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第三部

49話 親子(後編)

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リルと久居の二人は、空竜で城を目指していた。
「あっ、お城が見えてきたよ!」
鬱蒼と茂った森の中に、ほんの少し、人工物が見えてくる。
人里からも離れて久しい。
人の通りそうな道すらない。
ここでなら、少々何が起きても騒ぎにはならないだろう。

「久居、どうかした?」
リルは、久居がほんの少し笑ったような気がして振り返る。
「いえ、すみません。リルの……成長を感じていました」

昨夜、久居が目覚めたのは深夜だった。
リルは空竜に埋もれて眠っていた。
空竜は一度目を開けて久居を確認したが、それきり目を閉じた。

見れば、何もなかったはずの空間には、大きめの岩がテーブルがわりに置いてあった。
おそらくリルが運んだのだろう。リルは見た目よりずっと力がある。
岩の上には葉っぱが重ねられ、料理らしきものが盛り付けてあった。

(私の分、という事でしょうか)

リルが調理したのだろう、剥いたり切ったりされた野菜や果物のような物。芋やキノコと思われる物にはしっかり火が通してあった。
見れば、葉っぱの一枚には『起きたら食べてね』と書かれている。

久居は正直驚いた。
確かにリルは料理の手伝いもよくしてくれたし、クザンとの修行時代には野宿が主だったが、まさか一人きりで、ここまでできるとは思っていなかった。
じんと胸が熱くなる。

(いつまでもリルを子どもだと思っていたのは、私だけなのかも知れませんね……)


「この辺で降りる?」
リルに聞かれて、久居は頷く。
「そうですね。空竜さんには城の外で待機していただきましょう」

城は、周囲をぐるりと結界に包まれていた。
物理的に侵入を防ぐような代物ではないが、秘密裏に事を進めるのは厳しいだろう。

久居が結界の解析をしている間に、リルが内部の聴音を完了したらしく
「人は、ほとんどいないね。三人……かなぁ?」
と首を傾げながら言った。
「三人ですか……」
立地と人数からして、無関係な人間は、おそらくいないのだろう。
それにホッとしつつも、久居は思う。
一人はあの黒い翼の天使だとして、昨日の鬼は関係するのだろうか?
カロッサが、殺したくなさそうだった鬼。
けれど、あの鬼は、おそらくクリスの家族を殺している。

「なんか一人……音がよく聞こえないや」
弱っているという事だろうか。それとも、気配消しの術のような物だろうか?
リルに尋ねても「よく分かんない」と言われた。

環を狙う者同士が、こんな森の奥に居るのだとすれば、それは、あの二人が敵同士か、味方同士のどちらかしかないだろう。
(どちらにせよ、戦闘は避けられませんか……)

「どうする? 門から入っちゃう?」
リルの言葉に、久居も同意する。
「そうですね、そうしましょうか。ただ、思ったよりも広そうですので、突入前に、環の位置だけはもう少し絞りたいところですが……」

「じゃあ、くーちゃんで上からよく見てみる?」
と提案したリルが、怪訝な顔で固まる。
その耳が、地下の音を拾おうと下向きになっているのを見て、久居も足元へ意識を集中させた。

「……おとーさんだ」
リルのホッとしたような声。

間も無く、少し離れた地面に波紋が広がり、クザンが地上に現れる。
ガサガサと草を分け、クザンは二人の前に顔を出した。
「よぉ、お前達。しばらくぶりだな、元気にしてたか?」
クザンがニッと人懐こい笑顔を見せる。
「うんっ。元気だよー」と答えるリルの頭を、クザンはくしゃくしゃと撫で回しながら「お久しぶりです」と挨拶する久居の肩を軽く叩いた。

ホッとして緊張が一気に解けそうになるのを、二人は慌てて繋ぎ止める。
敵の城は目の前なのだ。

「で、今どーゆー状況なんだ?」

二人に話を聞いて、クザンがバリバリと頭を掻いた。
「おいおい……。これから乗り込むとこなのかよ……」
どうやら、気安く様子を見にきただけのつもりだったらしいクザンが、直接奪還する意気込みの二人に、ほんの少し困惑の色を見せる。
「大方、また天使が取りに来るんじゃねぇのか?」
「仰る通りですが……。天使が取り戻しますと、クリスさんの手には戻り辛いかも知れません」
言い辛そうな久居の言葉に、
「そんなの絶対ダメだよっ!」
と声を上げるリル。

「あぁー……んー…………。しゃーない。手伝ってやっか」
クザンがため息と共に苦笑する。

「じゃあ、俺が先に地下から城に入って、こっそり四環取り戻せるかやってみっから。誰かに見つかって戦闘になったら、お前達も突入な」
大雑把な作戦を提案されて、リルと久居が頷く。
「……っと、その前に、カロッサから手紙を預かってんだった」
クザンが取り出した手紙には、眼前の城の見取り図が書かれていた。
環があるらしき場所にはご丁寧に『ココよ、クザン!』と書き添えられている。

「……あいつ、最初から俺に戦わせる気満々じゃねぇか!」
クザンが苛立つ。
自分で考えて、自分で決めたつもりの物事が、先の見える奴らに、まるで最初から決まっていたような言い草をされるのが、クザンはいつも気に食わなかった。

そんなクザンの気を知ってか知らずか、
「なんだか懐かしいねーっ」
と、リルがニコニコしている。

「おいリル。魂送とは違ぇぞ。気ぃ引き締めろよ」
クザンがまだ少しふてたように言って、二人に背を向けた。

「地図は……」と言いかける久居に「覚えた」と返すクザン。
「いいな。何か起こるまでは、待機しとけよ」

クザンの言葉に二人が「うんっ」「はい」と返事をする。
「よし」と一言残して、クザンは地中へ沈んだ。

----------

(入り組んだ作りだな……)
クザンは、薄暗い渡り廊下を足音を殺して歩いていた。
見取り図を頭の中に浮かべつつ角を曲がる。
人の気配は全く無い。

後二つ、角を曲がればその先に環があるはずだった。

(このまま誰も来んなよ……頼むぜ……)

クザンは音を立てずにスイッと角を曲がり、その先の扉に手をかける。
扉は、重さの割には大きな音も立たずに開いた。

部屋の中には何本もの柱が立っている。天井も高く、やたらと広い部屋の最奥。

そこに、四環はあった。

(おいおい……四本揃ってんのかよ……)

ただ、四環には、流石に結界が張ってあった。
(くっそ……めんどくせぇ……)
クザンは手をかざすと、解析、解除を試みる。

二分、三分……四分後には、クザンの額に青筋が浮かんでいた。

(あー! くそっ! 誰だこんなややこしいのを張ったのは!!)

苛立ちは、クザンの手元を狂わせた。

バチンッ!
と音を立てて、結界がクザンの手を弾く。

「い……って……」

呟きと共に、クザンはすぐさま結界を壊しにかかった。
弾かれた時点で、もうこの結界を張ったやつに気付かれた筈だ。
後は、相手が来る前にこれを持って逃げるしかない。

バリバリと派手な音を立て、結界が力任せに引き裂かれる。
クザンは四環を四本とも抱え込む。
この部屋には窓がない。
壁を壊しても、まだ外部には出られない位置だ。

「くそ! めんどくせぇな!」

入ってきた扉から出るべく走る。
もう後少しというところで、バンと乱暴に戸が開かれた。

知らせに慌てて駆けつけたらしい人影は、リルとほとんど同じ背丈の、フードを被った少年だった。
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