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第1話 赤い宝石 : 困っている人は放っておけない。そんな彼に手渡された赤い宝石。

2.少女の依頼(2/4)

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薬草集めで貰える報酬は、はじめから決まっていた。
八百ピース。四人で美味しい物を食べれば、それだけで消えてしまう額だ。

先ほどの戦闘でデュナが投げた二本の薬瓶……それぞれの薬品を混ぜることにより爆発を起したのだろう。
爆発跡にはフラスコの破片が二本分あったように見えた。
その経費を回収するためには、お昼は美味しい物というよりも、安くて、不味くない物で済ませなくてはならないはずだった。

デュナは、冒険にはおよそ不向きなヒールの高い靴で、軽快に私達の前を歩いている。
後ろから窺い見る限り、その機嫌は、すこぶる良いように見えた。
やはり、あの薬屋で値段の交渉でもしたのだろうか。
実際、薬草を渡して決められた金額を受け取るだけにしては、時間がかかりすぎていた。
とにかく、デュナに聞いてみるのが早いかと、足を速めたその時、彼女がピタと立ち止まった。
慌てて止まろうとするも勢いが殺せず、デュナの背中が目と鼻の先に迫ったとき、後ろから両肩を力強く引かれる。
スカイだった。

「大丈夫か?」
「う、うん……危なかった……」
早鐘を打つ胸をなでおろしながら、デュナを見上げる。
彼女の視線の先には、沢山のクエストの募集記事が貼り付けられた掲示板があった。

「ちゃんと回り見とけよー」
彼の忠告はいつも不思議と嫌味なく聞こえる。
そんなことを思いながら、私も掲示板に目を向けた。
左手にフォルテがまとわりついてくる。
考え事をしながらデュナを追いかけたせいで、少し置いてけぼりにしてしまったようだ。
その小さな手をそっと握り返すと、フォルテは美味しそうなラズベリー色の瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「これ、いいわね。期限一週間でトランドまで。書籍を届ける依頼だわ」
デュナの指した小さなメモを皆で覗き込む。
フォルテには見づらい高さに貼られたメモだったが、スカイがひょいと抱き上げて見せていた。

十二という歳のわりには小さいフォルテだったが、その分軽い。
読み書きも、難しい単語が出てこない限り問題ない。
その点、こういったクエストの張り紙は、体力勝負で教養はちょっと……という人でも読めるように書かれている事が多く、フォルテにも十分理解の出来る内容だった。

「本の数は……二冊だな」
スカイが口に出して確認した。
以前、すぐ隣町へ書籍を届けるクエを引き受けたことがあるのだが、数についての記載がなかったものを、数冊だろうと軽く考えて酷い目に遭ったことがある。
せめて、馬車持ち推奨というように書いてあれば気付いたのだが……。

私達の移動手段は、もっぱら徒歩だった。

もっとも、商売をする人達や、人数の多いパーティー、よほど腕の立つ冒険者以外で、馬や馬車を持っていることもまた珍しいのだが。

「じゃあ、これ申請してくるわよ」
皆の意思を確認して、デュナが張り紙を剥がした。
そのまま掲示板脇の小さな窓口に持って行く。

デュナが軽くノックすると、小さくガラス戸が開くのが見えた。
あそこで冒険免許証とPT登録証を提示して、クエストを引き受けることを伝えれば、あとは管理局の人が、依頼主に連絡をしてくれるという寸法だった。
依頼主が管理局にクエストの募集掲載料を払っているからこその仕組みではあったが、私達にとっては無料で使える有難いシステムだ。

二十年ほど前から、申請の際に管理局が今までのクエスト遂行履歴より、遂行可能レベルかを判断して許可を出すようになり、初級冒険者達のクエスト失敗率もぐっと下がったらしい。

大きなひさしのついた、大きな大きな掲示板の前では、まだスカイに持ち上げられたままのフォルテが、普段は目の届かない高さのクエストを読み漁っている。

真ん中から下の張り紙は、雑用ばかりが並んでいるが、それより上の物は、眺めるだけでもワクワクするものが多い。
囚われの姫の救出などという張り紙を見つけたときには、いつあれが剥がされるだろうかと毎日覘きに行ったものだ。

掲示板には、難易度の高いクエストほど、高いところに貼られる傾向があった。

誰でも出来そうな仕事は誰にでも見える位置に。
誰でもは出来ない仕事は見づらい位置に、と言う事なのだろうか。
腕の立つ冒険者が皆、背が高いわけでもないだろうに……。
などと、ぶつぶつ呟いているうちに、デュナが戻ってきた。

……そういえば、デュナに何か聞こうとしていた気がするのだが。
思い出せないままデュナについて歩いて行くと、安くて量があってそこそこ美味しい、いつもの大衆食堂ではなく、そこまで高くはないけれど、お味は絶品の隠れ家的レストランの前に着いた。

ああ、そうだ。
薬屋の主人から報酬をいくら貰えたのかという事を、聞こうとしていたんだった。

レストランの扉を開けて、スカイが呼んでいる。
「中入るぞー」
足元では、フォルテがキラキラと瞳を輝かせていた。
このお店のスイーツはちょっとしたものだ。
メニューを思い浮かべると、急にお腹が減ってきた。
「行こうか」
「うんっ」
フォルテの手を引いて、扉をくぐる。
その後ろを、音もなく戸を閉めてスカイが続く。
デュナはもう中のようだ。
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