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4話 音と心(2/7)
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「え……、空さんから返信が来ない?」
翌朝、アキはいつものように坂の下に来たミモザと共に坂を上る。
「うん、でも既読はついてるから、読んでくれてはいるんだと思う……」
アキの言葉にミモザは「うーん……」と考え込む。
「もしかしたら、テレビ用の曲作り直してるとか……? あ。二曲目を作るので忙しいのかも知れないね」
ミモザに微笑まれて、アキも頷く。
「そうだよね」
どことなく元気のないアキの笑顔に、ミモザがポケットから折り畳まれた広告の切り抜きを取り出す。
「私達も今日は新作録っちゃう? 私新しいお菓子で気になるのがあるの」
「え、どれどれ? どんなの?」
昨日はちょっと空さんが忙しかっただけで、今日にはきっと返事が来る。
そう思ったアキの希望的観測は見事に裏切られ、空からの返事は翌日もその翌日も来なかった。
ミモザは、坂の下でどんよりと負の気配を纏うアキになんと声をかけようか随分迷った挙句に「おはよう」と声をかけた。
「ミモザぁぁぁぁぁ」
「やだちょっと、アキちゃん! 学校では?」
「愛花……」
小声で叱られて、アキがしょんぼり言い直す。
「……まだ空さんから連絡ないの……?」
「うん……。私毎日メッセージしてるんだけど、もう送らない方がいいのかなぁ。空さん、私のメッセージ迷惑なのかな……」
「そ、そんなことないよっ」
スマホの調子が悪いのかも? とか、通信制限が掛っちゃってるとか? と、なんとか毎日励まし続けてきたが、それもそろそろ限界だ。
風邪だとしても、一週間もあれば連絡くらいできるようになるだろう。
その間も、空のトイッターには生放送の告知があげられている。
アキはミモザに変わらず笑いかけてくれるが、その笑顔にいつもほどの元気がない事を、ミモザはどうしようもなく感じていた。
「あ。会長の声。……なんだか、会長最近元気ないね……」
「そ、そうかな……? 私にはまだ声聞こえないよ」
正門が近付くと、会長の視線が泳いだ。
「「「おはようございます」」」
「おはようございますっ」
アキが、心配をかけない程度に元気な声で答えて通り過ぎる。
それもまた、ミモザには苦しかった。
「おはよ」
すぐ近くで囁かれて、ミモザは慌てて顔を上げる。
目が合うと、新堂はニッと口端を上げた。
「お、おはよぅ、ございます……」
ミモザは小さく答えて、先をゆくアキを小走りで追いかけた。
その日の放課後。
ミモザの部屋で、アキはやはりぐったりと机に伏していた。
その横で、ミモザはノートバソコンを開いている。
アキがこんな状態ではお菓子を開封したところでろくな録音にはならないだろう。
新作お菓子を買ってあることは、アキにはまだ話さない方が良さそうだ。
アキのことだから、誘えば無理をしてでも乗り気で撮影に挑むだろうし、無理をしてでも笑って明るく振る舞うと、ミモザにはもうわかっている。
「あ。空さんのトイッター、今日も投稿あるね。空さん今日も元気にしてるかなぁ。……元気だといいなぁ」
ミモザの開いていたノートパソコンの画面を、いつの間にやら横からアキがのぞいていた。
アキには新作お菓子の情報集めと言っていたが、ミモザはついつい空の様子を見てしまっていた。
アキの言葉に一瞬沸いた怒りに近い感情を、ミモザは胸を撫でながら飲み下す。
『アキちゃんは元気なくしてるのに、空さんの元気なんて願わなくていいのに!』と叫んでしまいたい。
その上会長のことまで『元気がない』と心配しているのだから、アキちゃんは本当にお人好しだ。
会長も会長だ。元気を無くすくらいなら、さっさと返事をしてくれればいいのに。とミモザは思う。
アキは窓辺まで歩いて、窓の外を見上げるようにミモザに背を向ける。
「そうだよね。スマホがダメでもPCがあるんだし、私に連絡する手段なんていくらでもあるよね……。……私。なんか空さんに嫌われるようなことしちゃったのかなぁ……」
いつも明るいアキの声が、少しずつ細く震えてゆく。
「アキちゃん……」
やっぱりもう、限界なんだ……。とミモザは思った。
アキちゃんは滅多に泣かない。
ずっと、ずっと我慢して、限界になるまで涙を見せない子なのに。
ミモザの心にまた怒りが湧く。
私の大事な友達をこんな風に悲しませる空さんが、許せない。
でもそれ以上に、悲しみを私にだけ見せてくれるアキちゃんを、元気にしてあげられない自分が許せなかった。
「私……、お喋りだしバカだから、人に嫌われる事も結構あるんだよね」
自嘲するような口調だった。
ミモザはそっと窓辺に近付くと、アキにティッシュを渡す。
綺麗に四つ折りにして渡されたティッシュで、アキはぎゅうと目頭を押さえた。
「他の人なら、まあそういうこともあるよねって思えるんだけど……、……っ、空さんには……。空さんにだけは、嫌われたくなかったなぁ……」
そこから先に言葉は無かった。
途切れ途切れに嗚咽を漏らすアキにティッシュを箱ごと渡すと、ミモザは一つ深呼吸をして、息巻いて言う。
「わ、私っ! 内緒にしてって言われてたんだけどっ!!」
「……?」
