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おさとうふたさじ
1.
しおりを挟む遮光ばっちりのカーテンは、これまた遼雅さんが選んだものだ。
結婚して家庭を持つなら、家の内装にはこだわりたいと言っていた。お互いの部屋から持ち出してきたものもあるけれど、基本的には買いなおしたものが多い。
すべて遼雅さんが良いと思うものにしていた。センスが良いと思う。
何を持ってきてくれても基本的に断ることなく受け入れてしまうのはそのせいだ。
ぼんやりと思って、体全体を包む熱の正体を見上げる。
いつも完璧に微笑んでいる唇は、やわらかくほころんだまま、綺麗に色づいている。眠っていてもなお、美しさが損なわれないから、天性の人誑しだと思う。
あの衝撃的な傷害事件から、気の進まなさそうな遼雅さんと3度デートを重ねた。
すべて会長の指示だったけれど、その中で、あれだけ渋っていた遼雅さんが、なぜ結婚に踏み出そうと思ってくれたのかはいまだに謎である。
じっと見つめていれば、なかなか起きない人の腕に優しく抱き込まれた。
遼雅さんはやっぱり私が思っていた通り、すごくいい匂いがする男性だ。ついでに腕の中は心地よくあたたかい。
『抱きしめて眠ってほしいんです』
本当に、遼雅さんでなければ、ドン引きされてしまうような言葉を持ち掛けたと思う。
あの発言のあとに契約結婚を持ち掛けてくれたのだから、遼雅さんは、お互いが得をする関係になっていないことを懸念していたのかもしれない。
とことん優しい紳士だ。
自分でも驚くほど極度の寒がりだ。冬は寒さに目覚めてしまうことも多い。
体温の高い誰かに抱きしめて眠ってもらえるだけで睡眠の質がまったく違うことに気づいてからは、あたたかそうな人を見るだけで、うらやましい気分でいっぱいだった。
ほどよく熱い胸に触れて、静かに頬を寄せてみる。
何と素晴らしい朝だろう。
遼雅さんと結婚してからは、ほとんど睡眠不足に悩まされることもなくなった。
他の理由で眠れないときもあるのが、ちょっとした悩みになったのだけれども。
「あったかい」
「……あんまり可愛らしいと、起き上がりたくなくなるよ」
「わ、」
頭上から囁かれる声は、適度に低くてあまい。寝起きでさえこんなにもセクシーな声が出てしまうのだから、やっぱり遼雅さんはずるいと思う。
顔をあげれば、すぐ近くで微笑んでいる。
すでに甘やかしモードになっているらしい旦那さんが、当然のごとく頬に指先で触れて、やわく撫でてくる。
「遼雅さ、」
「ゆずは」
小鳥の口づけのような、かわいらしいリップノイズが耳元に触れた。
至近距離で私を見つめる瞳は、どこまでもやわらかい。
「かわいい。もう一回、良いですか?」
「……だめ、ですよ、起きないと」
毎日このやり取りをしているのに、遼雅さんはすこしも飽きないらしい。
付き合っていたらそのうち許可を取る気もなくなった遼雅さんに、唇が熱くなってくるまで続けられてしまう。
さみしそうな瞳に声がうっと詰まっても、知らないふりをして、体を背けた。
起き上がろうとしたところでぎゅっとお腹に腕を回されて、遼雅さんの熱に逆戻りする。
「も、遼雅さっ」
「可愛い奥さん、もうちょっとだけ」
「遅刻しちゃいます」
「うん、でも昨日のきみが早く寝てしまったから」
すり、とうなじに額を押し付けられる感触で、くらくらしてくる。契約結婚とは、本当にどういうことなのだろうか。
「あまやかしたくて、たまんない」
言いながら、簡単に私の体をくるりとひっくり返して、もう一度視線を合わせてくる。
目が合ったら、何の面白みもない私の顔を見て、あまいアイスキャンディーを溶かしてしまったみたいな笑顔を作ってしまった。
「柚葉さん」
「ん、なん……っ、ですか」
ちゅ、ちゅう、と飽きもせずに繰り返し唇を寄せて、私の声にとろけそうに笑う。橘遼雅は危険な人だ。
「可愛い。可愛すぎる。――食べちゃいたいくらい」
「っん、だめです、今日は9時から商談……っ」
「じゃあ、今夜はいいんですか?」
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