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第三部
47話 カロッサ(中編)
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「久居、大丈夫……?」
「ええ……、問題、ありません……」
足元まで自分の血でグショグショになりながら、荒い息で久居が答える。
久居は揺れる空竜の上で、手探りで自身の背を治しているところだった。
死にはしない。という事なんだろうな。とリルが解釈する。
今襲われてしまうと、久居は対応できそうにない。
少しでも早く。久居を休ませた方がいい。
「くーちゃん、どこか隠れられそうなとこに、降ろしてもらっていい?」
「クォン」
「空竜、さん……カロッサ様、を……お助け、できず……」
「クォォォォン」
久居が、思い詰めた表情で空竜に謝ろうとするのを、空竜は鳴いて遮った。
「今は喋らなくていいって、くーちゃん言ってるよ」
リルに訳されて、久居は心で謝罪を続けつつ口を閉じた。
「カロッサは、死ぬつもりだったんだよ」
ぽつり。とリルが言う。
「多分、カロッサはずっと前から、レイのお兄さんに殺されるのを知ってたんだね」
久居は静かに目を見開いて、リルを見た。
「あの時、あんなにカロッサが怯えてたのも、あの日カロッサが最後だって言ってたのも、今日のカロッサがドキドキしてたのも、みんなそういう事だったんだ……」
リルの言葉は、久居に向けられたものではなかった。
しかし、久居もそれでカロッサの態度が納得できたし、空竜も小さく鼻を鳴らして同意したようだった。
「――大丈夫。魂は、また回ってくるから……」
リルが、自身に言い聞かせるように、呟いた。
その言葉は、クザンとリル達が修行を始めたばかりの頃、クザンの魂送に泣き出してしまったリルに、クザンが言った言葉だった。
(そうですね……)
久居もその言葉に心で頷く。
リルと久居は三年間、過酷なノルマの課せられたクザンの側で修行の旅をしていたため、望む望まないにかかわらず、その仕事を間近で見ていた。
様々な理由でこの世に留まってしまった彷徨う魂を、獄界に送る。
どうしても抵抗を続ける魂には強制的な手段を取ることもあったが、クザンはできる限り、人の姿を失い自分自身をも見失ったものの言葉を、聞こうとしていた。
そんな魂送を続けるクザンの側で、リルも久居も、生きる理由や生まれた意味を何度も考えさせられた。
三年後には、久居は魂送の手順もすっかり身に付き、三人……いや、二人がかりで取り組む事も増え、クザンはずいぶん助かっていたようだった。
「今頃カロッサは、地下でお父さんに会ってるかも知れないね」
まだ悲しげではあったが、小さく笑ってリルが言う。
久居は、それに目を細める仕草で同意しつつも、もし獄界でカロッサがクザンに見つかってしまったら、クザンはきっと心痛めるだろうとも思った。
----------
レイは、義兄に「反省が済むまで部屋から出るな」と言い渡され、自室で謹慎させられていた。
あの後、キルトール達は完全にリル達を見失った。
レイがリルに付けていたマーキングは、簡単に落とせるもので、義兄はそれに酷く腹を立てていた。
闇の者の見張り役という役目を果たせていないと言われてしまえば、正にその通りで、レイは深く反省する他なかった。
ただ、もしマーキングがリルの髪でなく、久居の体のどこかだったとしても、久居ならどこだって、容易く捨ててしまうだろうとは思った。
あまりに久々の自分の部屋は、2年前と変わらない様子で、ただそこに、埃だけがそっと積もっていた。
酷く懐かしい景色に安堵する気持ちは、さっきまでの出来事とあまりにかけ離れていて、まるで夢の中にでもいるような気分にさせられた。
レイは黙ってベッドに腰掛けると、膝の上に乗せた両手をじわりと握り締める。
カロッサさんは、最後になんて言おうとしていたのだろう。
彼女に渡された羽根を、胸当ての収納から取り出し、見つめる。
自分の羽根と同じ、白い羽根。
それは、ところどころが彼女の血に染まっている事まで、同じだった。
彼女は、死んでしまった。
自分が、生涯を終えるまで見守り続けたいと願っていた女性は、この腕の中で、あっけなくその生涯を終えてしまった。
白い羽根に、涙の滴が降る。
自分はなんて…………。……なんて、不甲斐ないのか。
彼女が倒れた時、死ぬかもしれないと思った。
命の危機だと、理解していたはずなのに。
頭のどこかで、久居が何とかしてくれるだろうと、思っていたのだろうか。
……結果、間に合わずに彼女は死んだ。
俺が、あの時すぐに、義兄を力尽くで押さえていれば良かったんだ。
久居がそうするには、問題がありすぎたのに、俺は、そんな事すら気付けなかった。
だから、彼女は死んだ。
治せる奴が、その場にいたのに。
……俺が、見殺しにしたようなものだ。
「……っ」
不甲斐無さに己を責める気持ちが、吐き気を催す。
俺はそれを堪えるように、唇を噛み締めた。
彼女は、最後に、俺にこの羽根を託した。
あの時、彼女はなんて言おうとしたのだろう。
何かを懇願するような目をしていたのに。
俺に、何かを伝えようとしていたのに。
未熟な俺には、彼女の最後の願いすら分からない。
リルや久居なら、分かったかも知れないのに……。
「カロッサさん……」
縋るように、羽根を額に押し付ける。
「教えてください……俺は、これからどうすれば……」
涙に震える頼りない声は、誰にも届かない。
――はずだった。
途端、レイの握りしめた羽根が淡く光り出す。
(!? 何か術が仕込まれて……!?)
