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おさとうろくさじ

2.

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落胆のような声に背筋が冷える。

長らく青木先輩に助けてもらってばかりだったから、自分で対処したこともなかったのだと今更気づかされてしまった。


『……橘専務に相談したら?』


青木先輩が心配そうな顔をしていたのを思い出して、素直にそうしておけばよかったなんて、すこし思ってしまった。


「すみません。さすがに一人では……」

「そうか、じゃあ俺が手伝う」

「え、あ、渡部長が、ですか?」

「悪いか? 一人では難しいんだろう?」


まさかの申し出に、さすがに声が絡まってしまった。渡部長がじっとこちらを見下ろしている。

まるで蛇に睨まれているような気持ちで、ひどく落ち着かない。

答えを出し渋っているうちに、渡部長はすでに決定してしまったらしい。


「きみは先にはじめていてくれ。すぐに向かう」

「あ、……はい。ありがとう、ございます」


何も訴えかけられないまま、結局鍵を受け取って、かすかに触れた指先に過剰なくらい体が反応してしまった。

かなりの苦手意識になってしまっていることを必死に隠して、渡部長の微笑みに言葉が凍り付いてしまった。


「あとで」


はじめて見たような笑顔だった。まるで、恋人に見せるみたいな。

しばらく立ち尽くして、結局一度デスクに戻って財布を鞄に入れなおした。

約束していた相手に“今日、だめになっちゃった。ごめんね”と送れば、すぐに携帯に着信が入る。


相手はもちろん金曜日のランチ相手である、私の幼馴染——峯田みねた壮亮そうすけだ。


「はい」

『だめになったって、なんだ?』

「そうくん? なんか、お仕事終わらなくて、ごめんね」

『ああ? 昼食えねえの?』

「うん、ちょっと、倉庫の片づけ? みたいな」

『わざわざ昼に?』

「……うん、渡部長が、一緒に手伝うって言ってくださって」

『はあ?』


相変わらず口の悪い男の子だ。

嫌悪感を隠しもしない壮亮が、何度か渡部長を「いけすかねえ」と言っていたのを覚えている。たぶん、私があまりにも注意を受けるから、心配してくれていたのだろう。


「はやく行かないとまずいから、もう切るね。今度の時、お菓子おごるから」

『おい、』


壮亮が何かを言いかけていたけれど、さすがに時間がない。

携帯も鞄の中にしまい込んで、ようやく秘書室から飛び出した。エレベーターに入って1階を選択すれば、他のどの階にもとまらずに1階へとたどり着く。

エントランスへ出ていく人の波を見ながら、反対方面に足を進めて、人影のないほうへと突き進んでいった。


遼雅さんは今頃、ちゃんとお昼ご飯を食べられているだろうか。朝はしっかり摂っていたけれど、今日の商談さきは、かなり話が長引くことが多い相手だと知っている。

ふとした瞬間、あっと声をあげる束の間、怒りたい時、思い悩むとき。

何でもないそのときどきに、切り取ったどこかの、何気ない存在について声に出して伝えたい相手とは、いったいどんな存在だろう。


ただしく恋なら、すてきすぎて、まぶしい気がする。

それはまるで、遼雅さんの瞳のうつくしさのようだ。


誰もいない、会社の隅っこで、ほとんど確信している感情をひっそりと吐き下ろしていた。


手に持っている鍵を穴に差し込んで、くるりと回す。想像通りに開錠されて、それがどうしてか面白かった。

遼雅さんがあまやかしてくれるのなら、すこし、頑張ってしまおうか。



入室してはじめに、ほこりの匂いを感じていた。

あまり長時間いたくないような空気の淀み具合だ。どこかに窓があるのだろうか。真っ暗闇の室内に二歩目を踏み入れて、すぐ近くの壁に手を擦らせてみる。

ざらついた感触は、あまり清潔とは言い難い。

本当にこんなところに、設立からの資料が置かれているのだろうか。

会長の性格なら、まず初めにデータ化をしていそうなのだけれど。


「あれ……、でんき、ど、こ……?」


スイッチがなかなか見つけられない。ざらつく感触に眉を顰めながら、左右を両手で触ってみる。


「ん……? っきゃあ!?」

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