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第二部
20話 食事(中編)
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大きく栄えた港町。
階段の多い雑多な作りではあったが、茶色い屋根に真っ白な壁と、その向こうに見える青い海のコントラストが美しい。
そんな港町の一角、海辺にほど近い広場の隅。
久居は、街路樹に背中を預け、街行く人達の会話に耳を傾けていた。
『また暑さにやられた村があるらしい』
『流行り病じゃないのか?』
『こんなに暑い夏は初めてだ』
『火の山に何かある前触れではないか』
『村ごと全滅するのはこれで三つ目じゃないか』
(既に、やられた村が二つもあったのですね……)
ここへ来て一週間。その間に、他にやられた村があった事を久居は知った。
カロッサの指示があった村の内部を探るより、周辺をもっと広範囲に調べるべきだった。と、こちらへ来てからの自身の選択を悔やむ。
それでも、異変がいつ起こるか分からなかった以上、あの村から離れるのは難しかっただろう。
頭では分かっていても、久居の心は悔やむ事をやめられなかった。
どうやら聞く限り、やられている村には共通点がある。
この地方の、そう大きくなく小さすぎない、あの村と同じ程度の規模のものばかり。
そして、無くなっても生活に大きな不便のないところばかりらしい。
街の人々は、多少の不自然さを感じつつも、疫病や火山の影響を疑っているようだった。
ここまでを聞く限り、敵は、ここらの土地に詳しい者なのだろう。
今の話を、リルはどう思っただろうか。
広場の噴水の縁で遊んでいたリルに視線を移すと、さっきまでパシャパシャと水と戯れていた後ろ姿が、ぐったりとうなだれている。
「リル!?」
慌てて駆け寄ると、水面に浸かる直前のところで、リルはスヤスヤと寝息を立てていた。
(ああ……、今日は色々ありましたからね……)
ホッとした途端、久居は身体中の力が抜けるのを感じた。
どうやら、思っていた以上に、自分自身も疲れていたようだ。
リルをそっと抱え上げる。この子はやはり、背の割に軽い。
一俵の半分も無さそうなその軽さに、最後に抱き上げた弟の軽さが重なる。
それに気付かないフリをして、久居は街の中の会話にもう一度耳をすました。
(後、必要な情報は、同じような規模の村がこの周辺に残りいくつ、どこにあるのか、ですね……)
久居は、抱き上げたリルの温かさを時々確かめながら、空竜の待つ森へ向かう事にした。
----------
「じゃあ、えっと、また同じような事があるかもって事なの?」
もぐもぐと、口に食べ物を入れたまま訊ねるリルを「行儀が悪いですよ」と窘めながら、久居が頷いた。
リルは、久居が夕食の支度を済ませる頃、匂いにつられて目を覚ました。
港町には新鮮な食材も豊富に売られていたので、久居はカロッサに持たされていた現地通貨で調達しておいた。
だが、見たことのない野菜や果物が多く、なるべく見覚えのある形のものを選んできたものの、味にはあまり自信がなかった。
久居は、城で暮らしていた頃、菰野を毒殺から守るため、その身代わりに毒物を口にする事が度々あった。
そんな日々の中、いつからか味覚が鈍麻してしまった久居は、味見をしたところで毒かそうじゃないかの判断しかできなくなっていた。
普段の料理は、無事な嗅覚の方でフォローしつつ、レシピ通りに作っているのだが、今回は現地の食材をぶっつけ本番で使う事になり、良さそうな匂いにはなったものの、リルの反応が少し心配だった。
が、先程からもりもり食べているところを見る限り、味は問題無いようだ。
久居はそっと胸を撫で下ろす。
食べられる時に、きちんと食事を摂っておくのは大切な事だ。
久居も動けなくならない程度に胃に収めておく。
