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おさとうごさじ
2.
しおりを挟む顎の下に指先で触れて、顔の位置を固定される。
ぐっと引き寄せられたまま口づけられたら、くらくらしてとまらない。
簡単に舌が唇を割って侵入して、ぺろりと私のものに絡んでくる。
アルコールの匂いがする。
遼雅さんのにおいに混じって口内に触れて、脳がしびれてしまいそうだった。
「あんまり帰りが遅いから、怒っていますか?」
「ん、おこ、ってな、」
こころから言っているのに、信頼してくれていないのか、それとも私の回答が気に食わないのか。
くるりと体の位置を変えられて、背中に扉の冷えた感触がぶつかった。
上から見下ろす人が、声をあげる間もなくもう一度唇を寄せて、すべての言葉を食べてしまった。
「どうして遅くなるのか、おしえても、いないのに?」
どこかで、遼雅さんの鞄が落ちる音が聞こえている。
片手でフェイスラインを捕らえられたまま、もう片方の手を壁につかれたら、もう、逃げる方法も浮かばない。
必死に言われた言葉の意味を手繰り寄せて、それでもどうして遼雅さんがこんなことを言っているのか、理解できそうになかった。
遼雅さんは毎日、今からどれくらいで帰れる、と連絡を入れるようにしてくれている。
それのどこに怒るような要素があるのだろうか。
「あ、っまっ……ん、ぅ」
「すこし、怒ってもいいのに」
「お、こるような、こと、……、してな、い」
「うん?」
必死で伝えて、ようやく遼雅さんの口づけが止まってくれる。
至近距離で覗き込まれる瞳に、息がとまってしまいそうだ。そんなにもあつい目で、見つめないでほしい。
濡れた唇が見えて、すぐに目をそらしたくなってしまった。
もう、今すぐに陥落してしまいそうだ。
「遼雅さん、は、おしごとを、」
「うん」
「おしごとを、がんばっているだけ、です」
すべては会社のために、努力していることだと知っている。
プライベートな時間をゆっくり過ごしたいだろうに、懸命に動き回っているだけだ。それの何を、怒ればいいのだろう。
「きょうも、おつかれさま、です」
「……ああー、もう」
ふらふらだ。
今にも足腰がくずれてしまいそう。どうにか震える脚で立って、遼雅さんに伝えてみる。
やっぱりすこし、冷たく見えてしまったのだろうか。
でも起きていると遼雅さんは私をあまやかすことに精いっぱいになるから、あまりいいことではないと思う。
考えあぐねているうちに遼雅さんが俯くようにして私の右肩に額を押し付けて、項垂れてしまった。
「うん、と? 大丈夫ですか?」
「うーん……」
相当酔っぱらっているのだろう。
まだ木曜日なのに、頑張りすぎだ。どうにか疲れを癒してあげたいけれど、思い浮かぶ方法もない。
結局、自分がいつも家族にしてもらっていたことを思いついて、遼雅さんの頭に手を乗せてみる。
「よしよし、えらい、です」
「……うん?」
利口で、かしこくて、きれいに整えられたかわいい男の子みたいだ。
やさしく撫でてみれば、俯いていた顔を軽く上げて、とろけそうな瞳が上目遣いにこちらを見ている。
「遼雅さんは、今日のMVPです」
「MVP?」
「はい、今日も一日偉いです。佐藤はわかってます。でも、頑張りすぎは心配なので、今日ははやく眠ってください」
くりかえし撫でつけて、気持ちよさそうに目が細められたのが見えた。
すこしでも気持ちが落ち着くなら、私が遼雅さんのためになれることもあるのかもしれない。
「ああ、もう。……俺は怒ってほしかったのに、褒めてくれるんですか?」
「えっ、おこってほしいんですか」
初耳だ。
そんな趣味があったなんて知らない。唖然として手が止まったら、遼雅さんがすこし拗ねたような表情を作ってしまった。
慌てて撫でなおして、おかしそうに笑われてしまう。
気の抜けたような遼雅さんが、顔をあげてかすめるように唇にキスをくれる。
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