circulation ふわふわ砂糖菓子と巡る幸せのお話

弓屋 晶都

文字の大きさ
上 下
66 / 113
第3話 黄色い花 : 懐かしい色をした花。その甘い香りには、幻惑効果があった。

6.白い光(1/2)

しおりを挟む
「あ。思い出した」

スカイがポツリと呟く。
その声は、静まり返っていた裏庭に小さく響いた。
「俺、小さい頃この花で幻惑にかかったことがあったんだけどさ、あの時、確か母さんが……」
「らしいわね」
突如割って入ったデュナの声に、スカイが慌てて私の手を離す。
「もう、何でそういう大事なことを――」
スカイへ詰め寄りそうな勢いのデュナを、フローラさんがそっと止める。
「今はフォルテちゃんを……ね」
「そうね。母さんお願い」
デュナが脇へ避けると、フローラさんが私の隣、フォルテの頭側に膝を付いた。

ああ、そうか。
神官の扱う術の中には、幻惑を退けるような物もある。
しかし、幻惑という状態に陥ることが珍しいことから需要はほとんどない上に、確か……高度な術だったはずだ。
神に正式に仕えて修行を積んだ、神官でないと扱えないような類の。
この小さな村には教会もなく、神官も居ない。
用事の場合は、一時間で着く隣村カッシアの教会へ向かうようになっていた。

フローラさんは元聖職者だと聞いていたが、まさか神官の域だったのか……。
術の邪魔にならないよう、フォルテの真横から、足の方へじりじりと移動する。
私の手は、まだフォルテの両手にしっかりと握り返されていた。

つらつらと小さな声で祝詞を唱えていたフローラさんが、クキュっという変な音を立てて固まった。
「うぅ……舌噛んじゃった……」
涙を浮かべて、こちらを振り返るフローラさん。
プルプルと震えるその姿は、ええと、まるで生まれたての子鹿のような……。
「ラズ、あんま必死で返事考えなくていいぞ」
スカイが助言する。
「もう一度やるわね~」
フローラさんは、目の端に涙を浮かべたままふんわりと微笑むとフォルテに手をかざしなおし、祝詞をまた最初から唱え始める。
フローラさんはあまり早口な方ではない。というよりも、相当のんびりと話す人だ。
その口からスローペースに紡がれる神への祈りの言葉、……が……今、ループしたような?
「あら~? ごめんなさい、間違えちゃったわ……」
ぺろっと舌を出して困った顔で微笑むと、「もう一回……」と祝詞を唱え始めるフローラさん。

そんなやりとりを5回ほど繰り返した後、フローラさんは「メモを持ってくるわね~」と、パタパタ家へ駆け戻って行った。
フォルテは、相変わらずぼんやりと開けた目から涙を零し続けていた。
スカイがその目をそっと覆うと、フォルテは大人しく目を閉じる。

ちらと背後を振り返ると、デュナが腕を組み片足に体重をかけたような崩した姿勢で見下ろしていた。
「あの、さ、デュナ、フローラさんって神官だったの?」
こう言っては申し訳無いが、正直意外だった。

私の問いに、デュナがほんの一瞬だけきょとんとした顔をする。

いや、フローラさんの夫であるクロスさんが最上位職である聖騎士なのだから
そのクロスさんと同じパーティーだったフローラさんが一次職であるという方が
バランスからしておかしいわけだが。
なぜだか、フローラさんならそれもありそうな気がしていた。

「いいえ、母さんは昇級試験に通ったことが無いのよ。だから、今もクラスとしては聖職者ね」
肩を竦めてデュナが答える。
「そ……そうなんだ……」
「何せ、成功率がこれじゃあね……」
小さくため息をつくようなデュナの呟き。
それにはとても同意したかったが、フローラさんに失礼なことは出来ない。と堪えていると、パタパタと足音をさせながら、フローラさんがボロボロになった手帳を手に戻ってきた。
「ただいまぁ~」
にっこり微笑みかけられて、思わず「おかえりなさい」と返事をする。
家の裏庭で、この会話はどうなんだろうか。
「お待たせしちゃったわね。今度こそ大丈夫よ~」
うきうきとページをめくり、くたびれた手帳を膝の上に置くと
フローラさんはまた祝詞を唱え始めた。

祝詞は書き写し厳禁だ。表向きには。
実際のところは、書き写してはいけないというよりも、書き写せない。
文字にすることでも、口にする場合と同じように、祝詞が神様に認められてしまうようで、その文字達が意味を成した時点で昇華してしまうのだ。

旅に出る前、咄嗟に間違わないようにとメモを作って行こうとしたがダメだった。

フローラさんの膝の上に開かれた手帳を覗き見る。
そこには、ちまっとした丸い字で、何か物語のような物が書かれていた。
メモをするための手段としては、全く関係の無い物に関連付けるか、祝詞を分解して並べ替えたり、他の文章中に混ぜ込むかだろう。

どちらにせよ、神様に気付かれないよう祝詞を書き取るという行為が、神様に対して失礼だというのが神官達の考えだった……はずだが。

目の前で、現役を退いたとは言え聖職者が、メモを片手に難解な祝詞と戦っていた。

いや、手帳のくたびれ具合からして、フローラさんは冒険に出ていた頃からそのメモを手にしていたのだろうけれど……。

そんなことは、今の私にとって些細なことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

転生チートがマヨビームってなんなのっ?!

児童書・童話
14歳の平凡な看板娘にいきなり“世界を救え”とか無茶ブリすぎない??しかも職業が≪聖女≫で、能力が……≪マヨビーム≫?!神託を受け、連行された神殿で≪マヨビーム≫の文字を見た途端、エマは思い出した。前世の記憶を。そして同時にブチ切れた。「マヨビームでどうやって世界を救えっていうのよ?!!」これはなんだかんだでマヨビーム(マヨビームとか言いつつ、他の調味料もだせる)を大活用しつつ、“世界を救う”旅に出たエマたちの物語。3月中は毎日更新予定!

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

『空気は読めないボクだけど』空気が読めず失敗続きのボクは、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられて……

弓屋 晶都
児童書・童話
「空気は読めないけど、ボク、漫画読むのは早い方だよ」 そんな、ちょっとのんびりやで癒し系の小学六年の少年、佐々田京也(ささだきょうや)が、音楽発表会や学習発表会で大忙しの二学期を、漫画の神様にもらった特別な力で乗り切るドタバタ爽快学園物語です。 コメディー色と恋愛色の強めなお話で、初めての彼女に振り回される親友を応援したり、主人公自身が初めての体験や感情をたくさん見つけてゆきます。 ---------- あらすじ ---------- 空気が読めず失敗ばかりだった主人公の京也は、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられる。 この能力があれば、『喋らない少女』の清音さんとも、無口な少年の内藤くんとも話しができるかも……? -------------------- 2023年、ポプラキミノベル小説大賞→ 最終候補 2024年、第2回きずな児童書大賞→ 奨励賞

処理中です...