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7話 隠し事とスライム少年(3/6)

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「昨日は楽しかったねっ」
「うん。貝割、綺麗だった……」
朝食の並んだ食卓で、うっとりと目を細めるライゴとシェルカ。
手の止まっている二人をザルイルがひと撫でずつして「口が休んでいるよ」と続きを食べるように促している。
うーん、この人は注意の仕方も紳士だな。
「そんなに喜んでもらえたなら、私も手配した甲斐があったよ」
そう言うザルイルも、ライゴ達と同じ嬉しそうな顔をしている。
多分、そんな三人を眺める俺も同じような顔をしてるんだろうな。

ライゴとシェルカが楽しみにしていた貝割というのは、クラッカーのような物だった。
違ったのは、紙筒ではなくそれが巻き貝に近い物で出来ていた事や、それを割った時に広がった光景がとても一言では言い表せないほどに幻想的で美しかったことだろうか。
虹とか朝焼けにオーロラと星屑を詰め込んで作ったんじゃないかと思うような、色鮮やかに移り変わる七色の景色が周囲に広がって、子ども達は大喜びしていた。

俺は昨日の光景を眼裏に浮かべながら箸を口に運んだ。
うん。やっぱり箸で食べる食事はいいな。ホッとする。
これは、昨日建材の余りでレンティアさんが作ってくれたものだ。
熱に強く口に入れるのに向いている木が余ったので、食器かカトラリーでも作ろうかと言ってくれたレンティアさんに、俺は思わず箸と菜箸をねだってしまった。
箸という存在を知らないレンティアさんだったが、このシンプルな作りのおかげで俺にも難なく説明できた。

「……ヨウヘイ、尋ねてもいいかい?」
「え、なんですか?」
ザルイルの声に、俺は隣を振り返る。
今までは食費が節約できるからと俺は食事を実寸で食べていたんだが、昨日はお客の前という事もあり、俺も皆と同じ大きさで同じ食卓で食べた。
それをザルイルが気に入ったらしく、今後は一緒に食卓を囲もうと言われた結果、こうして同じ食卓についている。
まあ、俺としては今までも同じ食卓についていたつもりではあったんだがな。
彼らにはそう思えなかったんだろう。
「答えたくなければ、答えなくてもいいんだが……」
相変わらずのザルイルの遠慮ぶりに苦笑を堪えつつ「何でも聞いてください」と答える。
「昨日……、ニディアに何か渡していたようだが、あれは一体……?」
「あれは折り紙の……ええと、紙で作った花ですよ」
「ハナ?」
ああそうだった、この世界に花は無いんだったか。
んんん? 花を知らない人に、花ってなんて説明したらいいんだ……?
いや待て。蜂蜜があるなら、名前こそ違っても花自体はあるんじゃないか……?
考え込む俺に、ザルイルは質問を変えてきた。
「リーバには何も用意してなかっただろう?」
ああ、それなら答えられるぞ。
「ニディアは特別だったから、ですね」
「……特別……」
笑って答えた俺を、ザルイルはじっと見つめたまま俺の言葉を小さく繰り返した。
ニディアに渡したのは、折り紙の薔薇だ。
一昔前に流行って、散々作ったおかげでまだなんとか作り方を覚えていた。
ちょっと特殊な折り方で、徹底的に折り目をつけた紙を少しずつ薔薇の形に整えていく。あれが俺の作れる中では最高難度の、まあ一番見栄えのいいやつだと俺は思っている。
ビーズとかがあれば、そういうキラキラしたのの方が喜ばれたのかも知れないけどな。もしかして、ビーズ的な物もこの家にないだけで売ってるとこがあるんだろうか。
「そのハナという物には、何か特別な意味があるのか……?」
「特別な意味……?」
ザルイルに問われて、しばし考える。
なんだろうな。赤い薔薇の花言葉……とかなら、なんか情熱的な感じのがあった気がするが、俺はそういうのわかんないんだよな。
「……っ、いいんだ……。ヨウヘイが、言いたくなければそれで……」
じわり、とザルイルが俺から逃げるように視線を外した。
言いたくないってわけじゃないんだが、よくわかんないんだよな。
「いや、俺にはよく……」
「父さんっ、ニディアは今日が誕生日なんだよ!」
どこか慌てるようなライゴの声に、シェルカも続く。
「シェルカは今日プレゼント作る予定なのっ」
「……誕生日……?」
二人の言葉に、ザルイルの下がりかけた耳がぴょこっと持ち上がる。
「僕も、昨日はヨーへーのプレゼント作ってたら間に合わなくなっちゃって……。明日渡そうと思ってるんだ」
「誕生日……。ニディアは誕生日だったから、特別に贈り物をしたということかい?」
ザルイルに念を押されて、俺は頷く。
「そうですよ?」
俺、さっきもそう言わなかったか?
「そうか。……そうか……。それなら、私も何かニディアに用意しようか。明日はなるべく早く仕事を上がって、買い物をして帰ろう」
なぜか急にザルイルの尻尾がパタパタし始めたが、食事時なのであんまり埃が立つような事はやめてほしい。
ザルイルはもしかしてプレゼント好きなのか?
確かに俺にも凝ったものを用意してくれてたもんな。

