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第三部
51話 誤解(後編)
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久居は、中庭へ出るはずの通路を駆けていた。
(気配は、こちらから……)
しかし、この先からではクザンの居る部屋には辿りつかないはずだ。
(リル……道に迷ったんですね……)
あれから一度も力の衝突は無い。
リルの炎は消えてはいないが、気配はほんの僅かだった。
思わず、あの日の弟の姿が脳裏をよぎる。
それだけで久居の心臓は凍り付きそうになる。
違う。リルの炎はまだ消えていない。
まだ間に合う。
――必ず、間に合わせてみせる。
膨れ上がる焦りを抑えつけながら、久居は通路の先、開けた中庭に駆け込んだ。
「リル!!」
「あ、久居っ」
「怪我はありませんか!?」
そのままの勢いで、久居は向かい合う二人の間に割り入ると、素早く刀を抜く。
「だ、ダメだよっ」
「はい?」
「その人、久居のお父さんでしょ?」
「!?」
久居は、目の前の男を改めて見た。
リルと男の間に入りはしたが、久居はリルの状態にばかり注意を払っており、相手の獲物や姿勢には気を配っていたが、顔まではよく見ていなかった。
「久居……」
ぽつりと名前を呼ばれる。
父は少し老けてはいたが、久居の記憶に残る姿と、そう変わらないままそこにいた。
「父さ……ん…………? 何故、こんな――」
そこまでで、久居は理解した。
彼こそが、環を集めていた第三の人物だと。
世界を破滅に導こうとしていたのは、カロッサを死に追いやったのは、自分の…………父だったのだと。
久居は、リルを背にかばった状態で、改めて刀を正眼に構える。
「久居……?」
背中でリルの不安そうな声がする。
「……大丈夫です。たとえ、相手が誰であっても……」
すでに覚悟を決めてしまったらしい久居に、リルが慌てる。
「えっ、そうじゃないよ! 多分それは、違うよ久居!?」
「久居……大きく、なりましたね……」
クオンは、そんな成長した久居の姿に嬉しいやら、刀を向けられて悲しいやら、複雑そうな顔になっていた。
眉はとても困ったようで、しかし目はうっとりと細められ、口元は締まりきらず緩んでいる。
父の腑抜けた表情に、苛立ったのは久居だった。
「しっかりしてください! 今、貴方と私は敵同士ですよ!?」
言われて、クオンはあからさまにションボリと肩を落とした。
----------
サラの腕に、肩に、顔に、レイの柔らかい金の髪が掛かっている。
自分を抱きしめたまま意識を失った兄。
その体重がズシリとかかって、サラはその場に座り込んだ。
ポタリと、膝に降ってきたのは、兄の残した涙だった。
サラは、ようやく気が付いた。
母も、兄も、迎えに来なかったんじゃない。
迎えに行きたくても、来れなかったんだ……。と。
――私は捨てられたんじゃなかった。
ずっとずっと、我慢していた涙が止まらなくなって、身体中の力が抜けてしまいそうなのを、必死でこらえる。
自分にもたれかかっている兄を、落とすわけにはいかなかった。
「……お兄ちゃん……っ」
兄はまだ温かかったが、傷だらけの身体のあちこちから、その温度が流れ出している。
深い傷は無さそうだったが、緩やかに溢れる赤い命は止まる気配がない。
薄く繰り返される浅い呼吸は、今にも途切れてしまいそうに思えた。
「ごめ、ん、なさぃ……っ。……おにいちゃん、……っ死なないでぇぇ……」
べしょべしょと泣きながらも、サラは自分より一回り以上大きな兄の体を背負い、歩き出した。
----------
黒炎を纏ったラスが、炎で減速すると壁を蹴って床に着地する。
ギッとクザンを睨んで、叫んだ。
「何しやがる!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!」
クザンは怒鳴り返した。
見れば、クザンは床に散らばった四環を二つ抱えて、三つ目に手を伸ばしている。
このまま持ち去られるわけにはいかない。
ラスは黒炎を放った。
「っと」
クザンが炎をヒョイと避けて、また環をそこらにばら撒く。
「投げんなよ! 傷が付くだろ!!」
ラスが我慢できずに叫ぶ。
「持ってっと手が塞がんだよ!!」
「なんか袋くらい持ってこいよ!」
相変わらず細かい事を言うラスに、クザンは苦笑を浮かべつつ、その顔をもう一度見た。
「お前は真面目過ぎんだよ。そんな思い詰める前に、俺んとこに来りゃ良かっただろ?」
「っ……行ったさ!! 何度も、会いに行った!!」
ラスの言葉に、クザンは目を丸くする。
「けどクザン兄いっつも留守じゃねぇか! カロッサのとこにも来ねぇしさ!!」
クザンは一瞬動きを止め、その元凶を理解するとギリッと奥歯を鳴らした。
(あの変態……後で殺す!!!)
