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おさとうろくさじ
9.
しおりを挟む想像できない。
イメージが全くなくて、言われている意味を理解するのに時間が必要だった。ぼうぜんとしていれば、上のほうで笑い声が聞こえてくる。
抱き寄せてくれていた腕の力が緩んで、すこしだけ体を起こしてみる。私がそうすることを知っていたかのような顔をしている遼雅さんが、いたずらをする子どもみたいな声で囁いていた。
「さっきはかなり、気分が悪かったです」
「え、あ」
「柚葉が来てくれたから、元に戻りました」
「そ、れなら、よかったです」
「さっきの峯田さん、結婚式にもきていましたね」
「あ、幼馴染、で」
「会社も同じ?」
「ええと、そうですけど」
「そうなんだ」
聞いたわりに、反応がうすい。
相変わらず笑っているのに、あんまり気分がよさそうに見えないから不思議だ。こんなにも雰囲気に出してくることも珍しいと思う。
機嫌が悪いと、笑っていてもすこし、不機嫌なイメージが出てしまうらしい。相当近くで会話をしていなければわからないような変化だ。
「また、なにか、嫌なことがありましたか?」
真剣に聞いているのに、遼雅さんはすこし呆然としてから、小さく笑い出してしまった。
「あはは」
「ええ? なにが、おかしいですか」
「はは、ううん。俺のかわいい人は、すこし天然なところがあるな、と再確認していました」
「て、んねん……」
「かわいいですよ。俺はそういうところも、すごく惹かれます」
不機嫌だったり、たのしそうだったり、今日の遼雅さんは、とっても忙しい。
「柚葉」
「は、い」
「つまが頼るのは、誰ですか?」
見つめあって、遼雅さんの指先が、私のあごをおさえながら下唇に触れる。
たぶらかすような仕草だ。
まるで、答えを間違えたら、すぐにでも塞いでしまいそうな瞳で見つめてくる。
「こたえて?」
「……旦那さん、です」
「うん、きみの旦那さんは?」
「りょうがさん、だけ、です」
「うん、じゃあ、次は峯田さんじゃなくて、俺に守らせてください」
茶目っ気たっぷりに笑って、もう一度抱きしめてくれる。
どんなことからも守ってくれるのだと、無条件に信頼できる熱だと思った。抗うことなく背中に腕を回して、ますますつよくなる拘束に小さく笑っている。
もう、すきになっちゃいましたよ、遼雅さん。
助けてくれますか?
「お機嫌、直りましたか?」
「……柚葉さんを感じられたら、すぐ直るかもしれません」
10分なんて、すぐに過ぎてしまう。
ちらりとデスクに置かれている時計を見ようとしたら、意図に気づいたらしい人が、片手で時計を倒してしまった。
倒した手から辿るように遼雅さんの瞳に視線を戻して、あつく潤んだ熱に胸がほどけてしまう。
「りょ、う」
「もう、すこしだけ」
囁くまま、否定もさせてくれない熱が唇に触れる。可愛らしい音を立てたかと思えば、簡単に舌を割り入れてきて、下唇を舐めたり、齧ったりしている。
すこしも止まらなさそうな唇にくらりと参って、そのままあごから首筋に唇を寄せられたら、耐えられずに声が漏れた。
「かい、しゃ」
「うん」
「……っだめ、です、ん」
一向にやまないペースで、息がもつれる。抗議した私の指先を掴んだ王子様が、笑って提案してくれる。
「ゆずは」
「つづきは、今夜ベッドで」
「俺の機嫌直すの、手伝ってください」
危険な王子が恭しく口づける薬指に、逃げる場所すら浮かばない。
「本当、かわいい。俺の奥さん」
最後にぴったりと身体を結ぶように、あまくやさしく抱きしめられたら、指先なんて、ただずっとあついまま、痺れ続けてしまう気がする。
橘遼雅は悪い人です。
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