術は、発動と共に部屋を結界で覆った。
「ええ……、問題、ありません……」
足元まで自分の血でグショグショになりながら、荒い息で久居が答える。
久居は揺れる空竜の上で、手探りで自身の背を治しているところだった。
死にはしない。という事なんだろうな。とリルが解釈する。
今襲われてしまうと、久居は対応できそうにない。
少しでも早く。久居を休ませた方がいい。
「くーちゃん、どこか隠れられそうなとこに、降ろしてもらっていい?」
「クォン」
「空竜、さん……カロッサ様、を……お助け、できず……」
「クォォォォン」
久居が、思い詰めた表情で空竜に謝ろうとするのを、空竜は鳴いて遮った。
「今は喋らなくていいって、くーちゃん言ってるよ」
リルに訳されて、久居は心で謝罪を続けつつ口を閉じた。
「カロッサは、死ぬつもりだったんだよ」
ぽつり。とリルが言う。
「多分、カロッサはずっと前から、レイのお兄さんに殺されるのを知ってたんだね」
久居は静かに目を見開いて、リルを見た。
「あの時、あんなにカロッサが怯えてたのも、あの日カロッサが最後だって言ってたのも、今日のカロッサがドキドキしてたのも、みんなそういう事だったんだ……」
リルの言葉は、久居に向けられたものではなかった。
しかし、久居もそれでカロッサの態度が納得できたし、空竜も小さく鼻を鳴らして同意したようだった。
「――大丈夫。魂は、また回ってくるから……」
リルが、自身に言い聞かせるように、呟いた。
その言葉は、クザンとリル達が修行を始めたばかりの頃、クザンの魂送に泣き出してしまったリルに、クザンが言った言葉だった。
(そうですね……)
久居もその言葉に心で頷く。
リルと久居は三年間、過酷なノルマの課せられたクザンの側で修行の旅をしていたため、望む望まないにかかわらず、その仕事を間近で見ていた。
様々な理由でこの世に留まってしまった彷徨う魂を、獄界に送る。
どうしても抵抗を続ける魂には強制的な手段を取ることもあったが、クザンはできる限り、人の姿を失い自分自身をも見失ったものの言葉を、聞こうとしていた。
そんな魂送を続けるクザンの側で、リルも久居も、生きる理由や生まれた意味を何度も考えさせられた。
三年後には、久居は魂送の手順もすっかり身に付き、三人……いや、二人がかりで取り組む事も増え、クザンはずいぶん助かっていたようだった。
「今頃カロッサは、地下でお父さんに会ってるかも知れないね」
まだ悲しげではあったが、小さく笑ってリルが言う。
久居は、それに目を細める仕草で同意しつつも、もし獄界でカロッサがクザンに見つかってしまったら、クザンはきっと心痛めるだろうとも思った。
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レイは、義兄に「反省が済むまで部屋から出るな」と言い渡され、自室で謹慎させられていた。
あの後、キルトール達は完全にリル達を見失った。
レイがリルに付けていたマーキングは、簡単に落とせるもので、義兄はそれに酷く腹を立てていた。
闇の者の見張り役という役目を果たせていないと言われてしまえば、正にその通りで、レイは深く反省する他なかった。
ただ、もしマーキングがリルの髪でなく、久居の体のどこかだったとしても、久居ならどこだって、容易く捨ててしまうだろうとは思った。
あまりに久々の自分の部屋は、2年前と変わらない様子で、ただそこに、埃だけがそっと積もっていた。
酷く懐かしい景色に安堵する気持ちは、さっきまでの出来事とあまりにかけ離れていて、まるで夢の中にでもいるような気分にさせられた。
レイは黙ってベッドに腰掛けると、膝の上に乗せた両手をじわりと握り締める。
カロッサさんは、最後になんて言おうとしていたのだろう。
彼女に渡された羽根を、胸当ての収納から取り出し、見つめる。
自分の羽根と同じ、白い羽根。
それは、ところどころが彼女の血に染まっている事まで、同じだった。
彼女は、死んでしまった。
自分が、生涯を終えるまで見守り続けたいと願っていた女性は、この腕の中で、あっけなくその生涯を終えてしまった。
白い羽根に、涙の滴が降る。
自分はなんて…………。……なんて、不甲斐ないのか。
彼女が倒れた時、死ぬかもしれないと思った。
命の危機だと、理解していたはずなのに。
頭のどこかで、久居が何とかしてくれるだろうと、思っていたのだろうか。
……結果、間に合わずに彼女は死んだ。
俺が、あの時すぐに、義兄を力尽くで押さえていれば良かったんだ。
久居がそうするには、問題がありすぎたのに、俺は、そんな事すら気付けなかった。
だから、彼女は死んだ。
治せる奴が、その場にいたのに。
……俺が、見殺しにしたようなものだ。
「……っ」
不甲斐無さに己を責める気持ちが、吐き気を催す。
俺はそれを堪えるように、唇を噛み締めた。
彼女は、最後に、俺にこの羽根を託した。
あの時、彼女はなんて言おうとしたのだろう。
何かを懇願するような目をしていたのに。
俺に、何かを伝えようとしていたのに。
未熟な俺には、彼女の最後の願いすら分からない。
リルや久居なら、分かったかも知れないのに……。
「カロッサさん……」
縋るように、羽根を額に押し付ける。
「教えてください……俺は、これからどうすれば……」
涙に震える頼りない声は、誰にも届かない。
――はずだった。
途端、レイの握りしめた羽根が淡く光り出す。
(!? 何か術が仕込まれて……!?)
術は、発動と共に部屋を結界で覆った。
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