circulation ふわふわ砂糖菓子と巡る幸せのお話

弓屋 晶都

文字の大きさ
上 下
76 / 113
第4話 緑の丘 : 私をいつも励ましてくれる、緑の丘と、クジラのバンダナ。

3.切られた堰(3/3)

しおりを挟む
一際大きな地響き。
巨木が地面にめり込んで防波堤にでもなったのか、土の流れが止まる。
「ラズ! ラズ!!!」
遠くか近くかよくわからないところから、スカイの声が聞こえる。
返事をしようにも、私は指一本動かせなかった。
息も吸えない。
吐くことも出来ない。
ああ、生き埋めってこういう事か……と納得した途端、頭上の土が取り除かれた。
「ラズっ!!」
スカイ君。と返事をしようとするのだが、まだ体が挟まれているせいか息が吸えない。
スカイが物凄い勢いで私の周囲の土砂を取り除いてゆく。
その、怒ったような怖い顔が、なぜだか今にも泣き出してしまいそうに見えて、私はハラハラしながら見上げていた。
スッと。酸素が肺に送り込まれる。
背中に乗っていた大きな岩を、スカイがどけた瞬間だった。
「あっ……!!!!」
途端に、今までただ重くて冷たいだけだった体中から痛みを感じる。
どっと溢れる脂汗。
先程までとは違う涙が目の端から滲んでくる。
スカイ君は?
スカイ君はどこも怪我をしてないんだろうか。
痛みにぎゅっと閉じてしまった目を、なんとかこじ開ける。
目前にスカイの顔。
心配そうにこちらを覗き込む、その青い髪が、血に赤く染まっている。
「スカイ君……その、頭……」
「ん?」
スカイが、泥にまみれた手の甲でこめかみの辺りを拭う。
「なんか痛いと思ってたけど、血出てたのか。
 こけた拍子にぶつけたみたいだな」
それを聞いた途端、サアッと血の気が引く。
スカイがこけたのは、私が突き飛ばしたからだ。
鮮血は、今もスカイの顎をつたい、ポタポタと地面に痕を残している。

私の……私の、せいで、スカイ君まで死んじゃったら……。

最悪の想像は簡単にできた。
スカイ君が死んでしまったら、フローラおばさんも、デュナお姉ちゃんも、すごく、すごく泣くだろう。

お母さんが死んだとき、お父さんの涙をはじめて見た。
お父さんは、何があっても泣いたりしないんだと思ってた。
クエストで、あちこち怪我したり、骨を折ったりすることがあっても、お父さんはいつも苦笑いだった。
痛そうにしても、泣いたりしなかったのに……。

あの時、お父さんはお母さんの冷たい体を抱えて泣いてた。
叫ぶみたいに泣いて、それから、私をすごく悲しそうな目で見た。

悲しい人を増やしてしまう。
私のせいで。また。

「スカイ、君、じっとしてて……」
左手はまだ引き抜けない。
力を入れようとすると、余計に全身がミシミシと嫌な音を立てた。
動かせる右腕を、なんとかスカイへ伸ばす。
大丈夫。片手でもできるはず。
お母さんが言ってたから。
治癒術が使えない人なんて、この世にいないって言ってたから。

「このくらい大した事ねーよ、それよりお前は……」
また土を掘ろうと移動しかけたスカイを必死で止める。
「行か……ないで……」
言葉を口にする度に、何かが上がってきそうになる。
息をする度に、肺がごぽごぽと嫌な音を立てた。
自分の体がどうなっているのかは分からなかったけれど、今、ちょっとでも気を抜いたら、きっと気を失ってしまう。それだけは分かっていた。

母が父に唱えていた通りの祝詞を口にする。
「お前、治癒術が出来るのか!? まだ職にも就いてないのに!?」
スカイが何か言っているけれど、頭に入ってこない。
正確に、正確に……。
あとはとにかく、神様に助けてくださいって祈る気持ち。
お願いです。神様、スカイ君を助けてください。
スカイ君の血を止めてください。
スカイ君の怪我を治してください。
お願いです。神様。
私はこのままでいいから。

「……その、聖なる御手を、翳し……傷つきし者に、救い、と、安らぎを……」

言えた。
最後まで言えた……。
右手から、白銀の光が溢れ出す。
スカイの頭をするりと包み込むと、見る間に、零れ続けていた血が止まる。
一瞬痛そうに顔をしかめたスカイが、次の瞬間目を丸くする。
「すげぇ!! ちゃんと治った!!」
そっか、スカイ君はいつもフローラおばさんに治癒をかけてもらうから、私が何をしてるのかも分かってたんだね。
「よかった……スカイく……」
そこまで言って、強烈にこみ上げた咳を止められず、激しく咳き込む。
「ラズ!! どこか痛いんだろ!? 今引っ張り出すからな!!」
体中痛くて、どこが痛いのかわからないけれど。
慌ててスカイが立ち上がる。と、私の顔をちらと見たその目が恐怖に染まる。
口元を押さえた私の手は、スカイの頭には触れていないのに、真っ赤に濡れていた。

「お前っっ!!」
スカイが言葉を失う。

あ、スカイ君、泣きそうだ。
何か……何か言ってあげないと……。

「いいんだよ……私は……死んだほうが、いいの……」

だからもういいよ、スカイ君だけお家に帰って……。

後半は声に出来なかったけれど、咄嗟に口をついた言葉は、紛れも無く、私の本心だった。

「そんっっなわけあるか!!」

スカイの怒号を遥か遠くに聞きながら、私の意識は暗闇へと沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

転生チートがマヨビームってなんなのっ?!

児童書・童話
14歳の平凡な看板娘にいきなり“世界を救え”とか無茶ブリすぎない??しかも職業が≪聖女≫で、能力が……≪マヨビーム≫?!神託を受け、連行された神殿で≪マヨビーム≫の文字を見た途端、エマは思い出した。前世の記憶を。そして同時にブチ切れた。「マヨビームでどうやって世界を救えっていうのよ?!!」これはなんだかんだでマヨビーム(マヨビームとか言いつつ、他の調味料もだせる)を大活用しつつ、“世界を救う”旅に出たエマたちの物語。3月中は毎日更新予定!

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

『空気は読めないボクだけど』空気が読めず失敗続きのボクは、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられて……

弓屋 晶都
児童書・童話
「空気は読めないけど、ボク、漫画読むのは早い方だよ」 そんな、ちょっとのんびりやで癒し系の小学六年の少年、佐々田京也(ささだきょうや)が、音楽発表会や学習発表会で大忙しの二学期を、漫画の神様にもらった特別な力で乗り切るドタバタ爽快学園物語です。 コメディー色と恋愛色の強めなお話で、初めての彼女に振り回される親友を応援したり、主人公自身が初めての体験や感情をたくさん見つけてゆきます。 ---------- あらすじ ---------- 空気が読めず失敗ばかりだった主人公の京也は、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられる。 この能力があれば、『喋らない少女』の清音さんとも、無口な少年の内藤くんとも話しができるかも……? -------------------- 2023年、ポプラキミノベル小説大賞→ 最終候補 2024年、第2回きずな児童書大賞→ 奨励賞

処理中です...