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プロローグ

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まだセミの声が残る九月の終わり。
放課後、私の家にドレスを着たふわふわのくまのぬいぐるみを連れてきたのは、日に焼けた肌に短い髪、目つきの鋭いつり目の男子、千山 颯太(ちやま そうた)くんだった。

「わあ、結構大きいぬいぐるみだね」
私の言葉に颯太くんがうなずく。
「デカい分、服がすげーんだよ」
颯太くんの言う通り、ミルクティー色のくまのぬいぐるみが着ているラベンダー色のドレスには、うっとりするほど細かなレース刺繍がほどこされている。前に写真で見た花嫁さんのドレスみたいだ。

「ですが、こんな衣装で動き回っては、服がいたんでしまいませんか?」
いつもていねい語な私の親友、内野 咲歩(うちの さほ)がそう言う。
咲歩は三年生からの友達で、五年生になった今年はクラスが離れてしまったけど、変わらず私の一番の親友だ。
色白な肌につやつやの長い髪を後ろで二本三つ編みにしてある。
目は長い前髪とぶあついメガネに隠れていて見えないけど、ほんの時々チラッと見える顔はすごく可愛い。ような気がする。

「服なら俺が着替え作るし、やぶけても直す」
「え、そーたくんって服も作れるの?」
「型紙通りに切ってぬうだけだし、樹生《いつき》さんのウデなら十分作れんだろ」
颯太くんは見た目もワイルドだし口調も乱暴だけど、私と同じ手芸部なんだよね。
「へー、わたしも作ってみようかな」
私、樹生 みこと(いつき みこと)は家のぬいぐるみ達を思い浮かべる。

「でも、こんなに大きなぬいぐるみで、千山さんは条件が守れるのですか?」
咲歩の言葉に、私も颯太くんの顔を見る。
「『最後まで大事にする』だろ? 最後っつーのが俺の最後だかこいつの最後だかわかんねーけど。俺は大学生になっても社会人になっても、やっぱジョセフィーヌをそばに置いとくと思うんだよな」

「「ジョセフィーヌ!?」」
私と咲歩の声が重なる。
「おっ、俺がつけたんじゃねーよ! 元々そういう名前だったんだ!!」
普段から大きい声の颯太くんが怒鳴ると、戸棚のガラスがビリビリ音を立てた。
颯太くんが言うには、くまについていた紙のタグにそう名前が書かれていたらしい。

「ジョセフィーヌちゃんには、この色の糸で、こんな図案はどうかな?」
私は刺繍《ししゅう》の図案が並んだ本を指して颯太くんに聞く。
「お、いいな。位置はこの辺にぬえるか?」
「うーん、大丈夫だと思う、多分」
「そんなら助かる。ここなら服デザインに響かねーからな」
そんなことまで考えてるなんて、さすが颯太くん。

そう思ってから、私は何だか急に不思議な気持ちになる。
だって、二学期のはじめまで私は颯太くんとはほとんど話をしたこともなくて、それどころか時々にらんでくる怖い人だと思ってたから。

咲歩とはずっと仲良くしてたけど、まさかこんな風に私のヒミツを……、私が魔法を使うところを見せるような関係になるなんて思ってもいなかったし。

私は箱からキラリと輝く金色の魔法の針を取り出すと、一つ深呼吸をした。

「いくよ、いい?」

咲歩と颯太くんがそろってうなずく。
私は金色の魔法の針に、まっすぐまっすぐ糸を通す。
すると、針からキラキラの魔法があふれて、糸を伝って私に届く。
心臓が、どきんと大きく鳴る。
このドキドキが、私は最高に好きなんだよね。

私はジョセフィーヌちゃんに慎重に針を入れながら、あの日のできごとを思い出した。
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