「ねえ父さん、ご飯が終わったら僕と遊ぼうよ。プラットしたいな!」
最後の一口を飲み込んだライゴの期待に満ちた声に、ザルイルが少し困ったような顔をした。
『プラット』はチェスと将棋を足して割った感じのテーブルゲームで、最近ライゴがハマってるんだよな。盤面とコマの見た目はチェスに近いが、取った駒が使えるルールは将棋に近い。
「せっかくの誘いをすまない。少し残っている仕事があるんだ……」
ザルイルは昨日のパーティーのためにちょっと無理して前日の仕事を上がって準備をしてくれたらしく、持ち帰り仕事があるのは俺も聞いていた。
「えぇー、父さん遊べないのー?」
不満げなライゴの頭を、ザルイルは慰めるように撫でる。
「昼までには終わらせるから、その後はたくさん遊ぼう」
「んー……、うん。……絶対だよ?」
少しだけ寂しげにライゴが言えば、ザルイルは「必ず」と頷いた。
ザルイルも昨日の今日で疲れてるだろうに、良いお父さんだよなぁ。なんて思っていたら、不意にザルイルが振り返る。
「私は一玉ほど自室に篭ってもいいだろうか?」
『ヒトタマ』はあの三時間ほどでひっくり返るサイズの時計が一度返る分、つまり約三時間だ。
「はい。こちらは俺が見ておきますから、ゆっくりどうぞ」
笑って応えれば、ザルイルからホッと安堵する気配がした。

***

「父さんまだかなー。遅いなー……」
ザルイルが自室に引っ込んでまだ二十分と経ってない気がするが、ライゴのその台詞は既に五回は聞いた気がするな。
俺は洗った食器をシェルカに渡しつつ、ソファがわりの大きなクッションの上でゴロゴロと転がるライゴに声をかける。
「ライゴもこっち手伝ってくれよー」
「うーん……今忙しい……」
どこがだよ。待ちくたびれてるだけだろう。
「今何してるとこなんだ?」
「今、ニディアのプレゼント考えてるー」
なるほど、アイデアを出してるとこなのか。
「皿を片付けながら考えると良いアイデアが出るかも知れないぞー?」
俺の言葉に、のそりとライゴは顔を上げた。
「……じゃあ、そうする」
トボトボとやってきたライゴに拭いたカトラリーを渡せば、黙々と引き出しに片付けている。
さすがザルイルの子というべきか、ライゴもシェルカも素直で可愛いよな。
そのしょんぼりと下がった耳も、尻尾も、ライゴの気持ちを言葉よりもハッキリ示していた。
せっかくの休みだもんな。遊んでほしかったよな。
シェルカまでが、そんなライゴにつられてか、しょんぼりと耳を垂らしはじめている。

そんな明らかにしょんぼりされると、どうにも励ましたくなっちゃうよな。
俺は苦笑を滲ませながら、なるべく明るく二人に声をかけた。
「二人とも、俺と一緒にお弁当を作って、皆でピクニックに行こうか」
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