そこへ、空竜が甘え声で鳴いて、久居に空の器を差し出してくる。
おかわりの要求のようだ。
「空竜さんと、上空から周囲を確認できたら助かるのですが……」
久居は器に二杯目をよそいながら、空竜を見る。
水色の、ウサギのような身体に鳥のような嘴、羽根と尻尾を持つ不思議な生き物がクリッと首を傾げた。
「私のお願いでも、乗せていただけるでしょうか?」
「キュイ!」
元気に鳴いて、じっと久居の目を見る空竜に、否定の色は感じられない。
……ただおかわりが早く欲しいだけかも知れないが。
久居が器を手渡すと、空竜は前脚で器用に受け取り、椅子がわりにしていた丸太に下ろすと、顔を突っ込んで食べ始める。
「……良いという事でしょうか……?」
「いいよ、って言ってるよ」
じわりと首を傾げる久居に、リルが答える。
修行時代から、リルは空竜と仲が良く、クザンや久居では判断が難しい空竜の反応もよく訳してくれた。
なぜか、リルには空竜の言う事がわかるようだ。
その割には、あからさまに嫌がっている時も、むぎゅむぎゅ抱っこしたりという事はあるのだが……。
「空竜さん、ありがとうございます」
久居は空竜に頭を下げて感謝を伝える。
「キュイ」と空竜は答えた。
食事を終えた久居が調理道具の片付けを始める。
見れば、リルは自分の食事そっちのけで空竜にちょっかいをかけていた。
「リルも、今のうちに食べてくださいね。空竜さんと低空を移動するなら、夜が明けるまでに済ませないと目立ちますから」
久居が促すと、リルが慌ててスプーンに乗ったままだった野菜を口に詰め込んだ。
「慌てずに、よく噛んでください」
喉に詰まらせても困るので、久居がもう一言足すと、リルはコクコク頷いた。
陽も落ちかけている今、暗くなってから空竜に乗ったら、リルはすぐに寝てしまうかもしれない。
それでも、敵がいつ地面から現れるか分からない以上、一人置いていくわけにもいかない。
久居は少し考えて、拠点用の置き荷物からいくつか道具を取り出した。
階段の多い雑多な作りではあったが、茶色い屋根に真っ白な壁と、その向こうに見える青い海のコントラストが美しい。
そんな港町の一角、海辺にほど近い広場の隅。
久居は、街路樹に背中を預け、街行く人達の会話に耳を傾けていた。
『また暑さにやられた村があるらしい』
『流行り病じゃないのか?』
『こんなに暑い夏は初めてだ』
『火の山に何かある前触れではないか』
『村ごと全滅するのはこれで三つ目じゃないか』
(既に、やられた村が二つもあったのですね……)
ここへ来て一週間。その間に、他にやられた村があった事を久居は知った。
カロッサの指示があった村の内部を探るより、周辺をもっと広範囲に調べるべきだった。と、こちらへ来てからの自身の選択を悔やむ。
それでも、異変がいつ起こるか分からなかった以上、あの村から離れるのは難しかっただろう。
頭では分かっていても、久居の心は悔やむ事をやめられなかった。
どうやら聞く限り、やられている村には共通点がある。
この地方の、そう大きくなく小さすぎない、あの村と同じ程度の規模のものばかり。
そして、無くなっても生活に大きな不便のないところばかりらしい。
街の人々は、多少の不自然さを感じつつも、疫病や火山の影響を疑っているようだった。
ここまでを聞く限り、敵は、ここらの土地に詳しい者なのだろう。
今の話を、リルはどう思っただろうか。
広場の噴水の縁で遊んでいたリルに視線を移すと、さっきまでパシャパシャと水と戯れていた後ろ姿が、ぐったりとうなだれている。
「リル!?」
慌てて駆け寄ると、水面に浸かる直前のところで、リルはスヤスヤと寝息を立てていた。
(ああ……、今日は色々ありましたからね……)
ホッとした途端、久居は身体中の力が抜けるのを感じた。
どうやら、思っていた以上に、自分自身も疲れていたようだ。
リルをそっと抱え上げる。この子はやはり、背の割に軽い。