「カロッサだって淋しがってたんだぞ!! クザン兄の馬鹿!!」
叩きつけるようなラスの言葉だったが、それは暗に自分も淋しかったと主張していて、クザンは思わず両腕を広げた。
「……気付いてやれなくて、悪かった」
「っだから、腕を広げんじゃねぇよ! 誰が飛び込むか!!」
ラスが、苛立ちと共にゴウっと音を立て黒炎を放つ。
クザンは炎でそれを受け流す。
「……俺を哀れむなら、四環は諦めて帰ってくれよ……」
ラスの目は、声よりもずっと、願うような色をしていた。
「そいつは無理だ。お前らのとこに四環を置いてっと、うちの嫁さんも危ないとなっちゃ、放って帰れねぇ」
「天界を落とすだけだ!」
「お前がそのつもりでも、結果はそうならねぇってカロッサが言ってんだよ!!」
「なんでだよ!」
「俺が知るか!!」
「っ……!!」
ラスの意思は、変わりそうにない。
二人はしばし睨み合う。
しかし、説得が再開されるより早く、クザンのささやかな忍耐力がその終わりを告げる。
クザンはバリバリと乱暴に頭を掻くと、捨て鉢に叫んだ。
「あ゛ーーーー!!! もういい分かった!
本気でかかってこい! お前の野望は俺が叩き潰してやる!!」
叫びとともに、クザンが全身に白い炎を纏う。
「やれるもんならやってみろ! 俺はもう、クザン兄より強い!!」
ラスは、黒炎をより深い闇色へと燃え上がらせる。
「はあ!? 俺ぁ手加減してんだよ!!」
「俺だって! まだ本気じゃねーし!!」
ラスは黒炎を頭上に集めると、さらに練り上げる。
クザンも伸ばした両腕の先で、白炎よりさらに熱い水色の炎を生み出した。
「喰らえ!!」と叫んだラスの全力の一撃と、
「来いやぁ!!」と叫んだクザンの炎が真っ正面からぶつかり合った。
(気配は、こちらから……)
しかし、この先からではクザンの居る部屋には辿りつかないはずだ。
(リル……道に迷ったんですね……)
あれから一度も力の衝突は無い。
リルの炎は消えてはいないが、気配はほんの僅かだった。
思わず、あの日の弟の姿が脳裏をよぎる。
それだけで久居の心臓は凍り付きそうになる。
違う。リルの炎はまだ消えていない。
まだ間に合う。
――必ず、間に合わせてみせる。
膨れ上がる焦りを抑えつけながら、久居は通路の先、開けた中庭に駆け込んだ。
「リル!!」
「あ、久居っ」
「怪我はありませんか!?」
そのままの勢いで、久居は向かい合う二人の間に割り入ると、素早く刀を抜く。
「だ、ダメだよっ」
「はい?」
「その人、久居のお父さんでしょ?」
「!?」
久居は、目の前の男を改めて見た。
リルと男の間に入りはしたが、久居はリルの状態にばかり注意を払っており、相手の獲物や姿勢には気を配っていたが、顔まではよく見ていなかった。
「久居……」
ぽつりと名前を呼ばれる。
父は少し老けてはいたが、久居の記憶に残る姿と、そう変わらないままそこにいた。
「父さ……ん…………? 何故、こんな――」
そこまでで、久居は理解した。
彼こそが、環を集めていた第三の人物だと。
世界を破滅に導こうとしていたのは、カロッサを死に追いやったのは、自分の…………父だったのだと。
久居は、リルを背にかばった状態で、改めて刀を正眼に構える。
「久居……?」
背中でリルの不安そうな声がする。
「……大丈夫です。たとえ、相手が誰であっても……」
すでに覚悟を決めてしまったらしい久居に、リルが慌てる。
「えっ、そうじゃないよ! 多分それは、違うよ久居!?」
「久居……大きく、なりましたね……」
クオンは、そんな成長した久居の姿に嬉しいやら、刀を向けられて悲しいやら、複雑そうな顔になっていた。
眉はとても困ったようで、しかし目はうっとりと細められ、口元は締まりきらず緩んでいる。
父の腑抜けた表情に、苛立ったのは久居だった。
「しっかりしてください! 今、貴方と私は敵同士ですよ!?」
言われて、クオンはあからさまにションボリと肩を落とした。
----------
サラの腕に、肩に、顔に、レイの柔らかい金の髪が掛かっている。
自分を抱きしめたまま意識を失った兄。
