上 下
102 / 206
第二部

34話 愛の形(前編)

しおりを挟む
皆でわいわい昼食をすませて、リリーと久居が片付けを、カロッサとレイが三枚に増えた敷物のうち二枚を畳んだりと簡単な手伝いをしていた。

久居は休んでおくよう言われていたが、そのマメな性格上じっとしておくのは難しいのか、リリーの洗った皿を拭いている。

「カロッサは、いったん戻るか?」
クザンが訊ねる。
「あ。やっぱり今日はやらないのね。どうしようかしら」
カロッサは考えるように首を傾げつつ続ける。その瞳は楽しげにきらめいていた。
「家は天使達が建ててくれるって話だけど、まだしばらくはかかるし……。もし、リリーがいいなら……」
「もちろん、いいわよ」
待ってましたと言わんばかりの、被せ気味のリリーの言葉。
「そう? じゃあ甘えちゃおうかな」
カロッサの応えに、二人が顔を見合わせ、笑い合う。
リリーは美しい金の髪をサラサラとなびかせて、カロッサも紫の髪と羽根を揺らして、楽しそうに笑っていた。

クザンが、そんな二人の姿に目を細める。
その後ろで、久居は激しくショックを受けていた。
「……っ、では、菰野様はまだ……」
久居の呻くような呟きに、クザンがほんの少し眉尻を下げる。
「そんな顔すんな。仕方ねぇだろ、俺もお前も変態も、血が足りねぇからな」
「……」
黙ったままの久居を見ながら、クザンが自身の顎を指で撫でつつ考える。
「俺達はひと月もありゃ回復するが、人間なら……半年くらいか……?」
焦りを隠しきれない顔で、久居が顔を上げる。
クザンは分かってるとでもいうように、苦笑を浮かべて言い直した。
「お前なら三月ありゃいいだろ」
「いえ、二月あれば……」
久居の縋るような視線に、クザンがやれやれとため息をひとつこぼす。
「久居、最優先はなんだ?」
言われ、黒髪の従者はその髪とともに項垂れる。
「万全に、確実に救うって決めたんだろ? 今は我慢するとこじゃねぇのか?」
「……おっしゃる、通りです……」
猛省した久居が、あからさまにシュンとなる。
「それでいい。時々肉獲って寄ってやるから、ゆっくりとしけよ」
クザンは、励ますように、軽く久居の肩を叩いた。

ちなみに、変態は居るだけでウザいからという理由で、昼食前にはクザンの手によって無理矢理地中に埋め戻されている。
実のところ、変態がリリーの料理を食べるはずがない事を分かっていたクザンが、場の空気が悪くならないうちに強制帰還させたと言うのもあったが……、まあ、それも含めて、とにかくウザかったのは間違いない。

「じゃあ、私もあと三ヶ月くらいここでのんびりさせてもらっちゃおうかしらっ」
カロッサの弾む声に、リリーもふわりと微笑む。
「あらあら、それは私も嬉しいわ。もうすぐ夏祭りもあるのよ、カロッサと一緒にお祭りなんて、いつぶりかしら」

キャッキャとお祭りの話で盛り上がる二人とは対照的に、リルと久居は地を見つめていた。
レイは、理由の明確な久居はそっとしておく事にして、近くにいたリルに声をかけてみる。
「リルも、凍結解除が延びて凹んでるのか?」
「あ、うん、……そうだよね。お祭りの前に解除できたら、フリーもお祭り行けたのにね……」
どうにも不自然な、今思い至ったという感じの返事に、レイが首を傾げる。

「リリーは今年もアレ着るのか?」
クザンに尋ねられて、リリーがちょっと困ったような、恥ずかしそうな顔になる。
「今年も……私が着るのかしら……もういい歳なのだけれど……」
「フリーがいねぇもんな。しゃーねーな」
と言いながら、クザンがサラサラと弄んでいたリリーの髪に口付ける。
三年前に石の代償として短くなったリリーの髪も、もう肩下でゆるく結えるほどには伸びている。
「ちょっと。ベタベタするのは二人だけの時にしてくれる?」
カロッサの非難の声に、クザンが半眼になる。
「それな。ほんっっと二人きりになれねぇんだよなぁ……」
ぶちぶち言いながらも、クザンはリリーを背中から抱きすくめる。どうやらカロッサに遠慮をする気はないらしい。
「祭りはいつもと同じ日なんだろ? 行けたら行く……が、正直厳しいな……」
耳元で悔しそうにこぼすクザンの髪を、リリーが撫でて返す。
「無理しないで。また三月後には会えるでしょう? それに、今年はカロッサがいてくれるもの」
にっこりと、いつもより嬉しそうに笑うリリーを、今度は正面から抱き直して、
「ああ、そうだな……」とクザンは言った。

ただ、そばに居たくて、あの日全てを捨てて逃げ出したはずの二人は、結局、その子供達の安全な生活と引き換えに、お互いの家より大量のノルマを課されていた。

日々の仕事に忙殺され、年に数度しか顔を見る事も出来ない。こんな状態が、一体いつまで続くのか。リリーはクザンよりずっと寿命の短い種だと言うのに。

腕に込められた力に焦りを感じたのか、リリーが気遣わしげに大きな背中を撫でる。
二人は自然に見つめ合い、口付けを交わした。

そんな二人に、青い瞳の天使だけが顔を赤くしていた。
カロッサはやれやれといった様子だし、リルは見慣れていたし、久居はまだ凹み気味だったが、こちらもそろそろ慣れていた。

「じゃあ俺も帰るわ。次会う時まで、お前ら皆、元気にしてろよ」
クザンが全員を見回して、声をかける。

「リルは、毎日修練欠かすなよ」
「うんっ」
「久居は、ちゃんと休め。今は休むのが仕事だ」
「はい」
「そこの天使も、カロッサの事頼むぞ」
「は、はいっ!」
レイが、声をかけられると思ってなかったのか、慌てて背筋を伸ばす。
「カロッサ、リリーをよろしくな」
「ふふっ。律儀ねぇ」
カロッサは苦笑している。
「リリー、……愛してる」
リリーは、返事の代わりに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ  どこーーーー

ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど 安全が確保されてたらの話だよそれは 犬のお散歩してたはずなのに 何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。 何だか10歳になったっぽいし あらら 初めて書くので拙いですがよろしくお願いします あと、こうだったら良いなー だらけなので、ご都合主義でしかありません。。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

処理中です...