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6話 俺は『お母さん』ではない(4/6)

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なっ!? ライゴ、いきなり再婚の誘いとは直球だな。
俺は、お茶のカップを傾けつつ、テーブルの端に座るザルイルをそっと盗み見る。
どんな顔をしてるんだろう。心痛めてはいないだろうか。と。
しかし、ザルイルは平然と答えた。
「お前達にはヨウヘイがいるだろう」
「!?」
途端、飲み込みかけてたお茶が気管に入る。
いやいや、待て待て。
「え? ヨーへーって母さんだったの?」
尋ねるライゴにザルイルは少しだけ首を傾げて、尋ね返した。
「ライゴの欲しい『母さん』とはどんな者なのかな?」
ゲホゲホむせる俺を置いて、話が進む。
「えっとー、僕達と遊んでくれて、ご飯作ってくれて……」
ライゴの言葉に、シェルカがコクコクと頷きながら言う。
「ヨーへーは、シェルカと遊んでくれて、ご飯作ってくれる」 
「僕達を可愛がってくれて……、あと、寝るまでそばに居てくれたり、本読んでくれたり、ぎゅってしてくれる……人?」
「うんうんっ、ヨーヘーはシェルカ達にそういうの全部してくれるよね」
シェルカがふわふわのパステルピンクの耳を揺らして、コクコクコクと一生懸命頷いている。
「本当だ……!」
ライゴがポンと両手を叩いて、大発見だと言わんばかりに目を輝かせて言った。
「ヨーへーが僕達の母さんだ!」
いやだから待てって。その条件に性別は含まれないのか?
だとしたらザルイルだってお前達の母さんじゃないのか??
一刻も早く突っ込みたいのに、俺はまだ涙目で咳き込んでいた。
「大丈夫かい?」
そっと背中に温かい手が添えられる。ザルイルが俺の背を撫でれば、横からシェルカも同じように小さな手で背を撫でてくれた。
「だ……だい、じょぅ、ぶ、です……っ」
ところどころ詰まりながらも答えれば「あまり大丈夫ではなさそうだ」と呟いたザルイルが小さく何か唱える。
すると、胸の苦しさがスッと消えた。
ああ、何か魔法を使ってくれたのか。
「ありがとうございます……」
今度はつかえずに言えたお礼に、ザルイルは「お安い御用だよ」と微笑んだ。
咳き込み過ぎて傷んだ喉をお茶で潤そうと、俺はカップを手に取る。
「ねぇ、ヨーへーのこと、これからは母さんって呼んでもいい?」
ぴょこんと俺を覗き込むようにして尋ねたライゴの言葉で、お茶はもう一度気管に入った。

***

「……じゃあ、ライゴとシェルカには最初から母親はいないんですか?」
「ああ、そういう事だね」
ザルイルの説明によると、ライゴとシェルカはザルイルの体の一部から生み出された生き物なのだそうだ。
なるほど、そういう可能性もあったか……。それは、まるで考えてなかった。
ってか、俺よりザルイルの方がよっぽど母親じゃないか。
二人の母親問題については、俺が勝手に思い込んで心配していただけで
最初からそんな問題は無かったんだ。
……なんだか自分が滑稽で恥ずかしい。
俯いた俺の横で、ザルイルが「おっと」と零した。
ザルイルの視線の先では、走り回っていたライゴが躓いたのか、慌てて姿勢を整えるところだった。