「私は大地さんより空さんより、アキちゃんの方がずっとずっと大事だからっ!!!」
「……ミ、……ミモザ……?」
翌朝、アキはいつものように坂の下に来たミモザと共に坂を上る。
「うん、でも既読はついてるから、読んでくれてはいるんだと思う……」
アキの言葉にミモザは「うーん……」と考え込む。
「もしかしたら、テレビ用の曲作り直してるとか……? あ。二曲目を作るので忙しいのかも知れないね」
ミモザに微笑まれて、アキも頷く。
「そうだよね」
どことなく元気のないアキの笑顔に、ミモザがポケットから折り畳まれた広告の切り抜きを取り出す。
「私達も今日は新作録っちゃう? 私新しいお菓子で気になるのがあるの」
「え、どれどれ? どんなの?」
昨日はちょっと空さんが忙しかっただけで、今日にはきっと返事が来る。
そう思ったアキの希望的観測は見事に裏切られ、空からの返事は翌日もその翌日も来なかった。
ミモザは、坂の下でどんよりと負の気配を纏うアキになんと声をかけようか随分迷った挙句に「おはよう」と声をかけた。
「ミモザぁぁぁぁぁ」
「やだちょっと、アキちゃん! 学校では?」
「愛花……」
小声で叱られて、アキがしょんぼり言い直す。
「……まだ空さんから連絡ないの……?」
「うん……。私毎日メッセージしてるんだけど、もう送らない方がいいのかなぁ。空さん、私のメッセージ迷惑なのかな……」
「そ、そんなことないよっ」
スマホの調子が悪いのかも? とか、通信制限が掛っちゃってるとか? と、なんとか毎日励まし続けてきたが、それもそろそろ限界だ。
風邪だとしても、一週間もあれば連絡くらいできるようになるだろう。
その間も、空のトイッターには生放送の告知があげられている。
アキはミモザに変わらず笑いかけてくれるが、その笑顔にいつもほどの元気がない事を、ミモザはどうしようもなく感じていた。
「あ。会長の声。……なんだか、会長最近元気ないね……」
「そ、そうかな……? 私にはまだ声聞こえないよ」
正門が近付くと、会長の視線が泳いだ。
「「「おはようございます」」」
「おはようございますっ」
アキが、心配をかけない程度に元気な声で答えて通り過ぎる。
それもまた、ミモザには苦しかった。
「おはよ」
すぐ近くで囁かれて、ミモザは慌てて顔を上げる。
目が合うと、新堂はニッと口端を上げた。
「お、おはよぅ、ございます……」
ミモザは小さく答えて、先をゆくアキを小走りで追いかけた。
その日の放課後。
ミモザの部屋で、アキはやはりぐったりと机に伏していた。
その横で、ミモザはノートバソコンを開いている。
アキがこんな状態ではお菓子を開封したところでろくな録音にはならないだろう。
新作お菓子を買ってあることは、アキにはまだ話さない方が良さそうだ。
アキのことだから、誘えば無理をしてでも乗り気で撮影に挑むだろうし、無理をしてでも笑って明るく振る舞うと、ミモザにはもうわかっている。
「あ。空さんのトイッター、今日も投稿あるね。空さん今日も元気にしてるかなぁ。……元気だといいなぁ」
ミモザの開いていたノートパソコンの画面を、いつの間にやら横からアキがのぞいていた。
アキには新作お菓子の情報集めと言っていたが、ミモザはついつい空の様子を見てしまっていた。
アキの言葉に一瞬沸いた怒りに近い感情を、ミモザは胸を撫でながら飲み下す。
『アキちゃんは元気なくしてるのに、空さんの元気なんて願わなくていいのに!』と叫んでしまいたい。
その上会長のことまで『元気がない』と心配しているのだから、アキちゃんは本当にお人好しだ。
会長も会長だ。元気を無くすくらいなら、さっさと返事をしてくれればいいのに。とミモザは思う。
アキは窓辺まで歩いて、窓の外を見上げるようにミモザに背を向ける。
「そうだよね。スマホがダメでもPCがあるんだし、私に連絡する手段なんていくらでもあるよね……。……私。なんか空さんに嫌われるようなことしちゃったのかなぁ……」
いつも明るいアキの声が、少しずつ細く震えてゆく。
「アキちゃん……」
やっぱりもう、限界なんだ……。とミモザは思った。
アキちゃんは滅多に泣かない。
ずっと、ずっと我慢して、限界になるまで涙を見せない子なのに。
ミモザの心にまた怒りが湧く。
私の大事な友達をこんな風に悲しませる空さんが、許せない。
でもそれ以上に、悲しみを私にだけ見せてくれるアキちゃんを、元気にしてあげられない自分が許せなかった。
「私……、お喋りだしバカだから、人に嫌われる事も結構あるんだよね」
自嘲するような口調だった。
ミモザはそっと窓辺に近付くと、アキにティッシュを渡す。
綺麗に四つ折りにして渡されたティッシュで、アキはぎゅうと目頭を押さえた。
「他の人なら、まあそういうこともあるよねって思えるんだけど……、……っ、空さんには……。空さんにだけは、嫌われたくなかったなぁ……」
そこから先に言葉は無かった。
途切れ途切れに嗚咽を漏らすアキにティッシュを箱ごと渡すと、ミモザは一つ深呼吸をして、息巻いて言う。
「わ、私っ! 内緒にしてって言われてたんだけどっ!!」
「……?」
「私は大地さんより空さんより、アキちゃんの方がずっとずっと大事だからっ!!!」
「……ミ、……ミモザ……?」
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