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第6話 藍色の真実 : 藍色に映る真実と、彼女の冷たい優しさ。

1.クロッカス(2/2)

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扉の無いアーチ状の門をくぐり抜けて、モザイクタイルが敷き詰められた町に足を踏み入れると、外よりさらに涼しい空気が身を包んだ。
道の両端に整備された水路を、さらさらと音を立てて澄んだ水が流れている。
白と青で統一された建物が、この町の清澄さをより印象付ける。

「綺麗な町だねー」
フォルテが物珍しそうに辺りを見回しながら歩いている。
「うん、そうだね……」
私も、この町は綺麗だと思う。清らかだとも思う。
けれど、なんだろう。
ザラッカの、良く分からないものでごった返している独特の活気だとか、ランタナの、人に溢れた大通りの賑やかさの方が私には心地よく思えた。
「人居ないなぁ」
スカイがポツリと呟く。
「シーズンオフの観光地なんてこんな物でしょ」
デュナが振り返りもせずに、そっけなく言葉を返した。
そうか。ここは宗教都市という名の、観光地なのか。
それで不自然なほどに外観を気にした造りになってるのかなぁ……。
先を歩くデュナに続いて町の中央まで来る。

横に広がるように大きくそびえたつ宮殿。
その前には小さな露店が二軒だけ店を構えていた。
客の目を惹くのには良いのだろうけれど、その鮮やかなパステルピンクの布で張られた屋根は、青と白だけで彩られたこの町で何となく浮いた存在だった。
観光シーズン……というより、ここの女神様を祭るお祭りの時、か。
その時には、もしかしたら、同じようなカラフルな屋台がたくさん並んで、違和感もなくなるのかも知れないなぁ。などとぼんやり思っていると、フォルテが興味津々に店を覗き込んでいる。
いつの間にあんな所に。
さっきまで手を繋いでいたような気がするのだけれど……。

そちらに近付こうかと一歩足を向けた途端。
フォルテが一目散に駆け戻ってくる。
どうやら、お店のお姉さんが
唯一のお客さんであるフォルテに声を掛けようとしたようだ。
パッと私のマントの裏に回りこんで、マントを両手でしっかり握りしめたまま、そろりと露店を振り返るフォルテ。
怯えさせてしまったかと困惑している露店のお姉さんと、私の目が合う。
なんだか申し訳なくなって、フォルテの代わりにぺこりと頭を下げる。
デュナとあまり歳のかわらないくらいの、若い元気そうなお姉さんだ。
「ラズ、フォルテ。中に入るわよー」
その声に前を見ると、デュナはもう宮殿の入り口に立っていた。

カツン、カツンと大理石の磨き上げられた床にデュナのヒールの音が響く。

建物の中は薄暗くひんやりとしていて、神を祀る場所にふさわしい厳かな気配に包まれていた。
左右の壁には細かい装飾と共に流れるようなデザインで、小さな天使達に囲まれた女神の姿が描かれている。
右側の壁と左側の壁の女神の姿が異なる事にほんの少し首を傾げながら歩く。
そんな私に気付いたのか、デュナが説明を始める。
「こっちが幸運の女神で、こっちが不幸の女神ね」
「不幸?」
「因果応報の女神とか呼ばれることもあるわね。
 幸運の女神が気まぐれな神という事で有名なら
 こっちは公正な神という事で有名だそうよ」
「ふーん……」
「ま、もうすぐ会えるわ」
そう言って私達にウィンクをして、デュナは通路の突き当たりにある大きな扉に手をかけた。
その途端、小さな風の精霊が扉から現れて、私達の来た通路を逆走して行く。
人を呼びに行くような仕掛けがしてあったのかな……?
「開かないわね。鍵だか術でもかかってるのかしら」
どこにも取っ掛かりになるような取っ手のついていない扉を前に、しばらく押したり引いたりしていたデュナが諦めて手を離す。
それと入れ替わるように、スカイが「どれどれ?」と扉に手を伸ばした。

パタパタパタ……と廊下を小走りで駆け寄る、スリッパのような足音が聞こえてくる。
「す、すみません、そちらは現在関係者以外立ち入り禁止なんですー……」
通路の端から顔を出したのは、ターコイズブルーの神官服に身を包んだ私と同い年くらいの聖職者だった。
癖っ毛なのか、肩辺りに切り揃えられた淡い栗色の髪が、ふわふわとあちらこちらを向いている。
この広い宮殿の一体どこから走ってきたのか、乱れた息を懸命に整えながら、彼女が続ける。
「ら、来月には千五百五十周年記念祭がありますので、祝典の際にはそちらの女神様のお部屋へも……」
へー。幸運の女神様ってそんな昔から祀られてるんだなぁ。
「あ、あの、すみません、聞いてくださいーー……」
おろおろと困ったような彼女の声に扉の方を振り返ると、デュナがフォルテの手を引いていた。
「私達の事は気にしないでいいわ」
すっぱり言い切るデュナに、神官さんがちょっぴり泣きそうな顔をする。
「そ、そういうわけには……」
フォルテが、デュナに言われるままに扉に手を当てると、ほんの一瞬だけフォルテの額に紋が浮かんだ後、扉がゆっくりと内側に開きはじめる。
デュナは、それを目の端で確認しながら、驚き顔の聖職者に向き直ると
「私達、関係者だから」
と眼鏡を光らせて答えた。
うーん……。実際に関係があるのはフォルテだけな気もするけど……。
「は、はぁ……それはええと、失礼しました。
 あ、お帰りの際には入り口の係員にお声掛け下さい……ね……?」
なんだか不安の残るような面持ちで、心配そうに言葉を紡ぐ神官さんへ、デュナがひらひらと手を振って
「分かったわ」
とだけ返事をした。
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