上 下
19 / 51

2話 歌声と言葉(13/16)

しおりを挟む
――今、なんておっしゃいました!?
私の、名前、呼びませんでしたか!?

振り返れば、そこにはやはり池川会長がいた。

驚きのあまりに見開いた瞳から、涙がひと粒ポロリとこぼれる。
そういや涙を堪えてたんだっけ。驚きすぎて忘れてた。

慌てて制服の裾で目を擦れば、誰かに腕を止められる。
「乱暴に擦んなよ、肌に悪いぞ」
差し出されたのはきちんとアイロンのかけられたハンカチ。
「あ、新堂さんもいたんですね」
「いきなり酷くね?」
「何かあったの?」
心配そうな囁きイケボっっっ!!
「大丈夫ですよっ。ちょっと目にゴミが入っただけで……」
「何一人でゴミ運んでんだよ。いじめられてんのか?」
「新堂……」
「へーきだよ、こんな朝から走ってきて大きな声出せるやつがいじめられっ子な訳あるか」
ケロッと答える新堂さんに苦笑しながら、心配そうな会長に私も言葉を足す。
「今日はたまたま相手が休みで、ちょっと他の子も捕まんなかったんです」
新堂さんって結構人のことよく見てるよね。
多分私がミモザだったら、こんなジョークは言わないんだろうなぁ。
「ほら、ゴミは俺らが運んどくから、えーっと1-Cな」
新堂さんがひょいと私の手からゴミ箱を奪うと、ゴミ箱に書かれたクラス名をよむ。
「暁さん、僕達が運んでもいいかな?」
まっ、また……。
「私の名前……いつの間に……」
「名札ついてんだろ」
「でも会長私の事後ろから呼びましたよっ!?」
「俺もお前の名前くらい覚えてるぞ。暁明希だろ?」
「フルネームっ!?」
「学校のやつ半分くらいはフルネームで言えるぜ?」
「生徒会役員さんってすごい……」
「いやまー、他のやつがどんだけ覚えてるかは知らねーけどさ。ほら、ここはもういいから。具合悪いならさっさと帰ってゆっくり休めよー」
新堂さんの大きな手に背中を押されて、教室の方へと方向転換させられる。
今更自分で運ぶって言うのも言いづらいし、ここは甘えちゃおうかな。
「あ、ありがとうございます……。あ、ハンカチもありがとうございました」
ハンカチを返せば受け取った新堂さんがふき出す。
「ぶはっ。お前、普通こーゆーのは洗って返すもんだろ。こんなんじゃフラグ立たねーぞ?」
「新堂さんとフラグ立っても困りますから」
「お、俺の名前も覚えてくれたんだ?」
新堂さんが嬉しそうに笑う。
私はもう一度「ありがとうございます」と二人に頭を下げた。
「おー、気をつけて帰れよー」
「また明日」

『また明日』かぁ。いい響きだなぁ……。
心配そうにかけてくださったお声の数々も、しっかり脳内に保管してある。
会長のスペシャルボイスを沢山拝聴できたおかげで、なんか色々回復したような気がするなぁ。

帰宅して自室のベッドに寝転がってスマホを見れば、コメント通知の追加が3つと、RINEの通知。
空さんから話しかけてくれるのって初めてだ。
開いてみれば、空からのRINEは誹謗中傷が来てないかと心配する内容だった。
『僕みたいに音楽動画だけ上げてるような人だと少ないんだけど、アキさん達は日常動画も色々上げてるから、来てるんじゃないかなって……心配になって……』
こんなに長い文章送ってくれたの初めてじゃない?
『ちょっとはきてますけど、大丈夫ですよー』
と正直に答えれば、オロオロと心配そうな猫のスタンプが入る。
ああ、今日は会長さんもそんな風に心配してくれてたなぁ。
『見てくれる人が増えれば、こういうのも増えるって事は覚悟の上ですっ』
あの音楽動画はあれからずっと再生数を伸ばし続けている。
エゴサすれば嬉しいコメントだっていっぱいもらえてたし、私もあの曲には力をもらっている。
ぐっと力こぶを作っているムキムキのスタンプを送ってみたら、空さんが『!?』と驚いてる猫のスタンプを送ってきた。
『空さんは大丈夫なんですか?』
『僕の方も来てはいるけどね。削除してるよ』
『えっ、空さんどんなこと言われるんですか!?』
『ぅぇえ、それ聞く?』
あれ、空さん困らせちゃったかな?
でもこんな素の答えをもらえることが既に嬉しくて、私は『ワクワク』スタンプを送ってしまう。
『うーんと……、この曲に似てる、パクリだーとか。コード進行がなってない、もっと勉強しろーとか……』
『ほわぁ……』
そんな事、私なら死ぬまで誰にも言われることないだろうなぁ。
的外れな感想を抱いているうちに、空さんが続ける。
『……なんか、何でこんなこと言われてんのかなって……。色々考え始めると、本当落ち込むよね……。曲全部消そうかなって思う事も、しょっちゅうだよ』
『ええっ!?』
私は驚いた気持ちのまま驚愕のスタンプを連打する。
空さんってクールに見えてたけど、意外と打たれ弱い?
芸術家ってやっぱり繊細なんだね。

『……でも、大地が絵を描いてくれた動画を勝手に消すわけにもいかなくて、毎回そこで踏み止まるんだ。あいつに聞いても、絶対ダメだって言うだろうから』

空さんは、大地さんのこと『あいつ』って呼ぶんだ?
『あの、ちょっと私、気になってるんですけど……、聞いてもいいですか?』
空さんは『OK』のスタンプを送ってくれる。

『大地さんって女の人なんですか?』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【シリーズ1完】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~シリーズ2

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?   ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

超イケメン男子たちと、ナイショで同居することになりました!?

またり鈴春
児童書・童話
好きな事を極めるナツ校、 ひたすら勉強するフユ校。 これら2校には共同寮が存在する。 そこで学校も学年も性格も、全てがバラバラなイケメン男子たちと同じ部屋で過ごすことになったひなる。とある目的を果たすため、同居スタート!なんだけど…ナイショの同居は想像以上にドキドキで、胸キュンいっぱいの極甘生活だった!

処理中です...