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おさとうはちさじ

3.

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「だめ、です」

「うん?」

「お家みたいに、あまえたくなる、ので」

「はは、もう。かわいい」


素直に告げたら、もう一度つよく抱きしめられてしまった。


「もうすこしだけ」

「う……。もう、本当にそれ、弱いです」

「うん……。知ってるよ」


しばらく確かめるように抱いてから、ようやく腕の拘束を緩めてくれた。


「ゆずはさん」


遼雅さんの緩んだ腕の中で、すぐ近くにかがやく瞳の星をぼんやりと見上げていた。

同じように私を見つめている遼雅さんが、とろけそうに笑って、ちゅ、と軽いキスをしてくれる。淡い熱が混じり合った唇で、やさしい声を届けてくれる。


「なるべく早く帰るようにします」


いつもやさしい。私のことを尊重して、大切にしてくれていると思う。


「今も、早く帰ってきてくれていますよ」

「うん、きみに触れたくて、最近はずっと必死だ」

「あはは。そうは見えません」


私のわがままに答えようとしてくれているのに、いつも自分がそうしたいからしているだけだと言いきってしまう。


「そうか。それは良かった。柚葉さんの目に映る自分がすこしでもまともであればいいと思うよ」

「いつもすてきですよ」

「ありがとう。さみしい時は言ってほしい。俺が一番優先したいのはきみだから」

「遼雅さん」


——好きです。どうしたらいいですか。


「うん?」

「……いつも尊敬しています」

「はは、どうしたの。うれしいけど」


言葉に溢れそうなのに、結局蓋をしてしまった。ずるい考えで隣に居座る私を、どこまでもやさしい視線が射抜いてしまう。

すこしでも、私の好きのかけらが滲んで、遼雅さんの広い心をあたためてくれたらいいのになあ。 


「言いたくなったんです」

「柚葉さんはどこもかしこもあまいね。病みつきになる」

あたためてあげられたらと思うのに、結局は私があまやかされてしまうのだ。


「きみがあんまりかわいいから、攫われてしまわないか、毎日心配になる」

「誘拐犯は、こんなにセキュリティの効いたビルには入ってこられませんよ?」

「うん?」

「安心してください。ずっと安全なところにいます」

「あはは。安全なところかあ。柚葉さん」


問いかけるように、名前を囁かれる。首を傾けて見つめたら、とろけそうにあまい瞳が、熱を持って見つめてくる。


「自分でも最近知ったのですが、俺は結構、嫉妬をする方だって言いましたよね?」

「はい……。それがどう、」

「今日、一緒にランチでもいかがですか。少し時間がずれたから、二人で食べに行っても支障はないと思うんですが」


嫉妬とランチのお誘いの関係性が不思議で、思わず瞼を瞬かせてしまった。お昼は大抵遼雅さんは外勤中だから、こんなお誘いを受けるのもはじめてだ。

青木先輩が産休中だから、私は基本的に一人で食べることになっていた。

そのことを心配されていたのだろうか。

意図がわからず、かけられた時計をちらりと確認して、やんわり首を横に振った。

「今日は、そうくんと約束があるので、安心してください。一人ぼっちじゃないです、よ?」


壮亮が一緒なら、何も心配なことはないと思う。

普段は自分の席で食べていることが多いけれど、それも最近は鍵をかけるように指示をされて、とくに誰にも会わないまま、時間を過ごしていた。


「そうくんと一緒なら、危ないこともそんなに多くな……、っん」


安心して欲しくて呟いた声が、ぱくりと遼雅さんの唇に食べられてしまう。

目を見開いて胸に手を置いてみても、気にした素振りひとつなく、すこし強引に舌が割り入ってくる。誘うように舌をなぞられたら、考えをまとめる暇もなく、喉の奥から甘ったるい声が鳴った。


「りょ、がさ、」


必死に名前を呼んでいるのに、答えるように後頭部を大きな掌に押さえつけられた。

呼吸さえも飲み込むような激しさで、より深く口づけられる。

拒絶の全てを丸められて、ぴったりと身体を寄せられた。そのまま、すぐ近くのソファに体を押し込まれる。


「ん、ぅ……、だ、め」

「ん」

「じか、ん」

「うん」


必死で訴えているのに、退いてくれない熱が、何度も私の唇に遊びを仕掛けてくる。まるで、私が時間を忘れてしまうように唆しているみたいだ。


「そ、くん……、まって、る、から」


携帯に連絡が入っていることは間違いない。

唇が熱を持っている。

押し倒してきた胸に手で触れて、名残惜しそうに唇を離した人が私を見つめていた。複雑な色気を纏った瞳が、まっすぐに射抜いてくる。


「そうくん、ね」
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