いないいないの魔法

弓屋 晶都

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後編

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「そう。いないいないの魔法で、飛ばされたものが集まるところだよ」

「いないいないの魔法って、いないいないばあの事?」

「ああ、きみの国ではそう言うんだね」

おじさんは楽しそうに笑ったけど、私は慌てた。

だって、いないいないの魔法って、私が使ったやつだ。
きっとそう。
ママと妹は、それでこんなところに飛ばされちゃったんだ。

でも、それならどうして私までこんなところに来ちゃったんだろう。
「どうしたら前のところに戻れるの?」
「それは難しいね。いないいないの魔法をかけた人が、いなくなった人に戻ってほしいと願って、いないいないの魔法をもう一度唱えないといけない」
おじさんが難しい顔で言うけど、それなら簡単だ。私が今やったもの。

「……あれ?」

「分からない事があれば、何でも聞いてくれたまえ。私はこの国の案内人だからね」
「じゃあ、いないいないの魔法をかけた人が、いなかったら?」
「うん? どういう事かな?」
おじさんがまた難しい顔になる。
「私、誰にもいないいないなんてされてないもの」
おじさんが、びっくりしてぴょこんと跳ねた。やっぱりカンガルーみたい。

「それはどういうことだい?」
「私にも分からないわ」
「ふーむ。そういうことなら……」
私は、おじさんの案内で、この国で一番物知りの魔法使いに会いに行く事になった。
魔法使いは、私の来た世界の事にも詳しくて、私が元の場所に戻る方法が分かるかもしれないんだって。
魔法使いの家は、とっても遠くて、案内人のおじさんも家に着く頃にはジャンプのしすぎでへとへとになってたけど、私は大丈夫。
だってお姉ちゃんだもの。

紫色のだぼだぼした服を着た、魔法使いのおばあさんは、私を見るとこう言った。
「むこうの様子が気になるのかい?」
私がうなずくと、丸くて大きなガラスのかたまりみたいな物を持ってきた。
これはきっと水晶玉ってやつね。テレビでしか見たことがないけれど。
「この国に来てしまった者はね、こちらで生きる方が幸せなんだよ。こちらにいれば、誰の迷惑にもならずに、好きな事が好きなだけできるんだよ」
おばあさんがそう呟いた。
好きなことを好きなだけできるのは、ちょっといいなと思ったけど、ママや妹にずっと会えないのは悲しいので、聞こえなかった事にして、私はおばあさんの持つ水晶玉をのぞき込んだ。

私の家では、ママが妹を抱きかかえたまま私を探していた。
「お姉ちゃーん、どこなのー、出てきなさいー」
「だうー」
妹も、私のことを探してるみたいだった。
その様子を見て、魔法使いのおばあさんがびっくりした顔で私を見た。
「おやまあ」
そこで、私は事情を説明した。
ここに来たときの事。
誰にもいないいないの魔法なんてかけられなかった話をすると、おばあさんはしばらく考えてからこう言った。

「もしかしたら、お嬢ちゃんに魔法をかけたのは、お嬢ちゃん自身かも知れないねぇ」
どういうことかしら? と、私が悩んでいると、おじさんが教えてくれた。
「きみが、自分のことをいらないって思って、自分にいないいないの魔法をかけたんじゃないかって事さ」
いらないなんて……と、言おうと思ったけれど、もしかしたらそうなのかも知れない。

私のせいでママも妹もいなくなっちゃったと思って、私って、なんてダメな、いらない人間なんだろうって、ちょこっとなら思ったような気もする。
今はもう、そんな事思ってないけれど。

だって、お姉ちゃんの私がいなくなっちゃったら、妹が妹じゃなくなっちゃうじゃない。
妹は、お姉ちゃんがいないと妹じゃないんだから。

「じゃあ、私帰ります」
私が言うと、おじさんはぴょこんと跳ねて「またいつでもおいで」と言い、魔法使いのおばあさんは何も言わずに手を振った。
できれば、もう来たくないけれど。
あ、でも家でゆっくり遊べないときに、ちょっとだけ来るのはいいかもしれない。

「ありがとうございました」
おじさんとおばあさんにはお世話になったから、お礼もちゃんと言えるわ。
だってお姉ちゃんだもの。

私は、ぺこりと頭を下げてから、手で顔を隠した。

「いないいないいないいないいないいない……」








「ばあ!」


顔を上げると、そこはいつものお部屋。

すぐにママが私を見つけて、
「どこに隠れてたの? 夕ご飯出来たわよ」と言った。

妹はハイハイで寄ってきて「ううー」と言いながら私の足をぺちぺち叩いた。
これは、喜んでいるのかしら?

ママと妹も、あそこに行ったのかな。
あの、えーと…………。

なんだっけ。

今の今まで覚えていたのに、口に出そうとしたときには、もう忘れてしまった。
行き方も、知ってたはずなのに。
「早く席につきなさい、お姉ちゃんでしょ」
ママが急かすので、何を言おうとしていたのかも分からなくなってしまった。
けれど、私はちゃんと妹を連れて食卓に向かう。


だって、私、お姉ちゃんだもの。
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