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おさとうみさじ
7.
しおりを挟む橘さん、もう好きになってしまいそうです。どうしたらいいでしょうか。
こまった。もう、降参です。
「よかった。それじゃあ、来週いいですか?」
「わ、来週は、はやすぎ、ます」
「そうかな?」
「だって、ええ? ほんとうですか?」
両親にお付き合いしている人がいることすら話してもいない。
突然すぎて、父は卒倒してしまうかもしれない。ただでさえ、姉が結婚するときにも泣きすぎて、母に引かれていた人だ。
急に思い返して微妙な気分になってしまった。
「もうすこし、そのお互いを……、知って……?」
「俺の全部、もう柚葉さんに見てもらって構わないですよ」
「また、そういうことを言……」
不自然に言葉が途切れた。
ちゅう、と音がして、離れる。
呆然とする私の顔を見て、橘さんが「どうですか」とあまく囁いていた。
何をされたのか、ようやく理解するころにはもう一度口づけられている。
「っん、ま、」
「柚葉さん、本当に身体、つめたいですね」
熱を灯すように、囁きながら顔のあちこちにキスを贈られる。
頬にも額にも、こめかみにも、耳にも触れられて、とうとうおかしな声が出た。
「あまい」
耳に囁かれて、のぼせそうになる。なにも、かんがえられなく、なってしまう。
「ご両親に、挨拶してもいいですか」
「ん、い、いです、けど……っ」
「よかった。早く結婚したい」
——柚葉さんと。
聞いたこともないような、あまいセリフが耳元で弾けて、とうとう肩にしがみついた。
特定の相手をあまやかしたい体質なのは、よくわかった。このままでは、本当に溺れてしまうと思う。
「柚葉さん」
「きゃっ!?」
ぐっと何かに持ち上げられて、身体が宙に浮いた。
あっさり私を抱っこしてしまった人が、耳元でくすくすと笑っている。進行方向を振り向いて、半開きのドアを足で蹴っているところが見えた。
さらに狼狽えてしまう。
意外に乱暴なところがある、なんて思っていられたのはほんの束の間だ。
柔らかくおろされて、覆いかぶさるようにベッドに乗り上げてきた人が、私の頬に触れる。
「あ……」
どこからどう見ても、寝室だ。慌てる私を見つめる人が、目を眇めて、ふわりと笑った。
逸らせない瞳の力に囚われている。
「柚葉さん」
「な、んです、か」
「……かわいい」
今度は許可をとることなく顔を寄せて、唇に触れられる。
リップノイズを鳴らして吸ったり、あまく噛みついてきたりしている。もう、ただわけがわからなくて、必死で橘さんのシャツに触れていた。
「あ、なん、で……んっ」
「俺の全部、知ってください」
「ぜん、ぶ?」
爪先で身体をなぞられる。
もう、何をしようとしているのかはよくわかった。
ただ泣きそうな目で、目の前の人をじっと見つめている。
「俺のこと、知ってもらう代わりに、柚葉さんのこと教えてください」
「私、ですか?」
「うん、それで、来週はご両親に挨拶に行こう」
「まっ」
「柚葉さん、指先が冷たい。抱きしめて良い?」
指先をとって、丁寧に一本ずつ口づけられる。おかしくなりそうなくらいにやさしくて、身体が震えた。
どうしよう。どうしたら。
そればかりが頭の中をぐるぐるしていて、「ゆずはさん、」と囁かれたら、音のあまさに震えて、意味も分からずに頷いていた。
契約結婚に、こういうことは含まれるのか。
「ああ、もう、かわいい」
どろどろにあまくて、ただおぼれてしまう。
翌日の朝、目覚めたら、今までにないくらいに自分の体が熱くなっていることに気づいた。しっかりと抱き込んでいるのは、平日毎日顔を合わせている会社の王子様だ。
うつくしい寝顔に狼狽えて、徐々に昨日の熱がぶり返してくる。
どういう表現が適切なのかは悩むところだけれど、あまりにも丁寧で、やさしくて、愛されていると勘違いするにはじゅうぶんな熱だったと思う。
これは溺れてしまうに決まっている。
どうにかどきどきする鼓動をやりこめたくて、顔を合わせている姿勢から、静かに身体を背けようとして、込められた力に止まってしまった。
「ん、ゆずは……?」
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