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おさとうななさじ

6.

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「ふふ、もう。遼雅さん、真剣に見てくれてない」

「うん? 俺はいつも真剣に見つめていますよ」

「それは、またすこし恥ずかしいです」

「恥ずかしがりなところもかわいいから、結局惹かれて釘付けになる」

「もう、」

「キスしたい」


細やかな声に目を見開いてしまった。

私の感情なんて置いてけぼりで、遼雅さんの唇に触れられる。脈絡のない触れあいにもう一度呆然としてしまった。


「やっぱりかわいいです。……さっき、帰り際に駅前でケーキを買ってきました。食べませんか?」

「え、あ、ケーキ?」

「うん。前に買って帰ってきたら、柚葉さんが大絶賛してくれたから。通ったときに思いだして」

「ええ、あ、りがとうございます。……あ」

「うん?」

「そうくんからも、お昼にプリンをもらったのに、すっかり忘れて会社に置いてきちゃいました」


帰りはとにかく急いでいた。

お買い物をしようとばかり考えていたから、つい忘れて秘書課の冷蔵庫に入れっぱなしにしてきてしまった。

月曜には賞味期限が切れてしまいそうだ。がっくりと肩を落としたら、遼雅さんがまたおかしそうな笑い声をあげていた。


「柚葉さん」

「はい」

「今日は俺が買ってきたもので、我慢してくれませんか?」

「がまんなんて、そんな。……ありがとうございます。うれしいです」

「よかった。それじゃあ持っていくから、ソファで待ってて」


やわらかく微笑まれて、断る隙もなくうなずいてしまった。

相変わらず私の手の上から両頬を包んでいる手に、軽く顔を持ち上げられる。そのまま、もう一度唇に遼雅さんからのキスが降ってきて、何一つ言葉を返せなくなってしまった。


「かわいい」

「かわいくな、いれす」


喋っている途中に両頬に力を加えられて、言葉がうまく紡げなくなってしまった。


「うん? 聞こえなかった」

「うう、かわいう、ないれす」

「あはは、もう、本当に、どうやったらそんなにかわいくなれるんですか」

「む、う……、はなひて、くらはい」

「ああー、もう。かわいいな」

「りょ、がさん」

「じゃあ、離すかわりに、お願い聞いてもらえる?」

「……な、んれすか」


ぱっと手を離されて、抗議するように軽く睨んでみる。それもまったく効いてくれない遼雅さんがとろけそうに微笑むから、まいってしまった。


「あとで話すよ」


いたずらな笑みで流されてしまった。

問いを立てることもできずに、頷いてソファに向かった。

遼雅さんに触れられていた、手の甲があつい。

やっぱり平熱が高い人なのだと思う。

手持無沙汰でソファのクッションを抱えながらテレビを見つめて、キッチンから出てきた遼雅さんにあっけなく声をかけられた。


「ゆずはさん」

「はい?」

「隣、良いですか?」

「あ、どうぞ」


隣を空けて座りなおせば、ぴったりと横に座った遼雅さんの熱がルームウェアごしに伝わってくる。

すこしおかしな気分になりそうで、慌てて目をそらした。


「おいしそうです」

「それはよかった」

「あ、れ?」


ショートケーキはいっとう好きだ。

以前遼雅さんが買ってくれたときも、ものすごくおいしかった記憶がある。

思わず顔がほころんでしまうのだけれど、1ピースしか持っていない遼雅さんの姿に首を傾げてしまった。


「半分に切りましょうか?」

「ああ、大丈夫。ホールで買ったから、食べたくなったらいくらでも食べて良いよ」

「え、と……? 遼雅さんの分は?」

「柚葉さんが食べる姿を見ていたいから、大丈夫」

「うーん、と?」


微笑みながら、フォークで綺麗に一口分をとった人が、ショートケーキのかけらを乗せたそれを私のほうに差し出してくる。


「りょうがさん?」

「たべてください」

「えと、私、自分で」

「今日はあまやかすって言いました」


隣のひじ掛けのほうへと身体を後退させれば、同じ分だけ距離を詰めてくる。

すこしからかうような瞳に困り果てて、観念して口を開いた。


「……ん、おいしい、です」


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