食事が終わって、俺達は全員で巣の外……出来たばかりの庭に出ていた。
巨体に戻ったリリアさんが、ザルイルと俺へのプレゼントだと言って、巣の周りに庭を築いてくれたんだが、これがまた……。
「庭……広いですね」
「ああ、まあ……リリアがやればこうなってしまうだろうな」
見渡す限り続く広大な庭はリリアさんの巨体で整地され、あのパチの巣が下がっていた木も含め、辺りには草木や岩の一つも見当たらなくなっていた。
「後で少し、木を植えておこうか……」
ザルイルの呟きに、俺は苦笑を滲ませつつ「お願いします」と答える。
子ども達は広い場所が嬉しいのか、さっきから延々と走り回っている。
まあ、正確には足の速いニディアが髪をなびかせて走る後ろをライゴとシェルカがふわふわぽてぽてと追いかけて、リーバはそんな三人をてちてちと追ってみたり、しゃがんで地面を触ったりしているとこだな。
俺は、隣に立つザルイルをチラと見上げる。
ザルイルは、楽しそうな子ども達の様子に八つの目を細めていた。
やっぱりこの人は子ども好きだよな。
しかしザルイルは一人暮らしで仕事も忙しいのに、それでもひとりで育てようと思うほど子どもが欲しかったのか……?
「ライゴも、もう随分しっかりして……転ばなくなったんだな」
どこか寂しげに呟く声に、俺は思わず聞いていた。
「ザルイルさんは、どうしてライゴ達を作ったんですか?」
ザルイルはギクリと肩を揺らして、それから少し困った様子で、子ども達を見つめたまま答え始める。
「あー……。そうだな……少々軽率だったことは、認めよう」
いや別に、責めてるわけじゃないんだが……。
「仕事から帰った時に、家に誰かが待っていてくれたら良いと……思って、だな」
……なんだ? ザルイルは人恋しくてライゴ達を生み出したのか……?
けどそういう場合、普通は恋人を作るもんじゃないか?
まあ、この世界に俺の『普通』は通用しないのかも知れないが。
「けれど、ライゴを作ったら今度は家で留守番をするライゴが寂しそうで……。結局もう一人作ってしまったんだよ」
「な、なるほど……」
これはあれだな。一人暮らしが寂しくて猫を飼ったら、今度はその猫が寂しそうでもう一匹飼ったとかそういうやつか。
まあ、ライゴが二つ眼じゃなければ普通に保育園に預けるつもりだったんだろうし、そんな浅はかだとまでは思わないが。

「父さーんっ、貝割しよ、貝割っ」
ザルイルが寂しさを紛らわそうと作った子達は今、弾けそうな笑顔で彼の足元に駆け寄ってきた。
「カイワリ……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げれば、ライゴが嬉しそうに言った。
「うんっ、僕やってみたかったんだぁ!」
尻尾と耳をぴょこぴょこ揺らして、楽しみでしょうがない様子を全身で表現するライゴに、リリアさんが遥か頭上から告げる。
「そうそう、あたし風船割持ってきたわよぅ。みんなでやってみてちょうだいな」
……持ってきた。ってどうやってだ。
リリアさんもリーバも、手も足も生えてないのに。
「「わぁい!」」
と喜ぶ子ども達の頭上に、遥か天空からすすーっと何かが降りてきた。
紐の先にぶら下げられているのは確かに風船みたいなフォルムだが、俺が思う風船のシルエットとは逆向いてるな……。
「突くのはこれねぇ。ちゃんと危なくないようになってるわよぅ」
リリアさんの声とともに、ぶら下がっている風船の周りにボトボトっと棒状のものが落とされた。四人分あるらしいそれは一本が長くて一本が短くて、残り二本はほとんど同じ長さだ。
「ふむ、公平に行うならば、これがボクのだな」
とニディアが一番短い棒を拾い上げる。続けて長い棒も手に取るとようやくよちよちやってきたリーバに手渡してやる。
「リーバはこれだ。長いから扱いに気をつけろよ」
「あたち、つおい」
長い棒を手にして、ふん。と鼻息荒くリーバが気合を入れる。
「ああ、その意気だ」
リーバの小さな肩を、ニディアが鼓舞するようにぽんと叩いた。
こういう、お姉さんらしいニディアの姿はいいよな。
いや……どちらかと言うとお兄さんらしい感じではあるが。
年長者らしい面倒見の良さは、それなりにあるんだよな。
ライゴとシェルカもそれぞれ棒を握り締めて、わくわくと頭上にぶら下げられた風船型の物体を見上げている。
兄妹揃ってパタパタ揺れるふわふわの尻尾が可愛いな。
あの棒であれを叩き割るのか? ピニャータみたいなもんかな。
だとしたら、あの風船の中には菓子でも詰まってるんだろうか。
「準備できたよーっ」とライゴが空へと叫ぶ。
「どこからでもかかってこい!」とニディアの声。
今日の服とのギャップが凄いな。姫というより戦士だよ。
ニディアの金色の瞳は、ギラギラと輝いて獲物を狙う獣のように風船を睨みつけている。

「あらぁ? うちの子に遠慮してくれてるのぉ? 飛んでもいいのよぅ?」
頭上から降りそそぐ声に、ニディアがライゴたちを振り返ってたずねた。
「お前達は飛ぶのか?」
「僕は……まだ上手に飛べないんだ……」
どこか恥じるようにライゴが答える。
「えっと、シェルカも、すぐ落ちちゃう」
あれ、シェルカは恥ずかしそうではないな。
もしかしてライゴよりは飛べるんだろうか?
「ならば、ボクだけ飛ぶのはフェアじゃない」
キッパリ答えたニディアに、シェルカが「ありがとう」と柔らかく微笑む。
ニディアはそれに笑顔を返すと、風船に鋭い視線を投げてもう一度吼えた。
「さあ来い!!」
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