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おさとうごさじ
5.
しおりを挟む何のことなのか、見当もつかない。
すっかり頭から抜けてしまっていた私は、壮亮が言う通り、驚くほどのろまなのかもしれない。
気づかない私に遼雅さんは笑っていた。笑いながら唇を私の耳元に寄せて、誑かすように囁いてくる。
「昨日言ったでしょう。……俺はきみを抱きたいんです」
隠すつもりのない情熱で、胸が詰まってしまう。
何も言えない私の瞳を見て、誰に願うこともなく、当然のように唇にキスをしてくる。
やわく触れて、もう一度食むように触れさせる。無意識に遼雅さんの胸についた私の手を取って、そうあるのが当たり前みたいに繋ぎ合わせる。
「ひゃ、まっ、て……」
「きみは、待っていてくれなかったのに?」
横を向いて抱きしめられていたはずが、私の手を取ってくるりと方向を変えた人が、視界いっぱいに映っている。
押し倒されてしまったと気づくのに、すこし時間がかかってしまった。それも、両方の手を恋人のように繋ぎ合わされたら、衝動的に理解してしまった。
「俺も待たないで、今すぐもらおうかな?」
「遼雅さんっ、だ、だめです」
今、何時だろう。
焦って声をあげたら、不満そうな人が塞ぐように口づけてきた。良くないことが起ころうとしている。
朝から本気で仕掛けられたことがないから、狼狽えて仕方がない。
遼雅さんの熱に触れたら、使い物にならない。
あれはだめだ。だめだ。
ただそれだけがよくわかっていて、必死で遼雅さんの指を握りしめている。
どうやっても離れられないから気づいてほしくて握っているのに、上から覗き込む人は至極嬉しそうに笑って、とまってくれない。
「ぎゅうってして、かわいい」
「ん、ち、ちがう、やめてく、ださ……っ」
「うん? 柚葉さんも約束、守ってくれなかったのに?」
「あ、ごめんなさ、い……、ねむ、くて」
咎めているのか、それとも遊んでいるのか、わからないようなトーンで囁いていた。
笑い声が聞こえる。
喉の奥でくつくつと笑って、楽しんでいるようだった。あまやかされているのか、それとも違う何かなのか、わからない。
目が合ったら、うつくしい瞳がやわく眇められた。
「――じゃあ、今は眠くないから、付き合ってくれる?」
何回目のキスだろうか。
かわいいふれあいのように擦らせて、私の反応を見つめている。
頷いたら、今すぐ溺れてしまえる。
きっとたくさん抱きしめてもらえる。遼雅さんの一番近くにいることを実感できる。全部がすきなものでいっぱいになる。
正気でいられる自信がない。
「だめ、です」
「うん?」
「だめ……、ゆるして、ください」
必死に懇願したら、私の体に跨っている人が、片手だけ私の手を離して、頬を撫でてくれた。
遼雅さんは、あますぎる。
「じゃあ、さっきの、おしえてください」
「さっき、の?」
「ほら、夢に俺が出たって」
くすくす笑って、跨った姿勢で抱きしめられた。
安堵して息を吐いたら、もう一度くるりと体を転がされて、起きた時と同じように横から抱きしめられる。
「ただ、遼雅さんが笑ってくれている夢です」
「あはは、かわいい。そんなことを隠したんですか」
「だって、なんか、はずかしくて」
自分の感情が、おそろしくなっただけだ。
絶対に言ってはいけないから、上手に避けて、遼雅さんの胸に額を擦らせた。こんなにも安心できる場所になってしまった。こまってしまう。
「どんなところで笑ってるんですか?」
「うん? 遼雅さんが、ですか?」
「うん、気になる」
「ええ? うーん、普通に、お家で」
「うん、どうして笑ってるの?」
「えええ? どうしてだろう。すきなものを食べたんですかね?」
「あはは、すきなものか」
「はい、すきなものです」
「いつも腹ペコだからね」
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