

『はは、うん。いやだ。ゆず、きすしたい』

『今日も?』

『いつも』


朝の旦那さんは、ちょっぴり子どもみたいな喋り方になる。細やかに笑って、やさしく唇を押しつけられる。

ちゅう、と吸い付いてすぐ近くでじっと見つめてから私が起こしかけていた体をやさしい腕で引いて、胸に抱き込んでくれる。


『あー……、ゆずは、かわいい……』

『ん、くすぐったっ』

『おれの、ゆずはさん』


やさしい温度は、いつもすてきな匂いと同じく、私のこころを、もっと眠っていたくさせてしまうから危険だ。とろとろの瞳とぱちりと視線がぶつかる。

首を傾げたら、もう一度ちゅ、とキスを送ってくれた。


『かわいい』

『ん、う、褒めすぎ、です』

『あはは。柚葉、おはよう』

『はい。遼雅さん、おはよう、ございます』


体をぎゅうっと抱きしめて、すこしはっきりした声で囁かれる。その間にも遼雅さんからの口付けがなくなることはないけれど、「お弁当、作ってもいいですか?」と聞いたら、渋々手を離してくれるようになった。


『お弁当は、たのしみです』

『ありがとうございます』

『料理中、ちょっとだけ、邪魔してもいいですか』

『ちょっとだけ、なら……?』


起きてすぐのキスはなくならないけれど、お布団の中で甘やかされる時間は少し減ったように思う。

代わりに、お料理中にふらりと近づいてきて、後ろから抱きしめられたり、不意打ちでキスをしてきたりするようになってしまった。


『ゆずはさん』

『はい?』

『背中、小さくてかわいい』

『きゃっ、突然触らないで、ください!?』

『あんまり手元ばっかりあつく見つめているから』

『ええ?』

『構って欲しくて、触ってしまった。怒ってる?』

『う、うう、おこって、ないです』

『よかった。柚葉さんは今日もかわいい。お弁当、たのしみです』

『もう……』


遼雅さんがあんまりにも上機嫌だから、何も言えないまま料理を続けてしまう。


遼雅さんからは、夜はすこし遅くなってでも家で食べるようにしたいと言われた。

「3食とも私の料理で大丈夫ですか?」と聞いたら「柚葉さんの手料理目当てに毎日頑張っています」と微笑まれてしまって、これもまた、何も言えなくなってしまった。

特段変わったところのない料理なのに、遼雅さんは本当に褒め上手だと思う。

今日も遼雅さんの褒め上手はいかんなく発揮されていて、ひとつ口に入れるたびに表情をほころばせて、目が合うたびに「すごくおいしい」とか「いつもうれしい」とか、やさしい言葉ばかりを選んでくれる。


「最近は、困ったことはないですか?」

「はい。特に何もないですよ」

「それは良かった。何かがあったらすぐに連絡してね」


穏やかすぎるくらいに平穏な時間を過ごしている。

総務部の仕事をしていたらしい時期からは考えられないくらいに平穏で、仕事に対してもより丁寧に、細かく気を配ることができるようになってきた気がする。

専務は何でも自分でしてしまうから、掛け合って、すこし私の仕事の分量を増やしてもらうようにしていた。


「疲れていませんか?」

「ふふ、大丈夫ですよ。……遼雅さんこそ、いつもわざわざお昼のためにお外から帰ってきてくださって……、無理をしていませんか?」

「あはは、大丈夫です。柚葉さんに会いたいだけです」


相変わらずとろけてしまいそうなくらいにやさしい人だ。あまい瞳に見つめられて、うっと言葉に詰まってしまった。


「かわいい」


遼雅さんは私が言葉に詰まるところを見ていることさえ楽しんでしまうみたいだから、困ってしまった。


「かわいくはないです」

「あはは、恥ずかしがるところがまた、どうしようもなくかわいいから困る」

「もう……」

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