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第5話 青い髪 : 青い髪をした姉弟は、やはり、根本的なところでとても似ていて……。

6.神威(3/3)

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「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
フォルテの泣き叫ぶ声。
それに合わせて不気味な振動が足元を、部屋を、この街を揺らし始める。
「地震!?」
じわじわと湧き上がるような地鳴りは、あっという間にフォルテの声をかき消すほどの轟音になる。

ナイフを当てていた男がおろおろと辺りを見回す。ナイフが大きく首から逸れる。
今しかない!! 
ナイフの男から少しでも離れるように身を捻りながら、背後で羽交い締めをしている男に光球を放った。
「ぐあっ!」
男の悲鳴。
それと同時に両腕が自由になる。
声に慌てて振り返るナイフの男に捕まらないよう、揺れる室内を大きく回りこんでフォルテの傍まで走る。
「フォルテ!!」
フォルテ目指して伸ばした手を、突如現れたバンダナの男が掴み上げる。
「ああっ」
腕を力いっぱい引き上げられて、足が地面から離れると思った途端、バンダナの男が勢いよく奥へ倒れた。

揺れる地面に何とか踏みとどまって、足元を見ると、バンダナの男に覆い被さるようにしてスカイが倒れている。
「いってぇー……」
砕けたままの肩から男に当たってしまったらしいスカイが、冷や汗をだらだら流しながらなんとか体を起こす。
荒い呼吸が、時々引きつるように止まっている。相当痛みがあるようだ。
バンダナの男は打ち所が悪かったのか、沈黙したままだった。
「あー……けど、出来たな、バックステップ!!」
苦しいながらも嬉しそうに声を上げるスカイ。
どうやら、あの瞬間移動のような技の名前らしい。
「ぼさっとしてないで、フォルテの傍に寄りなさい!」
デュナがこちらへ駆け込みながら叫ぶ。
肩には大気の精霊、障壁用だろう。

その後ろでは、ごちゃごちゃに積み重ねられた家具が次々と倒れている。
揺れは一層激しさを増していた。
視界の端でキラリと何かが煌めく。
それは、こちらへ真っ直ぐ向かってくる剣の刀身だった。
生成りのローブが、揺れでちらつく明かりの中で部屋と同化する。
障壁は、まだ発動していない。
刺される!!――咄嗟に身を硬くした私の前に、大きな音を立てて岩が落ちてきた。

て、天井が崩れた!?
ギィンと剣が硬い物にぶつかる音がする。
一拍遅れて、デュナの障壁が完成する。

ふいに、部屋が真っ暗になった。
明かり用の魔法石が落ちて割れたのだろう。

暗闇の中、フォルテが薄ぼんやり光っているのが分かる。
その小さな額に浮かぶ、幸運の女神の紋様。
「その紋様は……!」
障壁に遮られ、地響きと轟音に飲み込まれる室内で、私は確かにローブの男の声を聞いた気がした。

岩の砕けるような音。
また天井から破片でも降ってきたんだろうか。
続いて小さな舌打ち。そして掛け去る足音……。
暗闇で見えなかったが、どうやらローブの男はフォルテを諦めて脱出することにしたらしい。
何せ、ここは地下二階だ。このままここが崩れれば、私達は残らず生き埋めになるだろう。
私達を包み込む半球状のドームのような障壁。
いつもより随分小さく作られているのは、強度を上げる為だろうか。
「この壁で、持ち堪えられるのか?」
スカイの問いに、デュナは
「持ち堪えるわ。絶対。あんた達を潰させたりしない」
とハッキリ答えた。

暗闇の中、続く振動。

フォルテは虚ろな表情のまま、瞬きひとつせずに涙をぽろぽろと零し続けていた。
額で淡い光を放っている紋様が、今、この災害を引き起こしているのは自分だと主張しているように見えた。

明かりを取ろうと呼びかけた光の精霊は、この真っ暗な地下二階の周囲には一人も居ないようで、呼びかけはむなしく空振りに終わる。

繰り返される瓦解の音。
遠く近く聞こえてくる、逃げ遅れた男達の悲鳴。
水の精霊で吹き飛ばした男達が溜まっていた方向へ、震える腕を伸ばそうとするデュナをスカイが止めた。
「無理だよ、ねーちゃん……」
「っ――」
フォルテの白い光に微かに照らされるデュナの横顔。
眉を寄せ、唇を強く噛み締めるその表情は、今までに見た事が無いほど感情を露わにしていた。
「フォルテ、フォルテもういいよ」
スカイが優しく語り掛ける。その声は酷く悲しい響きで聞こえた。
「無駄よ……その子はきっかけではあっても……何一つ制御するすべを持っていないわ」
若干落ち着いてきた振動の中で、デュナが途切れ途切れに呟く。

…………デュナの精神はまだあるのだろうか。
二本目の回復剤を飲んでから、一体何回魔法を使った……?
どうしようもなく嫌な予感が胸を過ぎる。
……まさかもう尽きて……――。

精霊を使役する為に代償として使われる精神力。
これが尽きればその時点で強制的に精霊との契約は解消となる。
ただ例外として、精神力が尽きた時、術者がある申請をすれば、そのまま契約を引き継ぐ事が可能だった。
――自身の命を、精神力の代わりに消費するという申請をすれば。

ザァっと自分から血の気が引いてゆくのが分かる。
小さな私を力強く抱きしめていた母の腕の感触が蘇る。

精霊に悪気が無いのは分かっている。
私達が自ら申請しない限り、命を取る事が無いのも知っている。
それでも、私は心のどこかで精霊が憎いのかもしれない。
母さんの命を食べ尽くしてしまった精霊が……。
「ねーちゃん、回復剤飲むなら出そうか?」
スカイの声にハッとなる。
そうだ。あの時とは状況が違う。
今は、障壁の中の私もスカイも動けるし、回復剤だってある。
「無理」
簡潔に答えるデュナ。
ううん、無理でも何でも飲んでもらうしかない!!

狭い障壁の中で、デュナの白衣ににじり寄った時、僅かな余韻を残して、揺れがおさまった。
フォルテに宿っていた光が失われると、辺りは完全な暗闇となる。
ふいに、私達を包んでいた閉塞感が無くなる。
ドサッと何かが倒れた音と、スカイの潰れた声がした。
見上げた頭上から、微かに月の光が差し込んでいることに気付く。
地上まで貫通しちゃったところがあるんだ……。

これなら、光の精霊も呼べるだろう。
慣れた手順でロッドに小さな光を灯すと、隣では案の定スカイがデュナの下敷きになっていた。
一見情けない事にはなっているが、傷だらけの体でデュナを支えようとした結果なのだろう。
スカイの名誉の為にもそう思うことにして、ロッドをかざし、改めて辺りを見回す。

埃っぽさが漂う室内には、また血の臭いも充満していた。
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