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おさとうふたさじ
9.
しおりを挟む喋りながら片方の手で私の髪を弄んでいる。
すでに家モードだ。
垂れ下がった私の手を拾って薬指を唇に近づけては、頬と同じように丁寧に触れる。まるで、そこにあるはずのものを確かめるようなキスだ。
「彼女とは、何もないです」
「ええ、と……?」
疑っていると思われていたのだろうか。驚いて顔を向ければ、すこし困ったような顔をしている遼雅さんが見えた。
「俺の奥さんは柚葉さんだけです」
「……はい、わかってま、す?」
「浮気してないですよ」
心の底から信じてほしい人にこいねがうような瞳だ。
うっと詰まりかけて、苦笑している。
この、私だけを考えているという主張に胸がぎゅっと痺れてしまう。
こんなにも素敵な人に懇願される不思議と、そうさせてきた人たちへの遼雅さんの苦労が垣間見えて、どんな顔を作ればいいのかわからなくなってしまうのだ。
「ええと、わかってます、よ?」
そもそも私たちは契約結婚だ。とはさすがに言わずにつぶやく。
私の声にまだ納得できなさそうな人が、自分のポケットを弄って、携帯を取り出した。
「遼雅さん?」
「携帯、見ますか?」
以前一度言われたことがあったにもかかわらず、二度目も新鮮に驚いてしまった。
私の反応を是と受け取ったらしい人が携帯を操作し始めそうになっているのを見て、慌てて遼雅さんの大きな手を握った。
「うん?」
「だめです」
「だめ?」
「そのあまやかしは、だめです」
なるべく楽しく二人でやって行こう、と話したときに、人を依存させるような行動をしてしまったら、声に出してほしいとお願いされていた。
咎めるようにつぶやけば、後ろで遼雅さんが黙り込んでしまう。
「遼雅さん?」
「ごめん、完全に、柚葉さんに知ってほしくて、暴走しました」
「う、」
理由までかわいらしいから、依存したくなってしまうのだろう。抱きしめる腕の力が緩んだ隙に、上体を捩って遼雅さんのほうを振り返る。
予想通り、少し困ったような笑みを浮かべている。
もう、どうしてそんなにも可愛らしいのだろう。
「遼雅さん」
「うん?」
「すこしも疑ってなかったので、安心してください」
真剣に言って笑ってみれば、遼雅さんの瞳が揺れた。同時に体から力が抜けたらしい遼雅さんの手が、ぎゅっと私を抱きしめてから、もう一度見つめ合う姿勢に戻してくれる。
「……ああー、もう」
「遼雅さんの奥さんは、私です」
「うん」
「試したり、勝手に疑ったりしないですから、安売りはダメですよ」
背の高い、大きな人を諭している自分が不思議だ。
しゅんとしてしまった人の頭を柔く撫でて、目をまるくした遼雅さんに思わず笑ってしまう。
「ふふ、」
「……ああ、もう、だめだー」
ふにゃふにゃになった遼雅さんが肩に頭をこすり付けてくる。その匂いでさえやわらかくて素敵だから、橘遼雅は危険なのである。
「遼雅さん、もう、私帰らないと」
「うん」
「遼雅さん?」
「柚葉さんの唇に、キスしてからでもいい?」
ぱっと顔をあげて、首をかしげていた。そのくせに、私が吃驚しているうちに、唇に柔らかに乗せられてしまう。
「ああー、かわいい」
「りょう、」
「……あと、もう一回抱きしめて良いかな」
「10秒だけ、なら……?」
疑問形の私なんて気にしない遼雅さんの熱に、すっぽりと包まれてしまう。こうなると全部がどうでもよくなるから本当に危ない。
「かわいい、はやく帰りたい」
「はい、待ってますね」
「ああ、もう。……今すぐ食べたい」
「りょう、」
「ゆっくり待っててね」
橘遼雅は危険です。
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