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おさとうはちさじ

2.

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丁寧に言葉を返して、専務の後に続くように役員室に入った。

デスクへと歩いていく専務とは別に、ソファへと歩く。

コーヒーカップの中身は、綺麗になくなっていた。

安西社長はクリープを2つ使ったようだ。それとなく頭に記憶して、カップをそっと重ねる。


「柚葉さん」


丁寧に作業していたからか、不意打ちで呼ばれた気分だ。肩が上ずって、かちゃりと大げさな音が鳴った。振り返って、すぐ近くに遼雅さんが立っているのが見える。


「は、い?」

「今日もかわいいですね」

「は、い……?」


随分と唐突で、気の抜けたような返事になってしまった。私の顔を見て、遼雅さんは笑っている。

からかわれたのだろうか。考えているうちにもう一歩近づいて、いつものように頬に手を添えられる。

やさしい熱に触れられたら、何一つ言葉を紡げなくなってしまった。


「こんなにもかわいいのに、どうして驚いていたのかなって」

「ええ?」

「さっき、すごく驚いた様子だったけど、俺としては柚葉さんはずっとかわいいから、そう思っていることがまだ伝わっていないかなと心配になりました」


遼雅さんがたっぷりとあまやかしてくれるから、「かわいい」という砂糖菓子のようなあまい言葉は、つねに耳元に住み着くようになってしまった。

あまく囁かれたら、思わず胸をおさえたくなってしまう。

やさしい声色でこころに、反響し続けていると思う。


「遼雅さんのかわいいの判定は、すごく不思議で……、よくわからない、んです」

「そう? もっと細かく説明しようか?」

「せつめい、ですか?」

「例えば瞳が震えてかわいらしいとか、困ると声に詰まってかわいい音が出るとか、脚を爪先でなぞったら……」

「や、やめてください! だいたい、遼雅さんだって!」

「ははは、うん? 俺がどうかしましたか?」


今度こそ本当にからかわれていたみたいだ。やわく頬を撫でてくる遼雅さんの手首を掴んで、むっと睨んでみる。

それさえもかわいいと言ってしまいそうな瞳だ。

どうにか仕返しをしたい。唐突に思いつくまま、口を開いた。


「嫉妬しないんじゃなくて、とっても信頼しているんです」

「……うん?」

「遼雅さんがどれだけ頑張っているか、知っています。だから、どんなにお帰りが遅くても、さみしいなんて言わないだけです」


思った通りに口に出して、今更とんでもなく告白じみているような気がしてしまった。遼雅さんがすこし目をまるくしてから、まなじりをやさしく緩ませたのが見えた。


「さみしいと思ってくれているんですか」


本当に、墓穴を掘ってしまったような気持ちだ。

どう考えても筒抜けで、今更訂正のしようもない。面倒だろうから言わないでおこうと思っていたのに、ぽろりと出てしまった。

あきらかに、遼雅さんにあまえている証拠だ。


「あ、ええと……、その」

「柚葉さん」 


名前を呼ばれるだけなのに、抗いがたい感触がある。答えを促すやさしい音で、観念してしまった。

さみしいのは、遼雅さんの熱を覚え始めてしまっている証拠だろう。


「さみしいかもしれないですけど……。毎日抱きしめて眠ってくれるから、大丈夫なんです。朝、一緒にご飯を食べられるだけでも、たくさん元気をもらっています」


お荷物になりたいわけではない。絶対にそうじゃない。

遼雅さんにとっての心地よい場所であってほしい。だから、おかしな執着や、嫉妬なんて遼雅さんには絶対にぶつけたくなかった。

まっすぐに見つめて「わかってくれますか?」と首を傾げたら、遼雅さんが音もなく、すぐ近くまで体を寄せてくれる。


「今、すごい抱きしめたい。いい?」

「え、あ、どうぞ?」


言い終わる前にやさしい熱につつまれて、こころがほどけてしまった。

抱きしめられたら、さみしさなんてどうでもよくなってしまう。

いつもそうだから、きっと遼雅さんが帰ってきてくれるなら、私はどんなことでも許してしまうのだろう。


「あー、もう。本当にかわいい。かわいすぎて、参ってしまった」

「ん、耳、くすぐったい、です」


つよく抱きしめて耳元に囁かれる。

小さく抗議したら、遼雅さんの声がますます楽しそうに笑っていた。いたずらをするように「ゆずは」と囁き入れられる。


「あ、う、もう、それだめです」

「うん?」


遼雅さんのあまい声に囁かれたら、何も考えられなくなることに、気づかれているのだろうか。


「何がいや?」

「ん、いや、じゃない、けど」

「俺はもっと、くっついていたい」


真っ直ぐに囁かれて、胸に突き刺さってしまった。あつい吐息が耳に触れて、くらりと倒れてしまいたい気分でいっぱいだ。

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