一俵の半分も無さそうなその軽さに、最後に抱き上げた弟の軽さが重なる。
それに気付かないフリをして、久居は街の中の会話にもう一度耳をすました。
(後、必要な情報は、同じような規模の村がこの周辺に残りいくつ、どこにあるのか、ですね……)
久居は、抱き上げたリルの温かさを時々確かめながら、空竜の待つ森へ向かう事にした。
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「じゃあ、えっと、また同じような事があるかもって事なの?」
もぐもぐと、口に食べ物を入れたまま訊ねるリルを「行儀が悪いですよ」と窘めながら、久居が頷いた。
リルは、久居が夕食の支度を済ませる頃、匂いにつられて目を覚ました。
港町には新鮮な食材も豊富に売られていたので、久居はカロッサに持たされていた現地通貨で調達しておいた。
だが、見たことのない野菜や果物が多く、なるべく見覚えのある形のものを選んできたものの、味にはあまり自信がなかった。
久居は、城で暮らしていた頃、菰野を毒殺から守るため、その身代わりに毒物を口にする事が度々あった。
そんな日々の中、いつからか味覚が鈍麻してしまった久居は、味見をしたところで毒かそうじゃないかの判断しかできなくなっていた。
普段の料理は、無事な嗅覚の方でフォローしつつ、レシピ通りに作っているのだが、今回は現地の食材をぶっつけ本番で使う事になり、良さそうな匂いにはなったものの、リルの反応が少し心配だった。
が、先程からもりもり食べているところを見る限り、味は問題無いようだ。
久居はそっと胸を撫で下ろす。
食べられる時に、きちんと食事を摂っておくのは大切な事だ。
久居も動けなくならない程度に胃に収めておく。
そこへ、空竜が甘え声で鳴いて、久居に空の器を差し出してくる。
おかわりの要求のようだ。
「空竜さんと、上空から周囲を確認できたら助かるのですが……」
久居は器に二杯目をよそいながら、空竜を見る。
水色の、ウサギのような身体に鳥のような嘴、羽根と尻尾を持つ不思議な生き物がクリッと首を傾げた。
「私のお願いでも、乗せていただけるでしょうか?」
「キュイ!」
元気に鳴いて、じっと久居の目を見る空竜に、否定の色は感じられない。
……ただおかわりが早く欲しいだけかも知れないが。
久居が器を手渡すと、空竜は前脚で器用に受け取り、椅子がわりにしていた丸太に下ろすと、顔を突っ込んで食べ始める。
「……良いという事でしょうか……?」
「いいよ、って言ってるよ」
じわりと首を傾げる久居に、リルが答える。
修行時代から、リルは空竜と仲が良く、クザンや久居では判断が難しい空竜の反応もよく訳してくれた。
なぜか、リルには空竜の言う事がわかるようだ。
その割には、あからさまに嫌がっている時も、むぎゅむぎゅ抱っこしたりという事はあるのだが……。
「空竜さん、ありがとうございます」
久居は空竜に頭を下げて感謝を伝える。
「キュイ」と空竜は答えた。
食事を終えた久居が調理道具の片付けを始める。
見れば、リルは自分の食事そっちのけで空竜にちょっかいをかけていた。
「リルも、今のうちに食べてくださいね。空竜さんと低空を移動するなら、夜が明けるまでに済ませないと目立ちますから」
久居が促すと、リルが慌ててスプーンに乗ったままだった野菜を口に詰め込んだ。
「慌てずに、よく噛んでください」
喉に詰まらせても困るので、久居がもう一言足すと、リルはコクコク頷いた。
陽も落ちかけている今、暗くなってから空竜に乗ったら、リルはすぐに寝てしまうかもしれない。
それでも、敵がいつ地面から現れるか分からない以上、一人置いていくわけにもいかない。
久居は少し考えて、拠点用の置き荷物からいくつか道具を取り出した。
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