その体重がズシリとかかって、サラはその場に座り込んだ。
ポタリと、膝に降ってきたのは、兄の残した涙だった。
サラは、ようやく気が付いた。
母も、兄も、迎えに来なかったんじゃない。
迎えに行きたくても、来れなかったんだ……。と。
――私は捨てられたんじゃなかった。
ずっとずっと、我慢していた涙が止まらなくなって、身体中の力が抜けてしまいそうなのを、必死でこらえる。
自分にもたれかかっている兄を、落とすわけにはいかなかった。
「……お兄ちゃん……っ」
兄はまだ温かかったが、傷だらけの身体のあちこちから、その温度が流れ出している。
深い傷は無さそうだったが、緩やかに溢れる赤い命は止まる気配がない。
薄く繰り返される浅い呼吸は、今にも途切れてしまいそうに思えた。
「ごめ、ん、なさぃ……っ。……おにいちゃん、……っ死なないでぇぇ……」
べしょべしょと泣きながらも、サラは自分より一回り以上大きな兄の体を背負い、歩き出した。
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黒炎を纏ったラスが、炎で減速すると壁を蹴って床に着地する。
ギッとクザンを睨んで、叫んだ。
「何しやがる!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!」
クザンは怒鳴り返した。
見れば、クザンは床に散らばった四環を二つ抱えて、三つ目に手を伸ばしている。
このまま持ち去られるわけにはいかない。
ラスは黒炎を放った。
「っと」
クザンが炎をヒョイと避けて、また環をそこらにばら撒く。
「投げんなよ! 傷が付くだろ!!」
ラスが我慢できずに叫ぶ。
「持ってっと手が塞がんだよ!!」
「なんか袋くらい持ってこいよ!」
相変わらず細かい事を言うラスに、クザンは苦笑を浮かべつつ、その顔をもう一度見た。
「お前は真面目過ぎんだよ。そんな思い詰める前に、俺んとこに来りゃ良かっただろ?」
「っ……行ったさ!! 何度も、会いに行った!!」
ラスの言葉に、クザンは目を丸くする。
「けどクザン兄いっつも留守じゃねぇか! カロッサのとこにも来ねぇしさ!!」
クザンは一瞬動きを止め、その元凶を理解するとギリッと奥歯を鳴らした。
(あの変態……後で殺す!!!)
「カロッサだって淋しがってたんだぞ!! クザン兄の馬鹿!!」
叩きつけるようなラスの言葉だったが、それは暗に自分も淋しかったと主張していて、クザンは思わず両腕を広げた。
「……気付いてやれなくて、悪かった」
「っだから、腕を広げんじゃねぇよ! 誰が飛び込むか!!」
ラスが、苛立ちと共にゴウっと音を立て黒炎を放つ。
クザンは炎でそれを受け流す。
「……俺を哀れむなら、四環は諦めて帰ってくれよ……」
ラスの目は、声よりもずっと、願うような色をしていた。
「そいつは無理だ。お前らのとこに四環を置いてっと、うちの嫁さんも危ないとなっちゃ、放って帰れねぇ」
「天界を落とすだけだ!」
「お前がそのつもりでも、結果はそうならねぇってカロッサが言ってんだよ!!」
「なんでだよ!」
「俺が知るか!!」
「っ……!!」
ラスの意思は、変わりそうにない。
二人はしばし睨み合う。
しかし、説得が再開されるより早く、クザンのささやかな忍耐力がその終わりを告げる。
クザンはバリバリと乱暴に頭を掻くと、捨て鉢に叫んだ。
「あ゛ーーーー!!! もういい分かった!
本気でかかってこい! お前の野望は俺が叩き潰してやる!!」
叫びとともに、クザンが全身に白い炎を纏う。
「やれるもんならやってみろ! 俺はもう、クザン兄より強い!!」
ラスは、黒炎をより深い闇色へと燃え上がらせる。
「はあ!? 俺ぁ手加減してんだよ!!」
「俺だって! まだ本気じゃねーし!!」
ラスは黒炎を頭上に集めると、さらに練り上げる。
クザンも伸ばした両腕の先で、白炎よりさらに熱い水色の炎を生み出した。
「喰らえ!!」と叫んだラスの全力の一撃と、
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